02
「えーーーー…と?」
稲は首を傾げたまま、お祈りポージングを解いた。
腕を組み気だるげに扉に寄りかかるその男は小上がりになった社の中から稲を見下ろしている。
「名前、何?」
その顔立ちはこちらがプレッシャーを感じるほどの美形で、稲はまるで計算しつくされた絵画を眺めている気分になった。
すらっとした長身の身体に沿うように着られた薄手の和服が嫌に艶めかしい。
艶々の黒髪が木漏れ日に照らされているが、稲はそれを綺麗だと思う暇もない。
「…お言葉ですが、名乗りというのは聞きたい側から名乗るものかと、」
稲は少し意地悪を言ってしまった。
私の名前が知りたいならそっちからお名乗りください~…という完全な意地悪だ。貴族でもないのになにもったいぶっちゃってんのかわからないが稲は少し得意げに鼻息をフンと鳴らした。
だってあんまりにも上から目線で高慢ちきだったので、稲はヤンキーへの恐れよりもちょっとした怒りが勝ってしまったのだ。
「…確かに」
男は納得したように顎に手をやると「…俺はモモタリ」と答えた。
「モモ…」
思ったよりも可愛らしい名前が飛び出てきたので脳内処理が追い付かない。稲の頭の中ではピンクで丸くてお尻のような形の果物がふわふわと浮いている。モモ…モモ…。
「名乗った。君は?」
射貫かれるんじゃないかと思うほどまっすぐにモモタリは稲を見て、そう続けた。モモタリが何度か瞬きをすると、長いまつげが揺れるように上下した。
「あ、赤城、稲です…」
「イネ」
「は、はあ…」
モモタリはテキパキと話した。
小さな声で「イネ…イネ…」と何度か呟きどういうわけか一度頷いた。
「よし、解かった」
「え?」
モモタリは何かわかったようだが、稲は何もわかっていない。
ぼんやりとモモタリを見る稲は不意にモモタリに笑いかけられ不覚にも心臓が高鳴った。顔が美しすぎる。
そんな稲の心中を知ってか知らずかモモタリは浮くように社から舞い降りた。…モモタリは出口から出てきただけなのだが、ふわっと浮遊しているように稲には見えた。なので、舞い降りたという表現が一番合っていると稲は思った。
そして稲に顔を近付けた。十センチも離れていない。息がかかるような距離で、稲は全身が心臓にでもなったかのようにどぎまぎした。
「いくつだった」
「え?」
「年齢」
「じゅ、十七です」
「あと一年で成人か」
「え?成人は二十歳なので…、あと三年かと思いますが…」
モモタリは稲の発言に首を傾げ不思議そうにしたが「そうか」とだけ答え、さして気にもしていないようだった。
「あと一年ならまあいいか」
と、モモタリはぶつぶつと独り言を言いながら近付けていた顔をゆっくりと離した。
稲は「助かった…」と思い息を整えた。あんまりにも美しい顔が近かったので息をほぼ止めていたのだ。
「さてと。イネ、俺と結婚しよう」
モモタリはそう言って稲を抱き寄せると、その額に優しくキスをした。