06 コッコ狩り (3)
コッコ谷には、草の滑り台と対になるようにして、ジグザグの細い階段がある。
しっぽ刈り取り要員の三人は、コカトリスの尾をかついで階段を上がった。その後ろからレイモンドもついて行く。
戦利品を荷馬車に積んで、また同じことの繰り返しだ。
実を言うと、ジェイが最初に「コッコのしっぽ狩り」に駆り出されたときにも、レイモンドとまったく同じ目に遭わされた。ただ、ジェイはレイモンドに比べたら身体能力が高く、体力もある。だからレイモンドよりは、最初からだいぶ余裕を持って役目を果たせた。
だったらなぜ、今日はレイモンドがおとり役になっているのかと言うと、ジェイはもうおとりとしては役に立たなくなってしまったからだ。
マティルダに駆り出されて、何度もコッコ谷に通ううちには、すっかりコカトリスたちに「マティルダの手下」と認識されるに至った。今ではジェイの姿を見ると、蜘蛛の子を散らすようにコカトリスが逃げていく始末だ。もはやおとり役としては、まったく使い物にならない。
仕方がないので、おとり役がいないときには三人で連携し、コカトリスを袋小路に追い込んでから尾を刈り取っている。
コカトリスは足が速く、逃げの態勢に入られてしまうと、追いかけて尾を刈り取るのは難しい。だから追い立てて、袋小路に誘導するわけだ。しかし言葉にすると簡単そうだが、実際やってみると、これがなかなか面倒くさい。
それを思えば、おとり役を使ってコカトリスをおびき寄せるのは、おとり役が少々痛い思いをすることにさえ目をつぶれば、手軽で効率のよい方法なのだった。
あんなに悲鳴を上げていた割には、レイモンドは自分の役割を一回で飲み込んだ。たぶん、マティルダの露骨なよいしょが効いている。
意外なことに、レイモンドは持久力が高かった。ジェイに比べると足は遅いものの、走り続けてもあまり疲れを見せない。いささか危なっかしいながらも、見事に役割を勤め上げ、一時間ほどで荷車に山盛りの収獲を得た。
マティルダは朗らかな笑顔をレイモンドに向けて、礼を言う。
「レイレイ、今日はありがとう! 助かったわ」
「ふふふ、お安いご用だよ」
「またお願いしてもいい?」
「もちろんさ」
レイモンドは鼻をひくひくさせんばかりにして、満面の得意顔だ。機嫌よく安請け合いしてしまったからには、間違いなく再び駆り出されることになるだろう。コカトリスどもに「マティルダの手下」と認識されるようになるまでの、少なくとも当面の間は。
荷馬車を繰って王城に戻り、コカトリスの尾を肉用倉庫に運び込んだ。この倉庫は厨房裏に入り口があり、地下に造られている。
コカトリスの尾の断面からは、ほとんど血が出ない。だから馬車の荷台を汚すこともなく、そういう意味でも都合のよい食材だった。空気がひんやりとした薄暗い倉庫の中で、天井から垂れ下がった綱の先にフックで吊り下げる。空中にコカトリスの尾がずらりと並んでいるさまは、なかなか壮観だ。
搬入作業まですべて完了すると、マティルダは手のひらに載る大きさの浅いびんを奥からふたつ持ってきて、ジェイとレイモンドにひとつずつ手渡した。
「これは、今日のお礼。どんな傷でも治せる万能薬だから、持ち歩くといいわよ」
レイモンドはびんを目の高さまで持ち上げて、しげしげと眺めてつぶやいた。
「万能薬かあ。こんなの、初めて見たな」
「そりゃそうでしょ。私の特製だもの」
「えっ。マティが作ったの⁉」
「そうよ」
マティルダの手製と聞いたとたんに、レイモンドは目を輝かせてびんの蓋を開けた。びんの中身は、灰色がかった白っぽい半透明の軟膏だ。
人差し指で少量をすくい取り、コカトリスのくちばし攻撃で腕につけられたミミズ腫れの上に塗りつけてみる。すると、みるみるうちに赤味が引いて、傷は跡形もなく消えていくではないか。レイモンドは目を丸くした。
「すごい。これならポーションと変わらない」
「でしょ? でもこれ、自家製だから、自分用にだけ使ってね。他の人には内緒よ」
「なんで? こんなにすごいものなら、普通に売れるでしょ」
「ダメよ。材料が秘密だから、薬師ギルドを通せないの」
「そうなの?」
薬として売り出すためには、薬師ギルドを通す必要がある。だが安全のため、薬師ギルドを通すには原材料の一覧を提出することが求められる。しかし、この原材料を明かすわけにはいかないのだ、とマティルダは言う。
なぜ原材料を明かせないのか。
それは、主な薬効成分がコカトリスの皮だからだ。コカトリスを食用にしていること自体が国家機密なので、その皮で薬を作れることも、当然のように国家機密なのだ。
マティルダは、この上なく真剣な表情で厳かに断言した。
「だからこれはね、我が国の最高機密なの」
「え、そうなの?」
「だって、恥ずかしくて言えるわけないじゃない。王城でお肉を買うお金がなくて、コッコ食べてるなんて」
真顔で言い切るマティルダに対して、気押されたようにレイモンドがぎこちなくうなずく。
「ポーションもどきも作れるんだけど、まったく同じ理由で錬金術師ギルドを通せないから、これもダメなのよね」
「そうかあ」
レイモンドは残念そうに、手にしたびんを見つめている。
そのやり取りを横で見ていて、ジェイは頭の中に何かがひらめきそうになった。
「ジェイ。難しい顔をして、どうしたの?」
「ああ、何でもない」
レイモンドに心配そうに声をかけられて、ハッと我に返る。どうやら無意識のうちに、眉間にしわを寄せていたようだ。ジェイが苦笑して首を横に振ると、レイモンドは「そうか」とホッとしたようにうなずいた。
それから未練がましくびんを見つめて、深くため息をつく。
「それにしても、もったいないなあ」
「何がだ」
「これだよ。こんなに効果が高いのに、ギルドを通せないってだけで売れないなんて」
「仕方ないだろ」
なおも「うーん」とうなりながら、レイモンドはびんをためつすがめつする。
「ギルドを通さずに売る方法があればいいのに」
レイモンドのこの言葉が引き金となり、ジェイの頭の中にあった漠然としたひらめきが、突如として明確な形になった。ジェイはにやりと口の端をつり上げて、おもむろに口を開く。
「あるぞ」
「え、どうするの?」
即座にレイモンドが食いついた。こういうところは、さすが商売人だ。
ジェイはレイモンドとマティルダに、ギルドを通さずにポーションもどきを販売する方法の案を説明した。この案を実行に移すためには、満たさなくてはならない条件がいくつかある。だが、レイモンドもマティルダも乗り気だった。
「やってみようよ」
「そうね。時間を見て試作してみるわ」
こうして、いずれフロリア王国の命運を左右することになる、ひとつのプロジェクトが厨房で発足したのだった。




