28
家に着くと稲は「ただいま」と呟くように言った。
それに続いてナンギョクとコウギョクも玄関に続々と入ってくる。
リビングから小走りに「あれ、おかえり」ともモモタリがやってきて首を傾げる。
…まだ稲が家を出てから二時間も経っていないので、帰ってきたことに疑問を抱いているようだがモモタリは何も聞いてこなかった。
「ご主人、奥方様の学校に妖が出ました」
靴を脱ぎ終えたコウギョクが元気よく言うとモモタリは「そりゃ出るよねー」と呆れたように言った。
「なんだか頻度増えたよね。毎日じゃん」
モモタリが言う。エプロンをつけているので今もキッチンにいたのだろうか。
「前からこんな頻度だった?」
そうモモタリに尋ねられ、稲は首を傾げ考える。
好意的な妖を毎日見かけることはあっても、こんなに毎日悪霊から狙われることはなかった。
「…モモタリさんと暮らしてからは…毎日、ですね?」
稲が言うとモモタリはショックを受けたのか持っていた菜箸を落とした。
すかさずナンギョクがそれを拾うと、落ちたであろう場所をコウギョクが濡れ布巾で拭っている。
「俺のせいかな」
モモタリは項垂れるように言う。
コウギョクは「ご、ご主人!」とモモタリの周りをうろちょろしている。
「ご主人もー…関わっているかもー…しれませんねー…」
とナンギョクは言った。モモタリは「それってどういうことだ」と首を傾げる。
「例えばー…奥様とーご主人のー…結婚を邪魔したい人…?がいるー…?」
そう言ったナンギョクはかくんとロボットのように首を傾け「前、ドラマでみたー…」と、人差し指を自身の口にくっつけた。
ナンギョクの言葉にモモタリは「それだ!」と大きな声を出した。
*
モモタリの作ったジェラートにみんなで舌鼓を打ちながら、稲の自宅リビングでは作戦会議が行われていた。
「以前稲にも話した第三者…について」
意を決したようにモモタリが話だす。いつの間にやらホワイトボードが用意されモモタリが書き込みを始める。
なかなかにキレイな字で癖がなく読みやすい。
『稲の知り合い』or『モモタリの知り合い』⇒『二人を狙っている』
そう書くと「稲は誰か思い当たる人物はいる?」とモモタリは尋ねた。
稲は「うーん…」と唸り頭の中に人間を思い浮かべるもののまず人脈がなさすぎる。
「わ、私を邪魔に思った叔母さん…とか?」
と、稲が言うと「それはないな」とモモタリが答える。
「あの人は年始に必ずイネとイネの両親の平穏を祈りに来るから」
そのモモタリの言葉を聞いて稲は「あの適当叔母さんが…!」と感動してしまった。
自由人の母の妹にあたる叔母さんは高校に上がってすぐに「もう義務教育終わったから自由にやんなさい!」と、同じマンションに住みながらも週に一回様子を見に来るか来ないかの人なのだ。
完全にめんどうくさい邪魔者と思われているんじゃないかと稲は思っていたので、なんだか目頭が熱くなってしまった。自分が自由を愛する人だから距離を置いてくれていたのだろうか。
モモタリはホワイトボードに『おばさん×』と書き加えた。
「じゃあー…大和!」
「もう出涸らし気味だね」
稲が元気よく大和の名前を出すと「それも考えられないな」とモモタリが答えた。
「大和がモモタリさんを狙ってるとか…!」
と、稲が続けると「信用無いなあの幼馴染は」とモモタリは笑った。
「この前拝殿で顔を合わせたのが初対面だ。それよりも前から稲は妖に狙われているから、あいつの可能性はないだろうね」
モモタリはそう言ってホワイトボードへ『やまと×』と書き加えながら「うーん、じゃあやっぱり俺の関係かな…」と頭をひねった。
ナンギョクは話に飽きてしまったのかホワイトボードの隅に落書きをしている。ニコニコ笑っているおじさんの絵だ。独特な絵柄をしている。
「あ、モモタリさんってかっこいいから…、モモタリさんのことを好きな子~とか…」
稲は冗談のつもりでそう言った。だって神の遣いで普通の人には見えないのにそんな世俗のごたごたのようなことはないだろうと思ったのだ。
空気が少し張りつめていたのでガス抜きに…と言った発言だったのだがモモタリとナンギョク、コウギョクの動きがぴたりと止まった。
「ご主人のことをー…好きー…?」
「あ、あの方では?」
思い当たる人物がいるのかコウギョクはあわあわとモモタリを見る。
モモタリも考えるように自分の頬に手を這わすと「考えたくないけどね」と答えた。
「一人だけ思い当たるやつがいるよ」