第四話 『竜の舞う王国は共喰いの炎に罰されて』 その34
全ての者が行動を選んでいた。奪おうとする者たちも、奪い返そうとする者たちも。
この北の王国に、ゆっくりと夜が迫る頃……。
領地を出発したアンジュー卿は、懇意にしている友人貴族の屋敷へと到着し、エルヴェ王とアレサ支持の説得を開始する。共に、明日は王都に向かおうと。友人は、答えをすぐに出すことは出来ないと述べ、アンジュー卿の期待を裏切っていた。
しかし、アンジュー卿を追い返すこともなく、宿を貸し与えてくれる。この友人も、迷っているのだ。勝者の側につきたいと願っているし、正義を信じたい気持ちもあるが、少年王への不満もあった。彼の正しさや罪の無さは認めるが、まだ年若く弱い。統治に失敗した現状が、今である。
「アレサ・ストラウスが女王になるというのは?」
いくらか予想していた答えが、友人の口からは出た。アレサの支持者も、顕在化している。ストラウス家から女王が出ることを、望む者も少なくはない。戦場の英雄であるし、政治工作としてジーンが広めさせた、『竜騎士姫がザードを使役した』という情報は、ガルーナ貴族たちの心を掴みつつある。
アンジュー卿は、その可能性をやんわりと否定した。アレサが望まないと。しかし、政治的な力を持つのならば、完全な否定は使うべきではない。アレサ/最強の竜と竜騎士への信仰じみた政治的な支持も、エルヴェの今後におけるガルーナ統治には必要なのだ。
アレサとその支持者が、忠誠をエルヴェに捧げる形にすれば……長い期間、このガルーナから共喰いの力学は消えるかもしれない。アレサが女王になるよりも、より安定した構造が築ける。女が、王になることを毛嫌いする者だって少なからずいるし、アレサとザードに恨みを持つ者も多い……。
戦場の英雄、竜騎士姫。多くの敵がいる。外交には、不向きなところもあるのだ。二度の夫殺しも、決して聞こえの良い経歴でないのは確かであった。それに……ザード。
「ザードへの、悪意……も、あるでしょう。ですがね、アンジュー卿。貴方が、それを飲み込めているのです。野生の竜が、荒れ狂うのは……当然のことではある……恨みを、ザードに持ち続ける者は、減るでしょう。時が経つと共に……」
友人は、そう言ってくれたが……。
誰もが、恨みから解放されるわけではない。自分も、ザードの全てを許せるかどうかは、自信がない。
「竜騎士姫と、英雄ジーン・ストラウス殿、それに、ザード。これだけの力強い組み合わせならば……我々の統治者に、誰よりも相応しい……そうは、思います」
「……ともかく。君は、バロウの側にはつかないというわけだね」
「……ええ。そう、です。バロウ伯爵には、大儀は見えません……王の器に相応しくもない。エルヴェ王にも……今のところは…………私は、アレサ・ストラウスに女王となって欲しいのです。バロウの敵、それは、断言できるでしょう」
内乱で荒れた貴族たちの政治信条は複雑なものがあった。何を信じるべきと定めたのか、それぞれに違っている。一つの答えでは、まとまれるわけがないのだ。
「とはいえ、私の兵も、アレサ殿ためには、動かせませんが。しかし、これは、バロウ派も、そうでしょう」
「……治安が、乱れているかね」
「貴方が、そうであったように。本来は、仲間であるガルーナ貴族から攻撃される可能性がある。人徳のある貴方でさえ、襲撃されたのですよ。ガルーナの国益に、損でしかない選択でも、選ぶ者がいる……短慮な、野心家も少なくのが、このガルーナの現実……」
長く、内乱が続いたせいもある。貴族同士、互いを信じられなくなっていた。アレサ側にもバロウ側にも、それは自分のための戦力を王都に集めにくくする結果としている。
「……そうだな。それも、我々の悲しい限界だ。誰もが、周りを疑っている。疑わざるをえない状況がある……」
結局のところ。
歴史が示している通り、支配者は力が消えることになるのだ。
戦で勝たねば、多くのガルーナ貴族を率いられない。
……王都で、バロウはその現実に対面していた。戦力の集まりが、想像以上に悪い。リングスタッド男爵は、必ず来ると思っていたが……密偵の報告で、アレサに討たれたことが、夜の始まる前には知ってしまう。
「……欲を、出しおって……リングスタッドの、愚か者め!!」
激怒する。
死と戦い続ける息子のために祈りながら、短慮な同盟者の死には侮蔑の言葉を吐いた。
「……どいつも、こいつも!!……どうして、こんなに、愚かなのだ!!どうして……こうなる!!愚かな振る舞いを、もう少し控えれば良いだけなのに!!……何を、死んでおるのか……ッ」
御しやすい戦力だったはずだ。利益で動かせる男のはず……。
だが、現実は異なった。自分の息子と同じように、アレサとザードに遭遇し、敗北した。
「各個撃破されたのと、同じことだ……ッ。政治利用する気だろう、アレサ・ストラウス!!クインシーと同じように、この事実を……お前は、きっと……ッ!くそ、くそ!!どうして、こう上手く行かない―――」
「―――は、伯爵閣下!!」
苦悩するバロウの前に、慌てた部下が現れる。ドアを無礼にならない限界の強さで叩き、火急の報せを告げに来た。
「りょ、領地が、襲われています!!亜人種らの略奪者どもに、襲撃されていると!!」
「盗賊か!?」
「い、いいえ。ストラウス家の、兵だと名乗っているようです」
「竜騎士姫……アレサ・ストラウスは、指揮を執っているのか!?」
「凶竜ザードも、アレサ・ストラウスも、確認は、出来ていません。しかし、被害は、かなり甚大となっているようです!!救援を、送るべきでは!?」
「……もう、送った。竜騎士は、竜と……心がつながっているのだ。ダミアが、どうにかする」
王都の上空に、今のガルーナでは最も巨大な竜が舞い上がっていた。翡翠色に輝く巨竜、ダミア。彼が、ドワーフのシェフが率いる襲撃者に向けて、飛び立っていた。
「焼き払ってしまえよ、ダミア。お前こそが、最強の竜なのだ!!」




