第四話 『竜の舞う王国は共喰いの炎に罰されて』 その16
『……ふん』
ザードも分かっている。敵の罠が待ち受けていることは。メリッサを完全に信じているというわけでもない。たとえ、罠があったとしても打ち破ればいい。こいつがダメなら、それはそれで構わないのだ。傲慢なまでの自信がその認識を持たせている。
メリッサの覚悟など、興味がなかった。
「ザードが来たぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
「矢を放てえええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」
「仕留めるんだあああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
隊列を組んだケットシーの弓隊が、ザードの身へ一斉射撃を放つ。無数の矢が迫る。どれもが、竜対策の猛毒を矢じりに塗りつけているものだ。普段のザードの皮膚であれば、その毒がダメージをもたらすことはない。しかし、傷だらけの今では、事情が異なる。傷口からその毒が入れば、ダメージにはなる。致命傷とは言わないが。
それでも、赤竜ズーとリングスタッド男爵との戦いにおいては、より不利な状況を招くことは確かである。だが、気にするはずもない。全てを力で乗り越える自信があった。
「―――傲慢と気高さの違いは、近いうちに覚えておかなくちゃいけませんね!!」
『風』の魔術をメイドが放つ。隊列から放たれた整然とした矢の群れに、ザードの進行方向に沿った疾風をぶつけた。矢の群れが加速して、ザードの前方へと着弾点をずらす。力に力という思想とは、まったくの逆のものだ。
『風』の魔術で矢を打ち払うこともやれるが、こちらの方がより効率的であり、確かなものだ。どうせ、ザードは罠を回避するために―――ここで急制動をかけて、背後を振り向くと理解していた。
状況はメリッサの考えの通りとなる。ザードが戦術を予測していたわけではない。これは、『反射』であった。状況に対して、最適解を即座に計算し、すべきことを選んだだけのこと。竜という生き物は、思考の速度が人に比べて、けた違いに優れている。
とくに、『グレート・ドラゴン』ならば、他の竜よりも群を抜いていた。
吹き飛ばされそうなほどの、急減速が起きる。
「う、ぐうう……っ」
それと同時に、ザードの尾が水平に斬りつけるように走った。回転するのだ。竜巻の中心にでもいるかのように、メリッサの視界は回った。
……想像以上の速さと、早さであった。
自分の華奢な身体では、ザードの超反応の動きには耐えられない。それは、理解していたが……予想をはるかに超える鋭さがこの反転には宿っていた。三半規管が一瞬で、狂う。脳が頭蓋骨のなかで踊らされる。回っただけなのに、全身の筋肉と骨格が軋みを上げて、口から驚いて跳ねた胃袋でも飛び出してしまいそうだ。
ありえないはど、強い動き。
メリッサは……それでも喜んでいる。
フィーエンどころじゃない。やっぱり、この仔竜は……とんでもない才能の塊だ。お姉さまの歌に、永遠をくれる存在……そのためならば、そのためなら……。
「私は、やっぱり死ねるのよ」
すべきことがある。ザードは完璧な動きをした。油断していた赤竜ズーの予測を超越し、隙を突ける体勢までは整えた。しかし、完璧とは言えない。傷を、負ってしまう可能性がある。竜も竜騎士も、甘くはない。歴戦の猛者であれば、なおのこと。
ザードは失敗しないかもしれないが、傷を負わされるリスクは、ぬぐえない。意表をついた速度だけでは、駆け引きの全てを呑み込むことは不可能だ。
だから。
アレサ・ストラウスの腹心であることを自負する乙女には、すべきことがある。ザードが動きを作ろうとした。跳躍のために、自らの身を伏せるのだ。その動作に、メリッサは命を捧げる。
「跳べえええええええええええええええッッッ!!!」
ザードの予備動作に合わせて、腕と脚を押し込む。自らの身体が、反動で宙へと弾かれることも、お構いなしだ。細かいことなど、考えない。作戦を執行するときは、作戦のために全てを捧げるだけでいいのだ。元々、三半規管が狂い、加速の圧に全身が痛めつけられた状態では、ザードの跳躍についてもいけない―――いや、それも考えてはいない。
ただ、ひたすらに。
アレサ・ストラウスの翼を守るために、行動していた。
ザードはメリッサが与えた『沈み込むための速さ』を使い、跳躍の態勢を完了する。男爵とズーの熟練の読みよりも、刹那の時間だけ早く、跳躍の準備は終わっていたのだ。
刹那。
一瞬にも満たない、極めて短い時間の差ではあるが、最強の凶竜ザードと戦うときには命取りとなる認識のズレであった。ベテランゆえに、戦い慣れているがゆえに、目測に頼り過ぎた部分がある。ザードでさえも、不可能な運動能力。それを、メリッサは捨て身で与えたのだ。
宙に舞うメリッサのことを、ザードは宣告の通り気にすることはない。『好きにやらせてもらうだけ』である。本能が、勝利しろと叫んでいるのだ。いい動きを見せた小娘などに、気を取られている暇はない。
蹴爪が力を大地に与え、漆黒の竜が―――影色の砲弾へと変わる!!
稲妻のような速さで、宙へと跳ぶ。羽ばたきよりも、速さがあった。それもまた、空で待ち構える猛者どもの予測を超えた動きである。ザードの速さ、メリッサの作った早さ。二つの予想を超えた力が合わさり、完璧な襲撃が完成していた。
『くそがあああああああああああああああああああああああああ!!!』
失敗を悟ったズーが怒りをあらわにしながら、その太って垂れた長い尾をザードの牙の列に噛みつかれていた。肉が潰れ、骨が割られる。恐ろしい力を、ズーは感じさせられる。この筋力の強さもまた、想像をはるかに超えていた。
だが。
それでも、失敗してしまったのは、あのメイドごときのせいである。宙を跳ねたその華奢な身は、くるくると回転しながら地面に叩きつけられてしまう。普段とは異なり、今のメリッサには己の身を御する余裕などない。ザードのために、全ての筋力を捧げていたからだ。
幸いなことに、頭から落ちることはなく、左肩から落ちた。骨折はしないが、激烈な痛みが走り、その身は仰向けとなって地面に横たわる。
「死ぬほど、痛い……よお……っ」
それに、怖い時間であった。任務のための時間が終われば、もう恐怖が体を支配する。これを御さなければ、真の竜騎士とは言えない―――常人には、やはり無理な領域かもしれないが……学ばねば、ならない。
痛みのなか、空で赤い巨竜に喰らいついた者を見る。牙を骨まで達したのならば、やることは一つ。ズーの爪や牙で身を傷つけられるよりも早く……。
「墜落させなさい……っ。ザード!!!」
尻尾が空で踊る。竜の身が漆黒の舞いを描き……生み出された力によって、赤竜ズーが地上目掛けて投げつけられた!!




