24 国際紛争 (2)
ゴッドフリー・サフィードのところへは、馬ではなくエリーのペット、神狼族のデクで行くつもりのようだ。デクなら馬よりずっと早い。馬を全力で駆けさせるのと同じ速度で、何時間でも走り続けられるから。
普段、デクは放し飼いだ。乗るときには、呼び笛を使って呼ぶ。
呼び笛を使おうと裏庭に回ったところ、風の精霊王ウェントが待ち構えていた。紙袋に入った何かを、エリーの手に押しつける。
「エリー! これ、持ってって」
「これは何?」
「デクのおやつ!」
「そっか。ありがとう」
エリーは微笑んで紙袋を受け取った。それから首から提げていた小さな呼び笛を取り出し、節をつけるようにして鋭く吹く。すると、どこからともなく巨大な狼が現れて、エリーの前でお座りの姿勢をとった。
だが出かける前に、やることがある。
「乗る前に、スカーフを貸して」
「うん」
エリーの頭に手早くスカーフを被せ、海賊巻きにしてやる。ジェイが自分も同じようにスカーフを巻くのを、エリーは興味深そうにじっと見ていた。そう言えば、後で教えると言ってしまったのだった。
「今は急ぐから、巻き方の説明は後で」
「うん」
エリーは素直にうなずいてから、デクに「伏せ」と命令を発した。
「じゃあ、行ってくるね」
「待て待て。置いていくなよ。デクなら二人乗れるだろ」
さらりとひとりで行ってしまいそうなエリーに、ジェイはあわてた。肩をつかんで引き留めると、エリーはきょとんとしている。
「あれ、一緒に来てくれるの?」
「当たり前だ!」
何のためにここまで来たと思っているのか。スカーフを巻くだけなら、ここまで来る必要がない。そもそも一緒に行かないなら、ジェイにはスカーフも水も必要ない。
一緒にデクの背中にまたがろうとしたとき、駆け寄る人影があった。
「よし、間に合った」
「ルーパス、どうしたの?」
「ほら。持ってお行き」
地の精霊王ルーパスは、油紙の小さな包みをエリーに手渡した。
「おやつだよ。塩味のハーブ入りクッキー」
「遠足に行くわけじゃないんだよ?」
「知ってるさ」
エリーは呆れたように笑うが、ルーパスは気にした様子もない。「気をつけて行っておいで」と手を振って、また庭園へ戻って行ってしまった。エリーは包みを肩掛けバッグにしまいながら、首をかしげる。
「食べる暇あるかな?」
「さあ」
そんな時間の余裕は、たぶんないだろう。そうは思ったが、はっきりと告げずに、ジェイは言葉をにごした。荷物をバッグにしまい終れば、出発だ。ただひとり見送りに出ているウェントに手を振って、エリーはデクを走らせた。
これから向かうのは、ゴッドフリー・サフィードのいる領地だ。彼の領地は、フロリア王国に唯一残っている、王家直轄領ではない領地である。現在のフロリア王国は南北に細長い形をしているが、ちょうどその中央の平野部に位置していた。王家直轄領を分断する形で、真ん中に存在する。ここは、フロリア王国の中で最も肥沃な穀倉地帯だ。
王都からゴッドフリーの屋敷までは通常、馬で二、三日かかる。だが今は、それを二時間ほどで駆け抜けようとしていた。
デクには鞍がないから、乗っている感覚は裸馬に近い。それで馬の全力疾走と変わらない速度で走るのだから、乗っている側は少しも気が抜けなかった。途中、一時間ほどで、水分補給のために休憩を入れる。
デクはどうやら、ウェントに持たされた干し肉の匂いを嗅ぎつけてしまったらしい。川の水を飲んできた後、ぐいぐいと鼻づらをエリーのバッグに押しつけていた。
「今日は頑張ってくれてるからな。ほら」
いつもなら仕事が終わるまで褒美は出さないが、今日は特別だ。
デクはご機嫌で干し肉を平らげた後、エリーからの指示もないのに妙にキレよく「伏せ」をした。伏せたまま、尾がゆらゆらと左右に揺れている。明らかに「いい仕事するから、もっとくれ」と態度が語っていた。状況が緊迫していることに変わりはないし、決して気が楽になったわけではないのだが、少し和んだ。
エリーがデクの世話をしている隙に、ジェイはゴッドフリーに魔法手紙を出した。事情を聞くために、今向かっている途中であり、あと一時間ほどで到着予定だ、と用件だけを記してある。
そして予定どおり、きっちり一時間ほどでゴッドフリーの屋敷に到着した。ちょうど昼くらいだ。ゴッドフリーはエリーを玄関で出迎えた。
「お待ちしてましたよ。さあさあ、食事はこちらです」
「ありがとう」
ゴッドフリーの用意のよさに、エリーは一瞬戸惑った表情を見せる。が、すぐにゴッドフリーの案内に従って歩き出した。そしてチラリとジェイを見やってから、ためらいがちに口を開こうとする。それを見て、ジェイはそっとエリーの腕を叩き、首を横に振った。
おそらくエリーは、ゴッドフリーにこう言おうとしていた。「ジェイも一緒でいい?」と。だがゴッドフリーは、使用人と食事をともにすることをよしとする人間ではない。仮にエリーの頼みを受け入れて、ジェイの同席を許したとしても、ひたすら居心地が悪いであろうことは考えてみるまでもなく想像がつく。
ジェイとしては、別に一緒に食事をする必要はない。
ゴッドフリーの屋敷でだって、使用人用のまかないくらいはあるだろう。たとえなかったとしても、ルーパスに持たされたクッキーでもかじっておけば小腹は満たされる。そんなことよりずっと重要なのは、一緒に話を聞けるかどうかである。
これまでの付き合いの中から判断するに、ジェイが室内に控えていたとしても、ゴッドフリーは別に気にしない。ジェイにとっては、それで十分だ。
エリーはジェイが首を横に振ったことから、こうしたジェイの考えをすべて読み取ったようだ。何も口に出すことなく、ただ寂しそうにうなずいた。




