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竜騎士姫アレサ ~最後の竜騎士の英雄譚外伝~  作者: よしふみ


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第二話    『黒竜の誓約』    その28


 死を与えられた竜が落ちて行く。無事な竜の追撃は、ない。アレサもザードも心配していなかった。あの竜は『火球』の威力を練り過ぎていたからだ。大振りの力は、反動も大きい。それに、救助しなければならなかった。


 ザードの一撃で殺された竜の背には、まだ生きた竜騎士がいる。落ちて行く愛竜の死体から、彼は決死の跳躍を行っていた。生き残った竜に、上手く回収してみせる。


「いい動きだ。私とザードと戦うということの意味を、よく理解してくれていたらしい。それに……視野も広いと来た。追わずに、逃げてくれるぞ」


『……かたうでやろうを、けいかいしているか』


 隻眼を動かし、聖地を見下ろす。ザードにとっては、邪魔くさくもあった。ジーン・ストラウスは、魔力を再び増大させている。露骨に狙っているのだ、今度は竜の魔力を真似るのではなく、自身の本来のスタイルを選ぶ。


 若妻は、ニヤリと笑った。


「いい夫殿だよ、今度のは。長距離射程の、特大魔術。あれほどの魔力を、練れる者は、そういない」


 自慢したくなる夫は、初めてだ。殺したいという気持ちは、ない。戦士として戦ってみたいという願望は湧き上がりつつあるが……時と場合を選ぶことはやれそうだ。


「今は、少しばかり状況が複雑すぎる。ザードよ、お前のムチャに付き合ってやったのだ。今度は、言うことを聞けよ。もう、絶対に、戦うな―――戦おうとすれば、角一本、叩き折るぞ」


『こりずに、いどむか』


「ちがうな。お前の力を、守るためだ」


『よけいなおせわ―――』


「―――私は、お前を愛している」


 どういう表情をすればいいのか、凶竜は分からなくなる。冷たく、鋭く、深く、そのくせ燃えるように熱い言葉だ。噛みついてくるような迫力があるのに、何かが違う。他の竜を殺し尽くすという定めのもとに、聖地の土の奥深くから、母竜にも気づかれないうちに孵化したザードには、高度な知性でも理解が及ばない観念があった。


 あいしている。


 彼には不思議な言葉であった。


「いいな。お前の存在は、より気高く、より強く完成を迎えねばならん。私は、それをしてやる。お前自身の望みでもあるだろう。だから、そのためにこそ、今は、無理などさせられん」


 自戒も含めての、宣言だった。乗り手として、適切だとは言えない戦い方をしてしまっている。フィーエンがいれば、呆れられただろう。いや、フィーエンの思想は、もはや関係ない。アレサ・ストラウス自身の願いだ。


「バカなことを、しやがって。傷だらけの身体で、あんな負荷のかかる加速を……っ。私まで、参加させて……私を使って、くそ、私は……私は……っ」


 瞳に熱が込み上げる。


 フィーエンが死んだときでさえ、流れることはなかったものが、今は流れる。真に気高き戦士の魂は、悲しみや苦しみでは涙を流さない。これが流れるのは、怒りと悔しさからだ。牙を、噛む。しかし、演技はした。敵は、まだいる。


 消極的な戦術と、単独に追い込まれた状況、ジーンに狙われ続ける事実。さまざまな条件が、『逃亡』という結末を選ぼうとしているが……。


「気づかれるな。痛いだろうが、平然を装えっ。私だって、ガマンしているんだ」


『きさまは、いたくないだろう』


「痛いんだよ、愛ってのは、そうなんだ」


『……ふん』


「気取られるなっ。それだけは、絶対だ。気高く、尊く、偉大な飛び方をして、悟らせるんじゃないぞ」


 血が、涙の跡がついたほほにもかかる。羽ばたくほどに、ザードの身からは血が噴き出していた。あちこちからだ。この戦いでの傷ではなく。全ては、アレサとの戦いが与えた傷。負傷した身で、戦い続けた。しかも、全力以上の速度で飛んだ。


 傷が開いて、当然である。


「血のにおいは隠せない。竜も、竜騎士も、半分ぐらいは気づいているぞ。状況は連中にとって、極めて悪いが……それでも、ガルーナの竜と竜騎士が、勇敢なのは思い知っただろう」


 反論することを、ザードの口はしなかった。迫力がある。アレサには、何か独特の迫力があり……それに、たしかに、この戦いで殺した竜たちは……力こそ遠くザードに及ばないが、罵るべき弱さを、持ってもいない。力はともかく、心は、弱くない。


「お前の傷の深さを知れば、死ぬ気で一戦選ぶかもしれない。そうなっても、お前ならば勝つ。だが、傷は、より深くなるのだ。傷を負うほど、傷つくほど……届く強さの高みは、遠のく。嫌だ。それは、嫌なんだ。お前もだろう」


『……わかっている。おまえに……』


 従うなどとは、どうしても言いたくはない。だから、口を閉ざす。しかし、首をのけ反らせ、傲慢な態度を……敵の竜に見せつけた。


 演技は、場を救う。竜は撤退を始めた。おかげで、しばらくの休息を得られる。涙を拭くこともないまま、風に流され血の垂れてくる首の付け根をやさしい指が撫でた。


「……片目を、私は……お前から、奪って……しまっているんだからなっ。これ以上、奪わせるものか。敵からも、私からも、お前からも……っ」


 アレサは、竜を愛している。強く気高い、力の覇者を。


 愛を知らないザードではあるが、自らへ捧げられた誓いに偽りがないことだけは、認めてやることにした。


 沈黙から成る誓約もあった。ザードは、約束の一年を守るだろう。自分に使われる竜騎士姫の声に、嘘がないことだけは理解したのだから。




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