第三話 『少年王の受難』 その14
「墓を守ることが、大切なことか……」
「強く生きようとする者には、それぞれある。生きる理由は、いつだって死ぬ理由。叔父上にとって、叔母上はそれだけ大切だったのだ」
「……愛情のために、英雄は怠惰となった」
「選んだのさ。誰だってそうだ。命をどこに使うべきかは、それぞれが決められる。自由ということは、気高いということは、そういうことなのだよ、アンジュー卿。私の夫は、一途な男さ」
怒りが消えてしまう言葉であった。理解されたからでもある。少しばかり、照れているからでもあった。関係性で言えば、新しい妻ではあるが……互いの多くを知りはしない。戦場で作られた血なまぐさい伝説ばかり。それしか、知らないのに。
自分の半分の年齢の乙女に、言い当てられてしまった。
生きることは、死ぬ理由。
ティファが死んだとき、生きている理由の多くは、とっくに消え去っていた。
「ん。叔父上が、可愛い顔になっている」
「……どんな顔してるんだい」
「ずぶぬれになって、腹を空かせた牧羊犬というところだ。雨のなか、牧場主の帰りを待っているような……実に可愛いぞ」
からかうかのような微笑であるが、実際のところは本音でしかない。みじめな牧羊犬は、新しい飼い主の居場所を再確認していく。怒りも、消える。居心地が悪いはずなのに、おだやかになれた。ストラウスの奔流の赤毛のお姫さまは、いつだってこの英雄を御すことに長けた。
むろん。
メリッサ・ロウは無表情の下に隠していた殺気の対象を、みじめな牧羊犬に向ける。嫉妬の炎が強い。可愛い。竜と専属メイドにのみ使うべき言葉だった。
「……ゆるすまじ」
社交に長けた自信がある牧羊犬は、向けられた殺気に対し、眉を寄せた。ますます困り顔の牧羊犬に似てしまう。アレサは、もう夫の顔など見ていなかったが。
「アンジュー卿よ。私の夫をいじめてやるな。これから死ぬまでは、私と共にガルーナのために尽くすことを誓ってくれたのだから」
「……新しい愛かね」
「さあ、どうだろう。興味があれば、私がいないところで叔父上に確かめてくれるといい。若い妻の前では、気を使うかもしれないからな。偽りは、聞きたくないであろう」
「そう、だな。真実を求めている」
「そうであるべきさ。貴族は、気高く生きるべきだ。気高く生きるためには、真実がいる。それがなければ、本当に強くは生きられないのだから」
「……本題に、戻ろう。新婚夫婦ののろけを聞かされている場合でもない」
「エルヴェのことを、決めるとしよう。この王国の未来を、バロウに奪われるか。我々と共に、エルヴェへ取り戻させるか。二者択一である」
「お姉さま、アンジューさまは、すでに決断をされているかもしれません。バロウの手下めと、接触していましたから」
「だとすれば、ハナシは早くて助かるな。敵ならば、相応の方法で応じよう。さあ、教えてくれるかな。誰よりも罪の無い無垢な王を……あなたはどうしたいのだ?」
「……死なせたくはない。この長い政争には、私はとっくの昔に飽き飽きしておる」
「結束があれば、ザードへの対策も、もっと有効な方法が取れたかもしれないしな」
「……息子の死は、我らの業だとでも?」
「争いがなければ、よりまとまっていたのは事実。私はな、アンジュー卿。竜を愛しているし、竜騎士の文化が好きだ。竜を失うことは、辛い。竜騎士を殺すことも。だが、必要とあれば、するのみ。ストラウスだからな」
「そなたらも、罪深くあるのだぞ」
「当然、誰よりも罪深い。望んだ形とは、大きく現状は変わった。周囲を死に追いやっている。争いの火種ともなっているな。ガルーナの貴族は、誰もが罪深いが、ストラウスは誰よりも殺しているだけに、罪も業も深い。だからこそ、やらねばならん。正しいことを」
「エルヴェさまの救出をか」
「エルヴェは正しい。クインシーにそそのかされてもいない。いつだって、我々をまとめようとしていたぞ。子供のくせに……いや、子供だからこそ、本質が見える。我々は、血の因果を越えて、まとまらなければならん。竜騎士の共食いも、そろそろやめなければな」
「……クインシー殿は死亡した。拷問されて、苦しめられたと……」
「だろうな。だから、バロウどもしか、殺さんよ。片っ端から、関わった者を殺して吊るすなど、しないさ。してやりたくもあるが、ガマンする」
「血にまみれ、謀反人を討ち取ったとしよう。そうすれば、次は……竜騎士姫がガルーナの女王になられるか」
「ならない。私では、ストラウスの本家では、周りが納得しまい。エルヴェのように、やさしい道を、選べるようには生まれついていないのだ。つい、敵を殺したくもなる。私に流れる血としては、実に正しい。私たちストラウスは、剣となるべきだ。この王国の賢君の剣として、竜と共に戦場で舞い、敵を屠るのみ」
「竜騎士としての地位に、留まると?」
「ああ。そうすれば、私を女王に推す声も多少は集まる。そういった者たちは、私の声を聞いてエルヴェのために生きてくれるだろう。私を女王にしたくない勢力も、私が自重していることに納得しなくてはならなくなる。支持者も敵対者も、それなりの安定は得るだろう」
「あなたは、クインシーになるか、第二の?」
「いいや。ただの剣だと言っている。相談役を、どうしても決めたいのならば、アンジュー卿。あなたでもいいのだぞ」
「……私に、そんな権力はない。金はあれど、力も知恵もない……あると、すれば……」
老いた目が、アレサのとなりに座る者を見た。
「彼だな。ストラウスの本流ではない。政治に対して、消極的なことは、この二十年が証明している。野心が、ないこともな」
「……血の薄いストラウスさ。おかげで、権力にも竜にも興味なく生まれついちまったよ」
「そういう変わり種もいるのさ、叔父上」
「……変わっているのは、オレの方かな」
「英雄殿が、逃げないのであれば……私は、協力しよう。バロウ伯爵から、手出しは無用と言われたが、返答はしていない。私など、金しかない男ではあるが、欲深な者たちは、金貨で御せるものだ」
「叔父上次第か。ならば、決まっているな。アンジュー卿、私の夫が第二のクインシーだ。クインシーとは大きく異なり、欲深くもなく、誠実で、死者への愛に生きる者だ。強さも、ある。戦士たちの尊敬を、十分に得られるだろう」
「……オレの意見は、聞かれないんだねえ」
「当たり前ですよ。もう、ジーンさんの残りの人生は、お姉さまのものなんですから……っ!」
腹が立つ。ほほをふくらませる。この嫉妬は、コントロールできなかった。




