悪役令嬢の婚約者。
それからというもの、私は実に積極的にアンドリッサとの仲を深めた。遠縁とはいえ相手は公爵令嬢で、しかもこの国の第一王子の婚約者。本来ならば雲の上の存在なのだろうけれど、彼女は私が近付くことを許してくれた。ゲーム上でも、私がアンドリッサに転生している時でも、友人など一人もいなかった。マーガレットのような人物は、彼女にとってとても新鮮で貴重で、心を許してしまうまでに長い時間など必要なかったのだ。
「アン様こんにちは。今日のドレスも素敵です」
「なによマギー。貴女、我が家へ来るなり早速媚びを売るつもりね」
「思いは口にしなければ伝わりませんもの」
彼女の嫌味など攻撃力ゼロ。笑顔で受け流せば、ほんの一瞬美しい碧眼が揺らめいた。
最初は、あの最悪な未来を防ぐ手立てを得ようと、近付いただけだったのに。いつの間にやら私はすっかりアンドリッサに骨抜きにされてしまった。彼女が「死ニ愛」のキャラクターだからなのか、それとも関係なく好きなのか。考えても分からないのでもう丸ごと愛することに決めた。
「ねぇ、マギー。今日は二人で……」
「おあいにく様。ちゃあんと僕もいますよ、アンドリッサ様」
私の後ろからひょっこり顔を出したのはライオネルで、見せつけるように私の腰元に絡みついてくる。数ヶ月経っても二人は相変わらずで、和解する気配は一向に見られなかった。
「あら、私貴方まで招待したかしら」
「お姉様と僕は一心同体ですから」
「そろそろ姉離れしなさいよ」
「オコトワリシマス」
ライオネルがいーっと歯を剥き出しにすると、まだ抜けきっていない乳歯が可愛い。
「まぁまぁ、そこまでにしましょう。せっかくですから、三人仲良く。ね?」
「まったく、貴女も弟離れが必要ね」
美少女と美少年に挟まれるなんて、サトウケイコ時代には考えられない。二人のことが大好きだからこそ、こうして素直に幸せを噛み締められるのだ。
「今日は何をして遊びましょうか」
「そうね、まずは私の部屋で」
アンドリッサの言葉を遮るように、コンドルセ家の執事が焦燥感に満ちた雰囲気でこちらにやって来た。
「アンドリッサ様。エドガー王子殿下がおいでになられました」
「何ですって?今日、そんな予定はなかったはずよ」
その名前を聞いた彼女はたちまち顔を強張らせ、キツイ口調で執事を責め立てる。
「私達のことは気になさらないでください。殿下のお相手が最優先です」
「ま、まさか帰るなんて」
「言いませんよ、もちろん」
ほっとしたように息を吐くアンドリッサは、この世の何よりも尊くて可愛い。
「応接室の準備は?」
「至急手配致します」
「私もすぐに行くわ」
九歳とは思えないほどにてきぱきと指示を出しながら、名残惜しそうな瞳をちらりとこちらに向けてくる。
「お手伝いできることがあれば、遠慮なくおっしゃってくださいね。アン様の為なら、何でも致しますわ」
「ふ、ふん。大人しく待っていなさい」
ドレスを翻し去っていく後ろ姿を見つめていると、ライオネルが隣でぼそっと「戻って来なくていいのに」と呟いていた。
エドガー・ド・リオンヌといえば、この国で知らない者はいない。王位継承権を保有する第一王子であり、婚約者アンドリッサと共に完璧と謳われる絶世の美少年。私と同い年で、文武両道頭脳明晰、頻繁に町を訪れては民の声に耳を傾け、その端正な顔に微笑み以外の表情を浮かべていることの方が珍しい。
この国は長子継承制ではないけれど、エドガー王子は文句のつけようがないほどに次期国王に相応しい人格者だ。
それ故に孤独を抱える一面も持ち合わせており、ゲームではリリアンナorアンドリッサがありのままの彼を受け入れ、果てには「永遠に一緒だよ」エンドという流れとなっていた。
完璧というイメージが崩れることを最も恐れるエドガーが予定外のことをするなんて珍しい、と思いながらライオネルと共に適当に庭を散策していると、しばらくしてアンドリッサ付きの侍女の一人が、こちらに駆け寄って来た。
何でもエドガーが私達に会いたいと進言しているらしく、どうか一緒に来てくれないかとのこと。断る理由もない……というよりも、第一王子の命令に逆らえるはずもないので、ライオネルと共に首を傾げながら彼の待つ客間へと足を運んだのだった。




