第四話 『竜の舞う王国は共喰いの炎に罰されて』 その30
「あ……あ、ああ……っ。ズー……っ。ズー……っ!!」
赤竜ズーが死んだとき、リースの心に憑りついていた悪意も消え去っていた。
ナイフを握りしめたまま、彼女はボロボロと涙をこぼしながら、その場所に四つん這いに倒れてしまう。もう、戦う気力など、ありはしなかった。
『……はあ、はあ。ようやく、しとめた……ッ』
勝者となったザードは、歓喜に身を震わせる。『制限』したまま勝てた。己の傷ついた翼を一切、使うこともなく。それは、この『ゲーム』に勝利したことで獲られた快感を、何倍にも増幅させた。
本気でやれば。
もっと早くに殺せていただろう。だが、あえて、力を抑えたまま戦うことで、多くの経験を手に入れている。自分が、強くなった自覚があった。地上での戦い方。今この数十分間のうちに手に入れた力があれば、あのときのフィーエンをより早く殺せた。
『おれのかちだ。おれは、あかいやつをくらって、よりつよくなれたぞ!!!はははは!!ははははッッッ!!!あれさからも、はしりかたと、とびかたを、ぬすんだ!!!おれは、つよさを、くらったんだ!!!ふぃーえん、おれは、おまえよりも、またつよくなったぞッッッ!!!』
勝利を歌うために、首を高らかに寒空へと伸ばす。恍惚とした金色の隻眼は、舞い散る白い雪に……かつて斃した母竜の色を見ていた。
「う……ぐ…………っ」
うめくアレサに視線をやるが、気にはしない。あれがこの程度の衝撃で死ぬような獣だとは、まったくもって認識していないのだから。
「あらあら。あかいこは、しんじゃったのねえ。でも、しょうがないわねえ。だって、ざーどは、つよいんだものねえ。つよいほうが、いきのこるんだもの、いつだって……ぜんねんだったわね。でもね、もう、いたくも、こわくもないのよー。おわったんだから」
死んだズーの鼻先を、彼女は撫でていた。
しかし、立ち上がる。ザードの目の前で、くるりと背を向けた。ゆらゆらと、揺れながら。長すぎる赤いマフラーを抱えたまま、彼女は……リースのもとへと向かった。
『……ふん。てきの、むすめか。あれさに、ころされた、てきの……あれにも、また、こがいる……』
「そうよー。このこはねー、わたしのね、むすこのね。あかちゃんを、おなかにかかえているのよ」
「……ッ」
父親と一族の竜を殺されたリースには、その『嘘』の責任が集中していた。狂気と喜びに笑う女性が―――恋人の母親が、リースに手を貸してくれる。そのまま、労わりの動作で、その場へと座らせてくれるのだ。
畏れ多いことだと、思う。
だって、自分のふくらんだ腹のなかにいるのは……。
「わたしのね、まごになるのね。あのこには、このまふらーを、あげられなかったけれどね。でもねー……そうね。まごなら、いいわ。むしろ、そっちのほうがいいわよね!だって、もうすぐうまれるということは……いまよりも、ずっとさむいじきにうまれるのだから。まふらーは、ぜったいに、いるわよね!」
「……も、もうしわけ、ございません……ッ」
「あやまらなくても、いいのよ。わたしのまごだもの。とってもたいせつな、わたしのまごがいる。あのこの、こども。わたしの、まご。うれしい、うれしい!ありがとうねえ、ありがとう、りーす。わたしに、きぼうをくれて……うれしいわ!!」
狂気から生えた、純粋な感謝が、リースには重たい。
震える。
吐き気がする。
貴族としての教育を、リースは受けて育てられたのだ。嘘を、許すべきではない。あまりにも残酷な嘘を……嘘のままに、生きるなんて。自分が、許さない。それも、こんな残酷な嘘のために……。
「ありがとうねえ、りーす。とっても、わたしは、うれしいのよ!」
「ち、違うんです!!違うんです、奥様……っ」
「おかあさんで、いいのよー。だって―――」
「―――違う!!違うの!!お願いです、本当のことを……ッ。い、言わせて、ください!!聞いて、くだ……さいっ!!」
狂気は、首をゆっくりと傾げながら止まる。
「どうしたのかしら。そんなに、くるしそうに。おかあさんが、そんなにくるしんでいれば、あかちゃんがかわいそうだわ」
「……私の、告白を、懺悔を……聞いて、下さい。アンジュー卿の奥様っ。私は、私は、嘘をついたのです。父も……嘘を……っ」
「あらあら。うそは、いけないわね。でも、どんなことなのかしらね?」
「……この子は……ッ。あの人の……奥様の、ご子息の……子では、ありませんっ」
「……どういうことかしら?」
「……父が……父が、む、無理やり……こ、こんなことを、仕込んだのです」
全ての罪の形は、口に出来なかった。リースにも、プライドがある。だが、十分だと思った。自分の罪を、あきらかにすれば……もう、この苦しみからは逃れられる。背負い切れるはずもない。父も、ズーも、もうリングスタッド家にはいないのだから。一人では、この罪深さに耐えられはしない。
「他の、男の……子供なんですっ。これは……あなたの孫では、ありませんっ。私は、罪深い、裏切り者で……この子は、アンジュー卿の血など、一滴も、引いてはいないのですッッッ!!!」
狂気は。
笑顔を止める。
『……ん』
ザードは、何か気配が感じたことを知り、地上で喚く女たちを見た。深い殺気を感じる―――否、渦巻くほどの殺意か。
「……うそは、いけないわ。ほんとうに。この。わるい、おんなめ!!」
「う、ぐうう――――ッッッ!!?」
狂気の指が、リースの細首にかかり……。
子供を抱いた彼女の身を、アンジュー家の領地に叩きつけ馬乗りとなった。
「ころしてやる!!うそつきおんなめ!!!じゃあくで、ざんこくで、ふしだらな、さいあくの、うらぎりものめえええええええッッッ!!!」
あの世から戻って来たはずの息子との愛のつながりが、引き裂かれた。
その痛みが怒りを呼び。
この怒りは、罰を罪びとに求めた。




