02 辺境にて (2)
ジェイがエリーに今日の予定を相談しようとしたところへ、声をかけてくる者がいた。
「エリー、ジェイ、おっはよー」
「やあ、おはよう」
ひとりは亜麻色の髪をポニーテールにした、元気よくかわいい弓使いのローリー。もうひとりは、赤銅色の髪のひょろりとした魔法師の青年レイモンドだ。この二人も、最近ジェイとよくパーティーを組んでいる。ただしエリーとは違い、この二人にはジェイが自分から声をかけて誘っているわけではない。
ローリーは、ジェイの隣で依頼票を眺めているエリーの肩越しに、人なつこい笑顔でエリーに声をかけた。
「今日は何するかもう決めた?」
「ううん。僕もまだ今来たばっかりなんだ」
「そっか。僕も一緒してもいい?」
エリーとローリーのやり取りを耳にして、ジェイはため息を押し殺した。どうやらローリーは以前からの知り合いらしく、年の頃が近いのもあってかエリーと仲がよいのだ。もうこの後の展開は見えている。エリーはジェイのほうを振り向いて、うかがうような表情で尋ねてきた。
「ローリーも一緒でもいい?」
ジェイはちらりと横目で少年たちを見やってから、黙ってうなずいた。するとそこへ、レイモンドも声をかけてきた。
「私もいいかな?」
「ジェイ、レイも一緒でいい……?」
エリーは遠慮がちに、上目遣いでジェイに尋ねる。やはり思ったとおりの展開だった。ジェイはうんざりした目で、ため息とともにうなずいた。エリーは申し訳なさそうに「ごめんね」と声に出さずに口だけ動かして伝えてから、「ありがとう」と礼を言う。
ジェイにしてみると、正直この二人はお荷物でしかない。それでもローリーはまだいい。攻撃力が低いだけで、邪魔にはならないから。攻撃力が低いとは言っても、年齢と経験と装備を考えたらかなり健闘しているほうだろう。だが、レイモンドはダメだ。本当にただ邪魔でしかない。
そもそもジェイとエリーのペアは、ジェイがリーダーなのだ。パーティーに入れてほしければ、ジェイに頼むのが筋だろう。なのにジェイが相手では声を掛けにくいからといって、気の優しいエリーに頼むような、せこい手を使ってくるところも気に入らなかった。
だいたいレイモンドがジェイのパーティーに入りたがるのはローリーと組みたいからだと、ジェイはとっくに気づいている。ならば自分でローリーをペアに誘えばいいのに、それをしない。本来ジェイはどちらかと言えば冷静なたちで、他人に対して苛立ちを募らせることはそう多くない。だが、どうしてもレイモンドは苦手だった。ああ、イライラする。──ダメだ、冷静になろう。
ジェイは目を閉じて深く深呼吸し、レイモンドへの不満に心の中でそっと蓋をした。もっとも周りから見たら、大きくため息をついただけのようにしか見えなかったかもしれない。まあ、どうでもいい。
気持ちを入れ替えて、依頼票にもう一度ざっと目を通す。そしてそのうち一枚を指で示しながら、エリーを振り返った。
「これで行くか」
「うん」
エリーは基本的に、どこへ行くにも何をするにも異を唱えることはない。ジェイの言葉に、にこにことうなずいた。こうしてこの日はジェイの提案どおり、村の北部の平原に出現しているアンデッドたちを掃討しつつ、この付近で目撃されたというグリム・リーパーを探すことになった。村からそう離れた場所でもないので、日帰りの予定だ。
各自、手早く支度を済ませてから村の北側出口で合流し、徒歩で平原に向かう。
ポツポツと出現し始めるアンデッドを始末しながら、ジェイは「おや?」と思った。今日はどうもいつもと違う。とても狩りやすい。いつもなら我先にと敵に突っ込んで行って邪魔をするレイモンドが、今日はおとなしいのだ。
不思議に思って横目で確認すると、レイモンドはぴったりとローリーの横に位置取りしていた。今までいくら注意しても、決して後衛らしい位置取りなどしたことがなかったのに。いったいどうしたことだろう。
それだけではない。これまでは何度言って聞かせても、視界に入ってきた敵に手当たり次第、好き勝手に魔法攻撃を放ってうんざりさせられたものなのに、今日は攻撃のタイミングをジェイにきれいに合わせている。おかしい。
いや、パーティーを組んでいるのだから、連携をとって動くこと自体は全然おかしくはないのだ。しかし、それをレイモンドがしている、というのが明らかにおかしい。ジェイは心の中で首をかしげた。
だが、考えたって理由などわかるはずもない。軽く頭を振って、よけいな考えをとりあえず脇に追いやった。狩りの最中に悩むようなことじゃない。
珍しくレイモンドと一緒のパーティーでもストレスのない狩りを続け、昼近くにいったん休憩を入れた。魔物よけの香をたいて、持参した軽食をとる。燻製肉とチーズを挟んだパンを頬張りながら、エリーがレイモンドににこやかに声を掛けた。
「レイ、午後もこの調子でお願いね」
「ふふふ。まかせなさい」
レイモンドは得意満面で答える。とても機嫌がよさそうだ。
ジェイはたき火の様子を確認するような振りをしてから、エリーの隣に腰を下ろした。そして他の二人に気づかれないよう、小声で話しかける。
「レイモンドに何か言った?」
「うん、ちょっとだけね」
エリーは同じように小声で返事をした。その短い返事では納得しきれず、もの問いたげな顔をしているジェイに、エリーは笑みを浮かべて小声で続けた。
「もしローリーが魔物に襲われそうになったらすぐ助けられるよう、なるべくいつでもローリーの近くにいてあげてって頼んだだけだよ」
「それだけ?」
「うん。──あ、あと攻撃もローリーに合わせてほしい、とも言ったかな」
「ふむ」
なるほど、とジェイは納得した。急にレイモンドの動きがよくなった理由は、これだったのか。ローリーをだしに使うところが、うまい。きっとレイモンドは、それはもう張り切ったことだろう。あの得意顔はそういうことかと、合点がいった。少々うざいが、邪魔にならないよう動いてくれるなら文句はない。
ローリーと何やら仲よく話し込んでいるレイモンドを横目でちらりと見やって、ジェイは食事に戻った。