第四話 『竜の舞う王国は共喰いの炎に罰されて』 その19
「いいともさ!!そんなに射殺されたいのならば、やってやるぜ!!」
そうだ。男なんて、そんなものだろう。こいつらは、女を壊して楽しみたいっていう欲望を持っているのだから。どいつもこいつも、くだらない。くだらないが、それを利用してやろう。
敵兵どもは嗜虐の笑みで唇を歪め、弓をしならせ矢に力を込めた。
怖い。しかし、にらみつけることを止めない。『射られる』ではなく、『射させる』ためにだ。学んだ。竜騎士の技巧と知識を作り上げるための研究で、天才アレサ・ストラウスの言葉から……。
態度でも敵を御せるのだ。それは、何も貴族社会の傲慢さと、罰に怯える手下の間に成り立つ力学ではない。普遍的な、それこそ本能的な部分に訴えかける行いがある。
敵意を示すのだ。
強い敵意と、誇りと自信を演じればいい。怖くて怯えている自分なんて、お姉さまへの愛情で塗りつぶして、変えてしまえばいいんだ。
演じる。偽る?……いいや、違う。真の振る舞いの力をメリッサ・ロウは帯びた。死さえも、この瞬間は愛に圧倒されている。
「やれるものならば!!やってみろッッッ!!!」
あらゆる敵を、下に見る。竜のように、竜騎士姫のように。全てを見下してやるのだ、心の底から、迷うことのない自信のもとに。
そうだ。恐れる相手などではない。永遠の伝説となるアレサ・ストラウスに比べれば、フィーエンや……それよりも強いザードに比べれば、こんな連中、千人いてもクズだ。十数人しかいないのならば、怯える理由は何もない。
「この女……っ」
本能が悟る。見下されていることを、男爵の兵たちは把握して怒りに憑りつかれる。
不必要なほどに、力を込めて、無力なはずの女一人相手に正式な隊形まで組み上げてしまう。
にらみつけるメイドをにらみ返し、殺すために矢を一斉に放った……号令まで使って。
「放てえええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」
矢の雨が、冷たい空を貫いた。
軌道までも一致した、見事な連携である。およそ全てが命中する運命にあった。最高の技巧とまでは言えないが、十分過ぎる技巧を彼らは有していた。その事実に、メリッサは笑うのだ。おかげで、ムダに多くの矢を使わせられる。
あとは。
そうだ。
これに体を貫かれても、立ち続ければいい。物語でも、戦場の噂でも、いくらでもそんなことは聞いたことがあるのだから。矢に射貫かれても、立ち続けていれば……時間稼ぎにもなるだろう。ムダに、矢をまた使わせられるかもしれない。
願う。
死んだとしても、私の脚よ。しばらくの間、死体を立たせておきなさい。お姉さまのためなんだから、死んだぐらいで倒れている場合じゃ、ないんだよ――――。
矢の雨が。
『風』に横から殴りつけられる。完璧な軌道であるがゆえに、全ての矢がメリッサ・ロウの華奢な身体から外れてしまった。
メイドの黒髪から生える猫耳が、ピクリと反応する。優秀な知性が、状況を悟らせる。
ならば。
賢い者が取るべき方法は、ただ一つである。
『囮』となろう。
無力な自分を、まるで、まだまだ魔術が使える余力があるかのように見せかけるのだ。
「どうだッッッ!!!『私の魔術』を見たか!!!!まだまだ、撃って来なさい!!!メイドの女一人も射殺せない、雑魚どもめッッッ!!!」
威嚇し、罵り、目立ち。
そして、わずかなに歩く。視線を誘導する。逃げるようにも見せかけた。敵の視線の少なくない数と、敵の感情がメリッサの『作戦』に呑まれて動く。状況把握よりも、真実を知的に解き明かすことよりも、ただ野性的な感情が爆発した。
「殺せええええええええええええええええッッッ!!!」
「今度こそ、あのメイドを、殺してしまええええええええええええッッッ!!!」
バカにされることは、耐えられないものだ。とくに戦場の興奮状態に陥っているときは。
そう。
天才、アレサ・ストラウスでさえもやれぬことを、名もなき雑兵どもがやれるはずもないのだ。
賢さは、感情を凌駕することもある。少なくとも、数秒間は騙せるのだ。この数秒間があれば……戦場では、多くのことが起き得る。運命というものは、いつだって、唐突に姿を現して、驚異的な変化で人々をぶん殴ってくる。
メリッサに騙された弓兵の隊列に、竜太刀が側面から襲い掛かった。
銀色の斬撃と、赤い髪が暴れる。銀と赤の軌跡が踊り、隊列を組んでいた弓兵どもの体から、命の赤を爆ぜさせた。
「ぐああああああああああああああああああ!!?」
「な、なんだ、なんだ――――――」
「赤い髪に……竜太刀いいいいいいいいいいいいい!!!?」
「―――ああ、そうさ。私こそが、竜騎士姫だッッッ!!!」
怒りと、歓喜。
どちらかは分からぬ笑顔を浮かべ、竜のように鋭い牙を美しい唇からのぞかせる。
メリッサの作ってくれた隙に乗じて、獲物の群れに対して完璧な接近を果たしていたアレサは、斬撃の嵐で死を量産した。悲鳴と返り血を浴びながら、巨大な竜太刀と一つに踊る女主の姿を見つめながら、メリッサも加勢する。
「痛くない肩でなら、ナイフも……投げられるんだからね!!」
ナイフの一つが、敵の背中に投げつけられる。心臓にまで達する一撃であった。
「ひ、退けええええええ!!!屋敷まで、向かうのだ!!!別動隊と、合流し――――」
魔術で生み出した爆炎が、暴れる竜騎士姫から逃れようとした者どもを焼き払った。
敵の一団はそれで全滅する。
竜太刀を振って、その刃についた血と脂肪を捨て去りながら、若妻は夫を褒めた。
「やるな、叔父上。いいタイミングでもあったぞ。まとめて、処分が出来た」
「はあ、はあ……まあ、そうだね。がんばったよ。馬を降りて、こっそりと走って……はあ、はあ。でも、かなり、疲れちまっている……っ」
「もうひと踏ん張りだ。さて、赤竜ズーか……なるほど、私の敵となることを選んだな、リングスタッド男爵よ。殺すほかに道はない」
再び、あの悪癖を見せつける。
笑顔を浮かべていた。獲物を見る目で、ザードと戦う敵どもを見つめるのだ。




