第四話 『竜の舞う王国は共喰いの炎に罰されて』 その21
戦場にアレサ・ストラウスが出現したことを、ザードはすぐに気がついたが、頼ることを選ぶはずもない。『耐久卵』から産まれた気高い『グレート・ドラゴン』だ。誰かに頼るという概念そのものが、ないのだ。利用してやる、という考えはあったとしても。
赤竜ズーとリングスタッド男爵の攻めと連携は、ザードに傷を負わせ続けてはいるが、どれもがうろこの深くに達したわけでもない。ズーも男爵も、理解し始める。ザードはこの戦いの間でも学び続けていた。
回避の動きに、わずかな身の揺れを含ませる。迫り来る攻撃の軌道に、合わせることもあれば、逆に自ずと身を近づけることで、加速し切る前に斬撃や爪の起点を潰すこともやれた。敵が優秀だからこそ、学び取れることも大いにある。
「動きを、読み始めるか!!」
『好かんクソガキめッ!!楽しんでいやがるぞ、主よ!!』
「腹立たしいことだ……っ!!」
『しかも……竜騎士姫まで、近づいて来る!!』
「リース!!あの、役立たずめ!!」
感情が先走り、つばを吐かせた。しかし、悪態を取ることに慣れている男は、そうすることで落ち着きも得られる。理解は、しているのだ。リースではない。リースは、屋敷に行ったが……屋敷には、そもそも竜騎士姫はいなかったのである。
「……たばかったか、アンジューのジジイめ!!」
『孫』につられて踊らされる無力な貴族。ガルーナの貴族にしては、戦士として弱い心の持ち主だ。そんな男に、舐められたことが男爵の逆鱗に触れる。
「どいつもこいつも、オレを、馬鹿にしてるんじゃねええええええええええええッッッ!!!」
小人物と見られることもあるが―――それは、リングスタッド男爵の一部しか評価していない。この男は、たしかにろくでなしだ。粗野で、あさましく、感情的であり、欲深く、近視眼的な人物である。だが、勇敢で、尊大さもあるのだ。
超一流の戦士であることに、疑いの余地はない。
動きの切れが、数段増した。
『……っ!!』
ザードの想定していた、実力。それをはるかに上回る速度を見せつける。尾の打撃を掻い潜り、仔竜の横っ腹に対して強烈な斬撃を走らせた。カウンターでの、一刀。避けられるはずもない。
しかも、背側の強さのあるうろこと、腹部のそれに比べればやや劣るうろこのつなぎ目へと剣は精確無比に叩き込まれた。深い一撃になる。血が大量に噴き出すことはないが、ザードは己の身体が『ズレた』感覚を持たされた。それは、正しい認識である。
鎧とも言える竜のうろこの『つなぎ目』に、大きな裂け目が刻まれたのだ。この傷そのものが、すぐに致命的な出血をもたらすことはないが、大きな力を浴びせられたら、その衝撃で内側まで裂けてしまう大傷となりかねない。
竜騎士らしく、竜の弱さをリングスタッド男爵は知り尽くしてもいるのだ。ザード自身も、まだ知らない弱さすらも、彼は把握していた。それでも、ザードも優秀である。自分の身が受けた、不穏な気配に敏感となることを選んだ。
正しい。
正しい判断であるがゆえに―――。
「―――むしろ、オレの計算通りに動いてしまったなあ、クソガキ!!!ズーよ、やれえええいいッッッ!!!」
『心得た、主よッッッ!!!』
『ざこどもが、ちょうしに――――!?』
ズーの巨大なあごの奥で燃えていた劫火。『火球』を撃たれると予測していたザードであるが、現実はそれとは大きく異なっている。『火球』を避けるために身を伏せたというのに、『火球』が狙ったのはザードではなく、その影……地面そのものであった。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッッ!!!
灼熱の爆風が、大地に大穴を作る。周囲にいた三者にダメージを与えるものであった。ズー自身も破裂した地面の欠片を浴びている。散弾のような勢いで、それらは巨体を揺さぶった。リングスタッド男爵も、体中を火傷してしまっている……愛竜の影に隠れたことで人の身でありながら、この至近距離での爆裂に耐えたが。
両者、傷を負っている。
しかし、ザードはそれよりも大きなダメージを負わされた。斬られて『ズレた』横っ腹に、この衝撃は深く響く。
『ぐ、ふううっ!?』
口と鼻の穴から、血が噴き出していた。
それを見て、ズーが舌なめずりをする。
『どうだ、うろこの鎧を裂かれていると、我々の身体は弾力を帯びるのだ。普段のお前ならば、この程度の衝撃では臓腑まで揺さぶられることはなかろう。しかし、今は、違っていたのだ。己の身体に、無知であることは、弱さだということだ』
『おまえも、よわいっ!!』
血を吐いている。ズーも、自らが作った灼熱の衝撃に傷つけられているのだ。むろん、ザードの指摘は正しい評価ではない。ザードに比べて、ズーのダメージは少ないのだから。
『自分の身を犠牲にしてでも、勝利のための戦術を全うする。それが、我々だ……フィーエンの血とは、そういうものだぞ、愚弟ッッッ!!!』
『にくしん、ぶるなよ、でかぶつめ!!!』
苛つく。同族のように―――家族のように、言われることが。苛烈なまでの使命が、訴えるのだ。『弱い竜の群れを滅ぼし、自らの血で強い竜の群れを再建する』。その使命を果たせと、本能が燃えて盛る。
『きさまごときと、おれが、どうかくなはずがないだろうがッッッ!!!』
「ハハハハ!!気の荒さは、見事である!!!気に入ったぞ、悪竜!!!その首を落としたら、オレの寝室の壁に、飾ってやろうッッッ!!!」
男爵が、動く。
さっき見せた速さよりも、さらに速い。
勝機を見つけた竜騎士は、獣よりも素早いものだ。揺さぶられた臓腑のダメージのせいで、ザードの反応が遅れることを予測していた。斬撃の嵐を、浴びせてやるために。あちこち火傷を負った体は、痛みなど無視して加速した。
計算もある。
アレサが到着するよりも先に、ザードを仕留めなくてはならない。そのために無理をした。この傷を負えばバロウの軍に参加できなくなるかもしれないが、構わない。ザードを仕留めれば、アレサなどズーと二人がかりで料理すればいい。
間に合わん。
いくら速く走ったとしても、人の脚では追いつけない。
「決まりだぞ、ザードおおおおおおおおおおおおおおお――――ッッッ!!?」
翡翠の煌めきを、男爵は見た。彼自身の眼前に迫る、魔力で作られた『飛ぶ斬撃』。避けねば、首を刎ねられる。それを悟らせる軌道であった。




