19
お札をある程度配置し終えた頃、コウギョクも帰りまたモモタリと二人きりになってしまった。
…それにしてもコウギョクくんは可愛かった。
余っていた海外のお菓子をあげたら目を輝かして「ナンギョクと食べます!」と大事そうに抱えていた。海外のものをあまり買ったことがなかったらしく、とても喜んでいた。
「あのぅ、モモタリさん…様は、まだうちに居られるんですか…?」
何と呼んだらいいのかまだ探り探りであるため稲はモモタリの顔をうかがいながら尋ねた。モモタリは呼ばれ方は特に気に止まらなかったようでさんでも様でも反応は薄い。
朝食を作ってもらい、身の回りの世話を甲斐甲斐しくされ、果てには無償でお札までいただいたというのに…稲は失礼とは思いつつも言わずにはいられなかった。
だって自宅にイケメンのいる生活が本当に落ち着かないのだ。
モモタリは長く伸びた自身の襟足の毛を三つ編みにして遊んでいたようで「ん?」と不思議そうに振り向いた。
「最低でも一週間って言ったじゃん」
そう言ってモモタリは「それまでに胃を掴むぞ」とガッツポーズし息巻いている。
…確かに、稲好みの朝食により胃袋はもう五割ほど掴まれているが。
「神社でのお仕事とかはないんですか?」
「まー、参拝者も少ないから大丈夫だと思う」
「この前言ってた悪霊退治とか…!」
「コウギョクとナンギョクがいるから、狙われているのはイネだし」
モモタリは「イネの傍にいれば悪霊が寄ってくるからなー」とへらへら笑った。
「わ、笑い事ではないのですが」
「はは、まあ俺より強い悪霊はいないから」
余裕のある顔のままモモタリは「おやつはなににする?」と稲に尋ねた。
*
十五時 おやつの時間だ。
稲はもちもちのパンケーキを頬張りながら考えていた。
私は今…状況的にどうなっているのか?
口の中に広がる甘いメープルの香りと香ばしいバターの香りが混ざり合う。
「おいしい?」
頬張ってハムスターのような風貌になっている稲にモモタリは微笑みかける。
「むちゅ…おいちいでつ…ごくっ…」
口に頬張りながらも返事をしてしまい稲は必死になってパンケーキを食べている自分が恥ずかしくなってきた。だが手が止まらない。それほどおいしいのだ。
「最近手に入ったもち小麦というもので作ってみたんだ」
モモタリは花でも飛ぶような笑顔で小さな袋を稲に見せた。つるっとした袋の中にはたっぷりと小麦粉が詰まっており、表面にはひまわり絵が描かれており『もちこむぎ』とまるっこいフォントが目に入る。
「んぐ、小麦粉から…!?一からおつくりになったんですか?」
稲は口の中にあるパンケーキをぐいっと飲み込み、モモタリを見た。ホットケーキミックスからしか作ったことのなかった稲は普通に感動した。まるでお店のもののようにおいしいのだ。
「料理は好きだから」
そう言って得意そうに微笑んだモモタリは丁寧に小麦粉をしまうと、稲に出されたものよりも一回り小さいパンケーキを食べ始めた。気品のある食べ姿に稲もほれぼれするほどだ。
「…なに?間違えた?」
モモタリは自分を食い入るように見つめる稲を見て不思議そうに首を傾げる。
「マナーは一通り勉強したつもりだったんだけど」
「マナー?」
モモタリは「うん」と頷き返事をした。
「人間は大変だよね、箸だの匙だの。俺たちは基本何も食べなくても平気だから覚えるのに苦労したよ」
稲はどこかの国の貴族のようにマナーをどこかで学んだのかそれとも超人的になんでもできるものと思っていたのでモモタリの返答に首を傾げた。
「食べなくてよいのならどうしてマナーを学んだんですか?」
「一人で食べるより一緒に食べた方が食事はおいしいらしいから」
そう言ってモモタリは口元を拭った。そして新しいフキンで稲の口元も。
「人間の君をお嫁さんに貰うんだから、当然でしょ」
あんまりにも優しく笑うので稲はまたもや顔が赤くなってしまった。
「ご、ごちそうさまでした」
稲はそう返事するのが精一杯だった。