第四話 『竜の舞う王国は共喰いの炎に罰されて』 その26
「はあ、はあ、はあ。ジーンさんっ。立てますね……っ。立っていなさい!!」
「ん……あ、ああ。ありがとう。ちょっと、意識が飛びそうだったよ」
魔力は血に宿り、血の動きを促してもくれている。魔力をあまりにも大きく消費すれば、循環器はダメージを受けた。心臓の鼓動さえも弱くなるのだ。それは、魔術師が戦闘で命を落とす大きな理由であるし、戦場で魔術を乱発することが叶わない制限にもなった。
心臓が弱った状態で、重たい鋼の武器や防具を装備したまま動き回るなど、死に直結する過大な負荷となる。
昨日から、魔術を連続で使用しているジーンの魔力は、もはや限界であった。体力の消耗とも重なり、意識を保てない瞬間も現れ始めるほどに。
だが。
だからこそ、メリッサ・ロウは「立て」と命じている。
「倒れれば、二度と立ち上がれないかもしれません。そうなれば、敵はつけ込む。増長する。貴方は、立っていないといけません。屋敷にいる敵の注意を、引き付けるんですよ」
「アリサのために……アンジュー卿のためにもっ」
「ええ。そうです。あなたは、誰かのために、がんばれる人です。悔しいけど、良い人です。だからこそ、がんばってください。お姉さまたちのために、死んでも、立っていてください。敵は、それで、怯えますから」
周囲には血の海に転がる、リングスタッド男爵の部下らの死体。それは、遠くからでも強烈なインパクトを与えるだろう。もはや、ジーンには戦闘力もない。メリッサも同じである。しかし、それでも……『囮』役はやれるのだ。
「博打をしますよ」
「……ギャンブルか。男爵が、好きだったらしいがね……」
「ええ。それなら、部下もハッタリのし合いに慣れているでしょう」
「……え?」
「乗ってくれますよ。親玉とも、しているでしょうからね」
「……危険だとは、思わないかい?」
「思っていますよ、当然じゃないですか。でも、敵の積極性につけ込むべきです。アンジュー卿の方が、兵の質で劣っていますが……まだ余力はある。村の方から、馬の足音がしますからね。援軍が来ますよ。それが、到着してくれれば……私たちも助かる」
「……オレの耳には、聴こえん」
「弱っていますからね。でも、立つの。立っていないと、無力だと悟られる。私が、魔力を放ち誤魔化しますから。あなたの魔力切れを、誤魔化す。命がけですよ、こっちも、それでもやりますから……囮になりましょう。作戦遂行のために」
忠誠が成し遂げる、狂気的な純度というものがある。
何度か戦場で目にしたが、再び、それに出逢っていた。
どの戦士よりも、冷徹に作戦へ身を捧げられる人物かもしれない。部下の命を、そういう態度で消費する『素晴らしい将軍』も知ってはいるが、彼女は自分も仲間も相手も、冷静に己のデザインした作戦に組み込もうとしている。
とんでもない才能だ。
アレサがメリッサ・ロウを傍に置き続ける真の理由は、これかもしれない。何のことはない。彼女は実力で、その地位を勝ち取っているだけなのだ。若くして多くの伝説を築き上げている竜騎士姫の腹心は、究極の勝負師である。
「立っておくよ。背筋を伸ばして、威圧しよう」
「ええ。やりなさい。それが、あなたの義務。私たちは、勝利しなければならない。さあ……ギャンブルを、始めますよ。祈りたいなら、祈って」
「祈る神さまはいない」
だが、亡き妻ティファには祈った。不運と謳われる自分が、少しは周りの大切な者たちの役に立ちますようにと……。
「なら、準備は完了ですね……やりますよ…………リングスタッド男爵の、落ち目の手下どもおおおおおおおおおッッッ!!!この死体の山を見ろおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!英雄、『ジーン・ストラウス』は、健在だぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
小さなケットシーの乙女の身体から出たとは思えないほどに大きな叫びであった。戦場となっているアンジュー卿の屋敷にも、それは当然ながら伝わった。窓から、敵がこちらに注目していく。
「……な、仲間がっ!?」
「そ、外の部隊は、全滅したというのか!?」
敵は恐怖と怒りを感じる。『英雄』の力への解釈も分かれた。熟練した戦士は、記憶に怯える者もいれば、年齢による衰えを見抜く者もいる。若い戦士は、血の海に立つ男に恐怖を抱き、怒りのままに動こうとする短慮な者も現れた。
メリッサ・ロウの、計算の通りに反応が起きている。
「動け……動け……アンジュー卿を討ち取ろうとする者と、私たちを……ジーンさんを殺そうとする者に、分かれてしまえ」
「……そうすれば、敵の戦力は、分散するってわけだね……君は、自分も含めて、囮をしているんだ」
「そう。計算高く。ずるくもありますよ。英雄さんたちみたいに力があれば、正面から叩き潰してやるのに……竜にでも、生まれたら、お姉さまを背に乗せて、どんな大軍だって喰らって焼き払えた。でもね、私は、ケットシーの女だ。それは、変えられない」
運命は、残酷だ。
願いに見合うほどの才能を、力を、与えてくれないことだってあるのだから。
……だとしても、あきらめることはない。
「さあ、統率を乱しなさい。復讐の熱は、攻撃の戦術をまとめあげるための冷静さを、溶かしてしまう。さあ、来い!来いッッッ!!!年寄り貴族の相手しかやれない、臆病者の、クソ雑魚どもがあああああああああああああああああああああッッッ!!!さっさと、ジーン・ストラウスに殺されに来なさいッッッ!!!」
挑発する。
命がけのギャンブルだ。
それに……敵は反応した。メリッサ・ロウの勝利である。アンジュー卿の屋敷の玄関から大量の敵が、飛び出してくる。こちら目掛けて、突撃しようとしていた。
怖い。
死の危険を覚える。
だが、それも計算の内なのだ。敵兵の突撃が、止まった。村からアンジュー卿の援軍がやって来たのだ。その姿が見えたとき、敵の動きは止まる―――だが、今なら英雄を討ち取るために戦力を使えた。そうすれば、援軍と英雄が合流する前に、各個撃破が可能となる。
熟練の兵士たちが、その考えに至るまでには時間がかからない。動き始める―――メリッサ・ロウも、ジーン・ストラウスも、死を覚悟するが……時は、再び凍てついた。
『GHAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』
『GHAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』
白竜フィーエンの血を分かつ兄弟竜たちが、歌と共に火球を放ち合い……戦場全体を揺さぶるほどの巨大な爆音を作り上げていた。敵の動きが、凍てついた。援軍は、まだ距離があったため、恐怖に凍てつくことはない。
メリッサ・ロウは、このギャンブルに勝利したようだ。




