第四話 『竜の舞う王国は共喰いの炎に罰されて』 その6
シェフに送り出され、『竜のあぎと』を二人は後にする。
馬を乗り換えながらの豪華な疾走を使い、来た道をひたすらに戻った。
「私が来なくても、良かったかもしれないな」
「当主が来なくちゃ、ああまで良い顔をされやしないよ」
「そうかな?シェフ殿は、飢えていた。知っていたのか?」
「まさか!……知っていたら、君を連れて来るべきかどうかを迷った」
「やはり、私は結果的に不用だったか」
「自分を過小評価し過ぎないで欲しいね。昔のシェフだったら、もっと荒っぽかった」
「それは、見てみたかったかもしれない」
「手合わせでもしたいと?」
「当然さ。あちらは、今日もしたかったのではないか?遠慮してくれた」
「そうだな。君の体力のためでもあるし、シェフ自身の体力も考えてだろう……やはり、時間は残酷なものだ。『ラウドメア』と戦った頃なら、君と一戦、交えようとしていた。そうなれば……その…………」
黙ってしまう夫にアレサは笑う。
「私のために、戦ってくれたわけだ!」
「……そう、なったろうさ。君は、ザードに乗って、王都に向かわなくちゃならない。バロウは熟練の竜騎士ではあるし、ダミアは……強敵だ」
「ああ。その通り」
「君は、バロウに勝るだろう。一騎討ちをしようが、竜騎士としての才能でも、おそらく圧倒する。ザードも、単独でなら、ダミアを倒すはずだ。だが、あちらには長年の関係性というものがある。それを、オレは過小評価できない」
「……信じてくれないのかな、私たちの強さを」
「信じている。でも、心配しないでいられるほど、オレは薄情になれない!」
「いい言葉だよ、叔父上。そういう風にして……」
「……して?」
「叔母上を、口説いたのか?」
「か、からかうなって!?」
「からかっているつもりもないが……叔父上は、意外と初心だ。年齢が半分のうら若き乙女の言葉に、耳まで赤くしている。後ろからでも、見えるぞ。私は竜騎士で、とても良い目をしているからな」
「……何でも、見抜かれちまうな」
ティファをどういう手法で口説いたのか、それを今のジーンは思い出せなかった。どちらかと言えば、ティファからの好意に応えることが主だったように思える。ストラウス家の乙女は、いつだって積極的であった……。
居心地の悪いような、小雪が舞い散る空の下では好ましい温かさがあるような、むずがゆさを意外と初心ま42才は感じていた。観察されているのが分かる。アレサは夫に興味があるらしい。それは、嬉しいことではあるような……やはり、恥ずかしいような。
……だが、その甘ったるい時間に長くひたれるわけでもない。
森を抜ける道の先に、ロバに荷車を引かせる一団が現れた。彼らは、羽根帽子を誰もがかぶっている。種族は人間族からエルフ、ケットシーにドワーフもいてバラバラではあるが、その帽子だけは一致していた。
「はあ、『殺すべからず』、『商業ギルド』の羽根だ。外国の商人御一行さまかい」
「南に向かっているな。王都から、避難して来たようだ……」
「危険からは、遠ざかりたいものだからね。とくに、他人の国のいざこざなんて」
「……クインシー継母殿は、彼らを保護していた。多くの利益をガルーナにもたらしたはずでもあるが、バロウは迫害したのだろうか?」
「しちゃいないとは、思う。していたら、あんな護衛の少なさで、ここまで逃げられはしないだろう。バロウは、やはり、ファリスに鉄を売りたいんだ」
「状況証拠としては、良い判断だ。そういう見え方が、すぐに出来るとは。叔父上は、やはり旅慣れている」
「……まあね。それで、情報を知りたいか?彼らなら、もしかすれば、王都の近況を知っているかもしれないが……」
「……いや。どちらかと言うと、すぐにザードの傍へと戻りたくなった」
「いい判断だ。彼らと遭遇すれば、保護を願われるかもしれない。あるいは、略奪者と思われ、矢でも放たれかねん……迂回しよう。ついて来い!」
「……頼りになる、声だ」
脇道へと逸れ、商人たちの逃避行からは距離を取った。情報収集の相手として、彼らは適してはいなかっただろう。ジーンはそう判断する。もったいなくはない。不必要なことだ。必死になって逃げたからこそ、今あの場所にいる。ということは、彼らもバロウの謀反を長く見物していたわけではないのだから。
内乱の圧力を、ストラウス家の夫婦は肌で感じ取った。それだけで、十分なことだ。おしゃべりを減らし、ひたすら移動に専念すべきだった。いくらでも、災いはある。あの商人たちも、そして、英雄シェフの態度も示していた事実があった。
すぐに行動したいほど、状況は不安定なのだ。
緊張の生み出してくれる不動さは、とっくの昔に過去のものである。今このときの行動が、明日の立場へと直結しようとしている。そう理解させるほどには、あの商人たちの動きも、シェフのすみやかな納得も、無言のままに強くガルーナの現状を示していた。
「……野心が、牙を剥くには、いいタイミング過ぎるってことだぜ」
ジーンはストラウス家の血を引く者にしては、やや心配性なところがある。他人からの評価も気にしないふりを貫きたいと考えつつ、気にしてしまうような男だ。有能ではあるが、普通の人格をしている。
それゆえに、気にしていた。
メリッサ・ロウの指摘を。ジーンのせいで、交渉がこじれそうになった。アンジュー家の当主が嫌ったのは、凶竜ザードよりも英雄の怠惰な態度であった。
トラブル・メーカー。
そんなつもりはない。ないが、周りの者の不幸は多い。近しい血縁者も、ティファもとっくの昔に失った。災いを招く、不運な男。
アレサを、アンジュー家から遠ざけたことに、何か嫌な予感を感じ取っていた。




