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竜騎士姫アレサ ~最後の竜騎士の英雄譚外伝~  作者: よしふみ


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第二話    『黒竜の誓約』    その13


 ……竜の聖地。


 竜たちが君臨し、卵を産みつける産卵の場所でもあり、最も強い竜の寝床とされる場所である。


 ここは太古の昔に火山の噴火口でもあった。山体そのものが破裂してしまうほどの強大な噴火の果て、溶岩に地は融かされ、裂け目が土を切り裂いたのだ。荒々しい風景が生まれたのは、5000年は前のこと。


 時の蓄積はそれを癒しもしたし、修復できない急峻で過酷な地形を残しもした。


 背の高い古木が立ち並び、長い時代を貫いて降った雨に刻まれた深い谷。斜めに入る朝の光を浴びて、木々のあいだから流れて谷底に満ちた霧は白く輝く。気ままに旅をする者が足を踏み込むことはない、不気味なまでの神秘が支配する幽谷である。


 竜はこの地を好んだ。


 険しく厳格で、力がある者の棲み処として相応しい恐怖の空間であったから。朝の冷たく白い霧に目隠しされながらも、竜騎士姫の一行は進む。先頭を行くのはアレサであり、その背中をジーンとメリッサが守る。


 鼻歌はとっくの昔に止んで、無音を志す歩行をアレサは徹していた。だが、過度な警戒も集中もしていない。隠れるための動きではなく、戦いに備え自らを作り上げるための準備運動だ。自らを消して、環境を把握したい。この場所の全てを知りたい。


 奇襲への心配は不必要だった。アレサは誰よりも理解しているのだ、凶竜ザードの性格を。気高い報復者は、小細工などは使わないものである。


「あいつは正面から、来るのを待っている。私が奪ってやった左眼が疼いているのだろうよ。『食事』も済ませて、今頃は上機嫌に……どの竜よりも賢い仔だからな。この決闘の意味を、よく理解してくれているよ」


「気づかれているわけか」


「私のにおいと魔力を、忘れるはずもない。近づくほどに、昂るさ。あいつの血は、私に呼応してくれている。嬉しいことだな」


 心の底から喜べる。呼応している心は、ここにもあった。最強の竜に近づくほど、力を愛する乙女の心は弾んでしまう。一歩ずつ、心臓の鼓動は昂るのだ。血よりも赤く、炎よりも熱い愛情が胸の奥で狂ったように燃え盛っている。


 フィーエンを殺された恨みと怒りもあるが、それを超える愛もあった。フィーエン自身が望んだことでもある。竜騎士姫が獲るべき『新しい翼』とは、彼女の子の一匹のことだ。


「……『対戦者』と認めたお姉さまを、ザードは奇襲することはないでしょう。他の雑魚とは異なり、競り合いと望むはずだから」


 竜の特性だ。気高いこの生物は、自らの興味を伴わない生物には何の敬意も払わない。ただの獲物であり、それらに意味を持つこともない。牛を使った『罠』に掛かるのも、罠だと知ってのことだ。それを無視して行動することに意味を感じる。弱い者には、徹底的に軽んじる態度を取ることが正しいと信じている傲慢な生態系の頂点、それが竜だ。


 ザードにとっては、全ての者が感情を注ぐにも値しない。気ままに食い散らかして殺して遊ぶだけの、消費すべき対象でしかないのだ。


 だが、白竜フィーエンを駆り、自らと死闘を演じ、左眼を竜太刀で斬り裂いたアレサだけは、『例外』なのである。この世で唯一、凶竜ザードの強い感情を注がれる権利。それが竜騎士姫にはあるのだ。


「僥倖だな。たまらないよ」


 独占欲が満たされる。最強の竜に思われる地上で唯一の存在であるという地位は。アレサでなければ、それを愉しめることはないだろう。竜を愛し、竜を理解し、力に恋する者でなければ、この感情が胸に躍ることはない。


「……ですが、気を付けてください。この聖地は、とても険しい地形なんです。急な穴もありますから。それに、霧が邪魔して……視界がとても悪いです」


「そうだぜ。ザードとやり合う前に、谷底に滑落するなんて間抜けなことをしている場合じゃない」


「ああ。分かっているよ。だから、叔父上も、いい術を使ってくれている」


「ん。気づかれているか……」


「説明は要らない。空にまつわる全てを、私の肌もストラウスの赤い髪も感じ取る」


 『風』の魔術を使うのだ。空間を探るためのそよ風を放ち、その反響を聴く。耳で空間を探ることで、視界を補う探索の手段であった。


「南の、狩人の術ですね」


「詳しいね。本で読んだのかな」


「勉強したんです。竜騎士の技巧のために。風については、何だって知っておくべきなんですから……」


「素晴らしい執念だよ。君たちは、本当に良いコンビだ」


「……はい。ですが、実際に体感するのは、初めてのこと。これほど、弱い魔力でも効果的だなんて……むしろ、弱い方が、いい……」


「ケットシー族の『風』にまつわる洞察は、いつ見ても見事だね」


「知覚を研ぐ。知覚のままに、感じる。放つ魔力は、それを邪魔してはならない。探ろうとうする欲求が、この術を妨げもする……風を識るには、知識だけじゃなく本能も要りますから……」


 天才は……。


 竜騎士姫アレサ・ストラウスは、それを学びもせずに理解して使いこなしている。風を、いや、空を認識する本能を持って生まれてのだ。それをどう再現し、どう定義し、どう磨き上げるためのロジックを見つけていくか。それは、腹心であるメリッサの仕事である。


 天才をより高みに。


 ……天才でない者を、一定以上の水準に満たすために。


 知識を完成させなければならない。竜騎士のための、基礎的で絶対的で、何よりも効果的な教本を生み落とす。それが、メリッサ・ロウの役目であり、彼女自身が人生に与えた運命だ。


 小さな奥歯を、感情が鳴らせる。


 何が何でも役に立ちたい。


 アレサたのためなら、命だって捧げるのだ。人生の全ての時間だって、喜びと共に与えられる。気高く、美しく、激しく、やさしい……大好きなお姉さま。


 嫉妬深い魂は、今この瞬間はアレサの新しい夫ではなく、最強の竜に向けられる。生まれ変われるならば、『グレート・ドラゴン/耐久卵の仔』として生まれ直したい。竜として、アレサを満たしてやりたいとまで願う。異常なまでの、忠誠に傾いた愛であった。


 ……その狂気的な嫉妬と同時に、悔しさもある。


 無力だ。今は、無力になる。


 もうすぐ始まる決闘に、何もしてやれない。見守るだけ。記憶するだけ。心と魂に刻むだけで、無力だ。それが悔しい。あの竜を痛めつけてやれるだけの力が欲しい。だが、無理なのだ。


 霧の裂け目に岩壁が見える。真新しい爪の痕跡。戦いに備えて、磨いたのだ。頑強な岩を深々と裂いてしまう、絶対的な力。それを見せつけられれば、無力さを思い知る。


「……血のにおいだな。もうすぐ、ザードがいるぞ」


 弾む声。喜びの声。悦びの声。


 全てを覚えておこう。愛する者が勝利することを信じ……無力を噛み締めながらだって。




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