第二話 『黒竜の誓約』 その5
「健気でマジメなメイドさんだ」
「悪いですか?」
「いいや。褒めているんだよ。さてと、このあたりで授業は終わり。いるようだな」
「いる……?」
「馬の足跡がある。叔父上の知人は健在のようだ」
「……あ。私にも見えました。薄暗いから、見過ごしかけましたけど」
暗くて湿った道に太い蹄の跡がある。深く沈んでいた。この小さな道を進むには適した大きさではないように思える。
「大きな馬ですね」
「巨人族が好む農耕馬だよ。馬力が良くてね、このあたりの岩が多い土地を開拓するには向くんだよ。名馬さ。やさしいから、戦場には向かないけれどね」
「私は働き者が好きだぞ。農民も農耕馬も馬鹿にするつもりはない」
「いい貴族だ」
「奪うだけが、力ではないのだから」
好ましい感覚だった。産み出す力を評価できる支配者は、平和を長く保ってくれる。結局のところ、戦いの理由となるのは政治力の取り合いか、金の取り合い。富をもたらす豊かな農地への投資と労力を拒まない貴族が多ければ、戦う理由の半分が減る。
満腹と貯蓄は、戦いを遠ざけるのだ。
政治的な野心については、効果が乏しくもあるが……。
「しかし、大きな蹄の割りには、歩幅は小さい。老いているのか?」
「ああ。かなり高齢な馬のはずだが、まだ生きていてくれたらしい。巨人族は、やさしくて知的で、我慢強いからね。老いた馬でも、丁寧に扱う」
「巨人族の方が、このあたりで開墾をしているのですね?」
「そうだよ。ジギーは、巨人族で、開拓者。南方のキャラバンに参加していた男だ。オレがガキのころからお世話になっている。森のことも、家畜のことも、何だって知っている男だよ」
「興味深い知人をお持ちなようで、うらやましい。森については、多く知りたい」
「竜騎士の『力』を完成するために?」
「諸々だ。森に詳しければ、より戦いにも強くなれるだろう。それに……森の上空は、風の巻き方も違うんだ」
「勉強熱心だね」
「竜が大好きなんだよ。叔父上には、よく分からない感覚だろうが」
「……そうだな。竜へは、畏怖の感情を持っている。愛情は、持っていない」
「そのうち、好きになる。私の夫をやっていればな」
長く夫をしていてもいいと、許可をもらえたのだろうか。だとすれば、光栄なことではあるが―――メイドの猫耳が神経質に伸び上がりそうだとジーンは予想する。
確かめるための視線を向ける気は起きなかった。
茶を濁したさに引きずられるように、視線は薄暗い道へと落ちる。必要性もあった。この道は、そこかしこに穴がある。穴を埋めるために朽ちかけの木片や、石が詰められているが。馬の脚のためにも注意し過ぎて損はない。
事実、大きな穴を見つける。
「あそこ、注意しておこうぜ。馬の足を取りかねない」
「うむ」
「……この道は、まだ続くのですか?この狭さは、もしも、竜に襲われたら逃げ場が少ないです」
「ご心配、もっともだ。でも、大丈夫だよ。あと、少しだ。ほら、少し、明るいだろ?」
「……風も、吹いて来るな。開けた場所がある」
「竜騎士らしいね。その通り。ジギーが、30年もかけて、コツコツと開墾した農地が広がっている。もう少し、早い時期だったら、秋の風に揺れる美しい麦畑を見れた」
あの光景は一見の価値があると信じる。木々を伐採して開いたジギーの畑。起伏のある丘に囲まれていて、小川が走る。粉ひきのための水車小屋は古いが、そのたたずまいこそに味があった。
「懐かしい気持ちになれる畑だよ。小麦だけじゃなく、多くの作物を植えてあるんだ。ジギーの故郷の方法らしくてね……さあ、到着だよ」
道は森を抜けて、一行はその畑へとたどり着く。
久しぶりの開放感のある広さと、冷たい風に出会った。アレサの赤い髪は風に乗って流れ、その青い双眸は巨人族ジギーの土地を見回していく。想像よりも広く、そして確かに雑多な畑であった。
すでに刈入れの終わった小麦畑には、子豚と馬と鶏がいる。その向こうにはリンゴの木が並んでいた。小さな小屋は、いくつか建てられていて、その小屋の周りには背の高い杉が植えられている。冬の北風から小屋を守るための仕組みだ。
小屋は、どれも丸太小屋で、ガルーナで多く使われる建築の技法と異なり石材を好まないらしい。岩も多い、元々は不毛な地域なはずだ。小屋を建てるとき、いくらでも適したサイズの石を見ただろう。畑を耕すときも、ゴロゴロと健在のための石が土から浮かびあがったはず。
それでも、ガルーナ式の家屋を選ばない。この環境では、あの小屋よりも適しているはずだが……冷たい冬の北風には、杉を選ぶ。これも故郷の方式だろうか……。
「ガンコで強い巨人かな」
「当たっている。風が、教えてくれたわけじゃないよね。いい洞察だ」
「会いたくなったよ」
「あちらも、そうだと思う。ああ、犬が吠え始めたな」
むくむくの毛皮を持つ大きな牧羊犬が、丘の上で吠えている。その隣に、人間族の男の平均より、頭一つか二つ分ほど大きな人影が現れた。
「ジギーか」
「そうだ。会いに行こう。オレだと分かれば、狼に使うための矢を撃って来ることはない」
「荒くれ者なのです?」
「違うよ。でも、この場所を守るためには何だってする。内乱なんかが長引いているせいで、貴族が敵対する貴族の領内に山賊まがいのならず者を放つこともあるんだ」
「苦労させているようだ、ガルーナの貴族たちが……」
「君が、この内乱を終わらせれば、そんな悲惨な時代も終わる。さあ、行こう!……おーい!!ジギー!!オレだ、ジーンだ!!」




