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代理の王さま  作者: 海野宵人
第二章 外交

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38 本物の忠臣 (2)

 そう言えば、サフィード伯のところから王城に戻ったとき、レイモンドは「どこかから情報がもれているのではないか」と懸念を示していたな、とジェイは思い出した。


 あのときジェイは、情報をもらしそうな人物にひとりも思い当たらなかった。他に心配すべきことがたくさんあったものだから、そのまま忘れてしまっていたのだった。


 それも仕方のないことだった、とは思う。

 ジェイには、レイモンドほどゴッドフリーとは接点がない。ゴッドフリーにとってジェイは単なる使用人のひとりに過ぎず、置き物と変わらなかった。だから会話を交わすことも、基本的になかったのだ。


 ジェイがゴッドフリーに初めて違和感を覚えたのは、サフィード領の屋敷を訪れたときだ。あのとき屋敷のありさまには、何とも言えないちぐはぐさを感じた。

 王城では食費に割く予算がないほど困窮しているというのに、ゴッドフリーの屋敷の中は見るからに贅が尽くされていた。忠臣と言いながら、主君の窮状には目をつぶり、自分だけ贅沢な暮らしを享受しているようにしか見えなかった。


 レイモンドの話を聞いた今となっては、きちんと税を納めていたかどうかさえ、あやしいと思う。後で領地経営の収支を、きちんと見直しておくべきだろう。裏帳簿があったとしても、不思議ではない。


 ここまでの話を、エリーはひと言も発することなく静かに聞いていた。

 レイモンドは眉尻を下げて、エリーに謝罪する。


「エリー、ごめん。証拠がなくても、懸念くらいは伝えておくべきだった」

「ううん。レイは、できることは全部してくれてたよ」


 エリーは力なく首を横に振る。

 レイモンドは何とも言えない表情で、話題を変えた。


「ところで、ゴッドフリー卿の身柄は?」

「行方不明」

「え?」


 レイモンドは、虚をつかれたように間抜けな顔で聞き返した。

 わかる。ジェイもたぶん、最初に聞いたときには同じような顔をしたはずだ。エリーは悄然とつぶやいた。


「僕のせいなんだ」

「なんで?」

「兄さんの解毒に成功したとき、うれしくてすぐにおじさんに手紙を飛ばしちゃったんだよ」

「あー……」


 解毒に成功したなら、目を覚ましたアランから犯人が割れるのは時間の問題だ。

 それで、さっさととんずらしたのだろう。


 ゴッドフリーが下手人とわかってすぐに、エリーは身柄を拘束するために、サフィード領の憲兵隊宛てに魔法手紙を飛ばした。フロリア王国の軍は事実上瓦解しているが、憲兵隊は機能しているのだ。


 ところが憲兵隊が屋敷に向かったときには、すでにゴッドフリーは姿をくらました後だった。前日のうちに屋敷を出て、そのまま連絡がつかなくなっていると言う。

 肩を落としたエリーに、レイモンドは気まずそうに声をかける。


「エリーのせいじゃないよ。口止めしなかった私のせいだ」

「ううん。僕が考えなしだったんだ」

「いや。あやしいと思ってたのに、何もエリーに知らせなかったのが間違ってた。本当にごめん」

「レイは何も悪くないってば」


 二人とも互いに自分が悪かったと言い合うばかりで、どちらも譲らない。

 ジェイはしばらく二人の様子を黙って眺めていた後、話をそらすためにエリーに水を向けた。


「過ぎたことは仕方ない。それより、どんな状況で毒を盛られたんだ?」

「ああ、それね。あの絵本とそっくりだったよ」


 アランによると、倒れる直前にゴッドフリーからりんごを受け取ったと言う。


『これは世界に二つとない、特別な白銀のりんごですぞ。さあ、お上がりください』


 旅行の土産だというそのりんごは、見たことのない珍しい色をしていた。普通のりんごと違い、光を反射するほどつややかなところが、ガリストン産の金のりんごとよく似ている。でも色が少々違った。金のりんごは黄色いが、これは乳白色に近い。白銀と言うには無理がある気がするが、黄色いりんごが金のりんごなら、白いりんごが白銀のりんごと呼ばれてもおかしくはないのかもしれない、とアランは思ったそうだ。


 世界に二つとない、というのを信じたわけではないが、そこまで珍しいものなら、ひとりで全部食べるのもどうかと思い、半分に割ってゴッドフリーにも勧めた。だがゴッドフリーは、笑って『わしは結構ですよ』と断ったと言う。


『実はそのりんごは、ガリストンの金のりんごの単なる色違いでしてね。金のりんごは散々食べてきました。滅多に収獲できないという縁起物です。どうぞ遠慮なくお上がりください』


 なるほど、とかじってみれば、確かに以前食べたことのある金のりんごとよく似た味わいだった。が、飲み込んだ後、急にめまいを感じて、その後の記憶がない。気がついたら「毒に倒れて、一年も仮死状態だった」と聞かされたというわけだ。


 国王が倒れて、周囲はそれは大変な思いをしたと言うのに、当の本人であるアランは「まるで精霊の国で昼寝でもしてきたみたいだよなあ」と、至ってのんきだ。精霊の国にいる間に何年も過ぎてしまった、という内容のおとぎ話はいくつもあるが、本人にとってはそんな感覚らしい。

 こういう大らかなところは、さすが兄弟だけあってエリーとよく似ている。


 アランが執務室で倒れているのを最初に発見したのは、妻のヴィヴィアンだ。

 彼女が発見したとき、アランはすでに事切れていた。だが幸いなことに、彼女は熟練した光属性の治癒師である。比較的発見が早く、彼女に完全復活魔法が使えたおかげで、アランは一命を取り留めた。


 一命を取り留めたものの、おかしなことに毒が抜けない。ヴィヴィアンの解毒魔法も、効果がなかった。仕方なく彼女が付きっきりで治癒魔法を使い続けることで、何とか命をつないだ。しかしこのままでは、いずれ彼女は魔力切れとなる。魔力の切れ目が、アランの命の切れ目となってしまうだろう。

 そう判断したヴィヴィアンは、アランを仮死状態にしておくことを決意した。


 アランの寝ていた、水晶の棺のような入れ物は、宝物庫にあったものだ。アランと結婚したときに、宝物庫に置かれている品はひととおり説明を受けていた。そのおかげで、こうしてアランを救えたのだ。小さな白い花は、裏庭の片隅に植えられていた。ルーパスがずっと切らすことなく、育てていたらしい。


 こうしてアランは、仮死状態で命をつなぐことになった。しかし倒れた原因は、判然としないまま。毒におかされているらしいことだけはわかる。けれども何の毒なのか、誰にもわからなかったのだ。ヴィヴィアンがアランを発見したとき、部屋には他に誰もいなかったし、食べ物も飲み物も、何も残されていなかった。

 犯人がわかった今であれば、食べかけのりんごをゴッドフリーが持ち去ったのだろうと見当がつくが。


 アランとヴィヴィアンから聞き出した話を終えて、エリーは頬杖をついた。


「指名手配はかけてある。でも、どうかなあ」

「馬を駆けさせたら、一日もあれば国境抜けられるもんね」

「そうなんだよね……」


 ゴッドフリーが屋敷を出たのは、前日の早朝だったと言う。となれば、レイモンドの言うとおり、おそらくゴッドフリーはすでに国を出ている可能性が高いだろう。

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