第四話 『竜の舞う王国は共喰いの炎に罰されて』 その24
見せかけの力も使うべき時であった。
『英雄ジーン・ストラウス』の名は、大きいのだから。
アンジュー卿の衛兵たちを圧倒した敵兵どもも、戦場でその男と対峙することを楽しめはしない。敵もまた傷つき、疲弊してはいるのだ。男爵の移動に先んじた強行軍の速度はかなりのものであり、移動の挙句の戦闘は体力を消耗させた。
ここに来て、『英雄ジーン・ストラウス』が敵となる。
野心家の主のもとで鍛錬を積まされた猛者どもではあるが、ベテランの兵士であるがゆえに常識も理解した。戦って勝てる相手とは、断言することが難しい。
むろん、今この瞬間、体力と魔力を使い果たす寸前であるジーン・ストラウスを彼らが数で圧倒することは、難しくない。だからこそ、ジーンも、メリッサも威圧的な姿勢を崩すことは出来なかった。振る舞いで脅し、敵を惑わさなければらない。
休むべきだ。
移動で乱れた呼吸を整え、せめて体力だけでも戻しておきたいところである。
姑息な時間稼ぎではあるが、大切な時間となった。
あとは、にらみ合いをさらに延長し、体力を取り戻したい。あるいは……これが最良の形ではあるが、『説得』を使いたかった。
「……リングスタッド男爵の兵士たちよ。この狼藉を、何と説明する?」
「……我々は、男爵閣下の命令で動いている。これは、あくまでも、リングスタッド男爵家と、アンジュー家のあいだの戦いだ。かの有名な『ラウドメア』退治の英雄の出る幕ではない。それとも、ストラウス家も、この戦いに関わると?」
「貴族同士の小競り合いに、我々は過度な介入をしたいわけじゃない。バロウを排し、エルヴェ陛下を助け出す。それが、最も大切な我々の優先事項である。しかし、不法な行いは許しがたい」
「……内乱のおりでありますゆえ、野心が優先されることもある」
「そんな言葉で、諸君らの行いが正当化できると思うなよ。即刻、軍事行動を止めろ」
「バカなことを」
「バカなことではない。ストラウス家が、ここにいるんだぞ?このジーン・ストラウスと、竜騎士姫アレサ・ストラウス……そして、ザードもいる。勝負は、目に見えているだろう。諸君らは、ムダ死にを重ねるつもりか?」
男爵の勇猛果敢な部下どもも、ストラウス家の『戦力』には冷や汗を流す。武勇に優れた者が数多くいるガルーナのなかでも、『最強』と呼ばれる者たちがそろっているのだ。自らの敵として。
怖気づいてしまうことはない、だが、自分たちの不利も悟れる。
尊大な態度をしたまま、ジーンは大きなため息を吐いた。うまい演技でもある。呼吸を整えているのだ、失望の演技をしながら。
「はあああ……たまらないねえ。君らは、本当に愚かだよ」
「……男爵の命令が、絶対なのです。閣下は、我々にも多くの利益を約束された」
「いい領地経営者だという認識はないぞ」
「そうかもしれない。完璧な御仁では、ないかもしれないが……戦場では、常に正しい御方だ。我々を、勝利させた。我々を、守った。我々は、彼のおかげで飢えることまではなかったのだ」
確かな忠誠を目撃させられている。ジーンは、衝突を話術で回避する可能性の低さを知った。やはり、噂話などはあてにならないものである。だらしない領主ではあるのだろうが、それを補う側面も持っていた。
悪評など、鵜吞みにし過ぎるべきではない。
ならば、時間を稼ぎ、体力を回復しつつ『囮』となるべきだ。アンジュー卿の屋敷に、動きがあった。裏手に、こっそりと離脱者がいる。メイドたちに連れられた、リースと、アンジュー卿夫人であった。
アンジュー卿は屋敷に立てこもり、敵戦力を引き付けて、彼女たちを逃したのだ。
……目立たねばならない。女性を守る。それは、ジーン・ストラウスの人生が成し遂げなければならない哲学の一つであった。ティファを失った日から、それは絶対の誓いである。
「……なるほど。ストラウス家に、殺されることとなったとしても、止まらないわけだね。愚かしいことだ。それが、国家規模の正義とはならんことも、知っているだろうに」
「閣下の望みのままならば、死に挑むことを厭わんだけのこと。勝利すれば、ストラウス家の名誉までも、手に出来る。男爵ならば、今頃、そうおっしゃられているだろう」
「そういうタイプの男かい。厄介な男だ」
部下のしつけも行き届いている。
男爵の野心に、同調しているのだ。部隊長の言葉に、敵どもの士気は目に見えて強くなっていく。ルールを把握した。強敵であろうとも、勝てばいい。それが、結局のところ乱世で多くを獲るためのコツではあった。
だからこそ、共喰いはなかなかに終わらない。
……ジーン・ストラウスも腹をくくる。
ガルーナ貴族の血の因果がもたらした、この醜い内乱。
それを誰よりも嫌って来た男の一人だが……。
……今は、竜騎士どもの増長を許した自らの積極性の無さが、許せない。
「……もっと早くに、どいつもこいつも、その過剰な野心を、へし折っていれば良かったんだろうな。オレが、力尽くで」
「……やはり、貴方も、ガルーナの男ですな!!」
「喜ぶなよ、敵くん。オレは、久しぶりに人相手に全力を出してかかる気になっているんだぞ」
メリッサが、怯えた。
「メリッサくん、ちょっと離れているといい」
「……はい」
殺気を帯びた『英雄ジーン・ストラウス』の気配は、まるで……アレサやフィーエン、ザードたちと同じであった。間違いなく『最強』たちの一角なのである。魔力は回復しきらないが、体力はそれなりに回復できた。小細工を、これ以上、使う気もなくなっている。
どうにでもなる相手だと、ジーンは当然のように敵を評価していた。
その態度に、よく訓練されたガルーナの男は、怒りと敬意を覚えるのだ。
「行きますぞ、英雄殿ッッッ!!!」
「ああ。さっさと来い。殺してやる」




