第二話 『黒竜の誓約』 その27
『ははははは!!いくぞ、あれさ・すとらうす!!!』
「……止まらないのならば、せめて、学べばいい!!」
気高さと攻撃性は素晴らしい。素晴らしいが、ときにはそれが災いとなることもあった。漆黒の翼が、空を打つ。うろこを逆立てた尻尾が、空を切った。ザードの鼻先が、獲物目掛けて照準を定める。
一直線。
あまりにも、シンプルな角度。最短距離は最速を生む。早さも速さも兼ねそろえる。最良の選択ではあるが……それだけに。
「読まれてしまうがな!!」
『しったことかッッッ!!!』
血が騒ぐ。敵を殺せと、生まれ持って本能に刻み付けられた使命が、ザードに道を示す。殺して殺して、全てを殺して。竜の頂点となる。この空にいていい竜は、『最強の血脈』のみ。弱き竜など、片っ端から皆殺しだ!!
『GAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』
傲慢極まる殺意が歌となり、天空の青を揺さぶった。降り注いでくる歌に、全ての命が怯える。竜も竜騎士も、聖地にいる全ての動物たちも……ジーン・ストラウスも、メリッサ・ロウも、この歌声が帯びた純然な殺意に、魂を凍てつかせてしまうのだ。
歌が届いた全ての者が、ザードを見る。
天空に君臨する殺意は、王者どころか……神性すらも帯びていた。
白竜フィーエンの強さを知っているメリッサも、怯えて震える。
「お姉さまは、間違った……選択を、してしまったのでは……っ。あれは、ザードは……人の手におえるようなモノでは、ないの……かも……っ」
「…………どうかな。怖いが。怖いけれど。でも……アレサなら、あの竜でも……愛してやれるんじゃないかな。むしろ……」
……失礼になるかもしれないと、判断して。片腕の英雄は自重の沈黙を選んだ。
ザードの態度は、この暴虐な意志は……『アレサ好み』なんじゃないか。
その言葉を使っていいには、アレサのことを知らなすぎるのも事実である。敵の血の味がするキスで、結婚の誓いを立てるような恐ろしくて、美しい乙女。ストラウス家の若妻のことを、もっと知ってからでなければ、メリッサの耳に、その意見は伝えられない。
見守り、祈りの聖句を口にするメイドのとなりで、おしゃべりな男も祈ることを選ぶ。どの神さまでもなく、死んだ妻の名に。君の姪を守ってあげてくれ、ティファ。
「来るぞッッッ!!!ザードを、御せなくなったかあああああッッッ!!!」
「撃ち落とせえええええええええええええええええッッッ!!!」
怯えはする。
怯えはするが、ガルーナの竜騎士だ。心理を操る術など心得ている。恐怖の向こうに見え隠れする『絶好機』を見抜き、知性は攻めることを決断させるのだ。慎重とも大胆とも、どちらとも言えるし、どちらでもない。すべきことは、それしかない。
迎撃せねば、殺される。
だが、何とも迎撃しやすい角度である。
まっすぐ過ぎる角度は、竜騎士を乗せた竜にとって致命的な弱さも持つ。
「選択を与えないことで、敵から惑うことも奪う。敵に強さを与えることもある」
『さいこうだなッッッ!!!』
説教のつもりだが、言い返された。賢さがある竜だ。気性は荒すぎるが。全てを理解した上で、この『決闘』を選ぶ。
困ったことに。
竜騎士姫の心に、響いてしまう。教育のために、同意の声は与えないが。体は動いた。ザードの突撃を、より強くしてやるために……捧げるのだ。傲慢さには、その動きが伝えた共感の気配の方が、深く届いたが―――『使命』に集中した。
空を叩く。
翼の力と、重力が一つとなって、稲妻のような神速をまとう。
まっすぐだ。まっすぐ。あのフィーエンでさえ、戦闘のなかで見せたことのない美しい飛翔の軌道。ありえないほどの、美しさ。だが、大きな危険に満ちた軌道でもある。
バロウ配下の二匹の竜が、完全な軌道を選んで突撃してくるザードを狙い撃った。
まっすぐな動きは美しいが、あまりにも単調すぎる。竜の魔力をたっぷりと込めた、『火球』をその軌道に置くだけで、迎撃することは容易くなった。
嘲ることはない。
だが、勝利を確信して、竜の『火球』は放たれた。角度は、完璧であった。美しすぎる単調な軌道に、その火力は一致していた。間違いはない。全てが正しい対処であった。
間違っていたのは、やはり一つの要素だけ。
最強の竜と、最強の竜騎士が『協力』した瞬間―――全ての空にいる者は、やはり、この二人の前に敗者になる定めなのだ。
勝利を、爪がもぎ取った。
『火球』の一つを、アレサのおかげで全力以上に加速したザードは、回避してしまう。回避不能の完全な衝突コースにあった『火球』は、ザードの左脚の爪が裂いてみせた。爪の先に集めた魔力が、『火球』の渦を突いたのだ。
アレサは知っている。竜の『火球』の弱点だ。不可能なことではない。しかし、衝突し合うコースで作られた速度においては……ザードの加速と、『火球』の速さが合わさった速度においては……これを成すのは神業中の神業である。反応だけでなく、完璧な予測も必要になってくる。
竜同士だからこそ、成立した結果であった。
迷いなく、まっすぐだ。互いに、勇敢であったからこそ。己の力を信じていたからこそ。それゆえに、完全なタイミングでザードはこれを予測できたのである。
炎を切り裂いた爪が、竜に突き立てられた。竜の胴体深くまで爪は入り、心臓をも貫き、十分な深さに達した瞬間、握力は使われ、巨大な竜の心臓を裂いてしまう。
……羽ばたきと共に、即死した獲物からザードは飛び去った。にんまりと、残酷な笑顔を残して。
「……信じているじゃないか、お前も他の竜のことを」
『ふん。しったことかよ!』
ガルーナの空に、また一つ。伝説が残された。永遠に残されるべき、究極の技巧が。




