第二話 『黒竜の誓約』 その16
祈りの叫びを背に浴びながら、アレサは暴れる凶竜の尾の一撃を掻い潜る。風が打たれ悲鳴を上げるが、影のように低くなり、ザードの足元へと飛び込むことに成功した。メリッサが不安のあまり失神しそうになる動きであったが……。
アレサには余裕がある。
強さを増していくザードではあるが、やはり純度があり過ぎた。精密そのもの、そして、圧倒的は速さと致命的な威力。極めて合理的な攻めをしてくれる。ヒトの限界を超えた動きにも近づきつつあるが―――突くべき隙を消せてはいない。
『おれの、しかくにッッッ!!?』
「ああ。腹の下は、見えんだろう!!」
浮かび上がりながら斬りつける。上昇する斬撃が、ザードの腹に一閃を入れた。しかし、浅い。斬撃の軌道は十分な深さを持っていたものの、ザードが空中に跳ねることで深手を負うことを逃れたのだ。
羽ばたきが風を起こし、漆黒の竜が聖地の谷底を飛ぶ。上空から叩きつけてくる風の、長い赤髪を揺らされながらもアレサは喜ぶ。
「……一撃は、食らわせてやるつもりだったんだがな。上手く躱したよ」
『……おれは、にげては、いないッッッ!!!』
「ああ。そういう仔じゃない」
竜太刀の気配を悟り、飛ぶことで避けた。それをザードの気高さは素直に受け止めることはできない。アレサが相手でなければ、左眼を奪われた因縁がなければ、このまま高い位置に留まり旋回しながら炎の息でも吹き付けることもしただろう。
だが、誇りが選択肢を狭めてもしまうのだ。
白い息を吐きながら呼吸を整えているアレサの目の前に、勇気を見せつけるようにザードは直地した。一つ残された目玉が金色に煌めき、にらみつける。突撃しようとし―――それに先んじるように差し込まれて来た突撃に『襲われる』。
『せんてを―――』
「―――取るのさ!!!」
跳躍し、鼻先で回転する竜騎士姫がいた。牙を使う距離ではない。炎を吐きつけるべきだと判断する。炎を使おうとして、気づいた。炎が出ない。
年若い無敵な竜は初めて知らされたのだ。着地したばかりでは、肺が衝撃で揺さぶられてしまい。炎の息を放つための呼気が十分に確保できないことを。それは、竜の解剖学的な限界の一つであった。あらかじめ備えていれば、その動きもやれるはずだが―――不足している経験のせいで、今回は失敗する。
何せ、この隙を『作った』本人であるアレサの攻めに迷いもない。もうすでに、竜の首を射程に収めるほどに接近していた。
「でやあああああああああああああああッッッ!!!」
斬撃が驚くザードを襲う。避けるが、鼻先を少しばかり切り裂かれていた。血が、噴き上がる。傷みと屈辱が、全身に伝わって来た。直地するアレサを狙い、あごを振るが……アレサはザードの精密な予想通りに動く攻撃の軌跡の『下』へと潜る。
倒れ込むようにして地面を転がったのだ。そのおかげで、わずかに攻撃が届かない。偶然ではないことに、賢い竜の頭脳は気が付いた。これも読まれていたのだ。地を這うように転がりながらも、しなやかな所作を使い、竜騎士姫はしゃがんだままの姿勢で竜太刀による横薙ぎを放つ。
ザードの脚を狙う動きだ。ステップを使い、その一刀から逃れる。逃れながらも、思考した。どうして炎を吐けなかった?どうして何度も避けられる?
「詳しいのだよ、竜にね!!」
起き上がりながら突撃してくるアレサを見て、ザードの思考力は可能性に囚われ過ぎる。再び、自分の動きに『自分の知らなかった弱点』があるのではないかと……疑問に思った。それを何度も晒せば、次こそ深手を負うかもしれない。
そこまで考えると、再びプライドに支配される。
臆することなど、あってはならないのだ!!
『GAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』
怒りが魔力を昂らせ、炎の息となる。火焔の海がアレサ目掛けて迫るが、焼き払われる直前に突撃の方向を変えた。ザードの失われた左眼が担当していた視界……今となっては虚空の暗闇であるその領域へと俊敏に飛び込む。
構うものか!!
気高さが、『敵』を焼き払うために首を振る。
その動きが見えなくても、広範囲に炎の波を放てば当たるのだ。竜の炎から逃れる術は、ない。
そう。確かにそうだ。逃げられるはずもない角度であった。少しは身が焼かれることを覚悟しなければならいはずの範囲に、炎を吹き込んだ。正しい攻撃であり、正しい判断であったからこそ―――再び、竜騎士姫に読まれてしまう。
『ッッッ!!?』
炎の息が、切り裂かれる光景を残った目玉が目撃した。アレサの放った『風』の魔術が、竜の猛火をかき分けてしまっている。
「驚いただろ。お前の炎も、無敵じゃない。広く炎を放てば、それだけ薄まる。呼吸も無限には続かない。本気で放てるのは、数秒。それをしのげば……私の魔力でも、御せる!!」
炎が尽きる。息が、尽きてしまっていた。アレサの声を『聴いてしまったから』でもある。ムダに炎を吐きながら、自分の『弱点』を知りたくなってしまっていた。より強くなるために、自らを修正するために。
その探究の時間が、ザードの呼気の限界を迎えさせる。あばらと胴のうろこの動きから、呼気が尽きるタイミングを見計らっていたアレサは、炎が止まるタイミングに同時に動いた。完璧な一致を見せ、それにザードの知性がくすぐられる。
備えた。斬りつけられる―――その動きに、見えたからだ。両手持ちのまま振りかぶられた竜太刀と、踏み込んで来る脚は。しかし、それもまた罠であった。竜太刀の刃に、魔力がたぎっていることを、炎を吐き、周囲に高濃度な魔力が充満している状況では、竜でさえ知覚できない。
全ては、デザインされた攻撃の一環であった。




