14
「どうして私は妖が視えるんだろう」
稲は部屋で一人呟いた。
モモタリは「明日の朝ごはんの用意をする」と言ってキッチンにいる。一応は神様なのだからそんなことはしなくていいと稲は食い下がったのだが「胃袋から掴む」と言って聞かず、もう放置している。
時々様子を見に行っているのだが手慣れた様子であれこれ作業をしているので普段から料理はしているのかもしれない。
先ほどのモモタリの話によると基本妖は人間には見えないが、妖が自分から隠れているわけではないそうだ。
じゃあどうして人によって視える視えないの差ができるのか。
稲は頭を悩ませていた。大和は妖は視えないが、悪霊をぼんやりと視認しているようだし。世には霊能者という存在もいるくらいで存在をしっかり認知まではいかないものの感じる人間は少なくとも存在している、ということだ。
「…考えても仕方ないか」
うんうんと唸るように考えていたが答えが出る問題でもないと、稲は自分の気持ちに整理をつけ独り言を終了させた。
稲はおもむろに椅子から立ち上がり振り返ると何か壁のようなものに勢いよくぶつかった。
「ぶっ!」
と、声をだしモモタリにぶつかったのだろうと稲は思い慌てて謝罪した。
「す、すいませ…」
稲がうっすらと目を開くと、そこには自分の何倍も大きな人の顔があった。
それは大きく目を見開き稲をじっと見つめると、じわじわと稲に向かって舌を伸ばしはじめた。
稲は「きゃ!」と小さく声を上げた。
いくら妖を見慣れているとはいってもいきなりは驚く。しかも見た目が完全にホラー寄りだ。
真っ白なその顔はこちらをじっと見つめている。せめてもの救いは髪型が坊主なのでそれがちょっと笑える要素になっている…ということだ。
青白い坊主をあまり見たことがなかったので稲は頭の中で「坊主…坊主…青白坊主…」とワザと面白げに脳内で繰り返し平静を保った。稲の中では『坊主=元気』なイメージなのでそれが青白いというギャップで脳を無理やり笑わそうをしているのだ。
…部屋着なこともあり稲は塩を持っていなかった。
この悪霊を挟んで奥にあるベッドわきに塩がはいったパウチがあるものの手の届く位置ではないし、顔がでかすぎて迂回しないとベッドにはたどり着かない。ちょっとすいませんと小脇を避けて取りに行くわけにもいかない。稲は目の前がチカチカと点滅するような緊張を覚えた。
絶対これ殺される。
これまで自宅に妖が出現したことなど一度もなかったので完全に油断をしていた。
「も、モモタリさ…っ!」
稲がモモタリを呼ぼうと声を上げると稲の顔にぬるりと妖の舌が絡まる。
あまりの不快感に体をよじるが、どうにも動けない。
すると稲の手のひらが発光し目の前の妖の舌が爆ぜた。音もなく破裂した舌をにゅるにゅると口内へしまうと、妖は次に腕を稲へと伸ばしてきた。稲は伸ばすな歩けとも思ったが歩かれても怖い。
次こそはもう終わりだと稲は目をきつく瞑った。…いくら待っても妖に掴まれるような衝撃はやってこない。
「イネッ!大丈夫!?」
勢いよく稲は抱きしめられ、衝撃で目を開ける。稲の視界いっぱいにモモタリが広がる。
モモタリは涙目になりながら「どこも怪我してないよね?」と稲の身体を自身から引きはがしまじまじと頭の先から足の先まで見る。「だ、大丈夫です…」と稲が引きはがされたモモタリに視線を向ける。
モモタリは全裸だった。
「あーーーーッ!」
稲は叫び、近くにあったシーツをモモタリにかぶせる。
何なら悪霊が背後に突っ立っていた時よりも驚いた。
「い、イネ?」
「な、なんで裸なんですか!?」
「いや、悪霊を駆除したから…」
照れたようにモモタリは頬を掻きぼそぼそと話し「遅れてごめん…」とモモタリはシーツ越しに稲の手を握った。
「どうして妖を駆除すると全裸になるんですか!?」
因果関係が不明です!と、稲の叫ぶような疑問な宙に消えた。モモタリは「無事でよかった」と稲の質問をかき消し、また稲を抱きしめた。
「上位の妖だったのか扉が開かなくて、開錠するのに手間取っちゃった」
そう言ったモモタリは「ごめん…怖かったよな」とまるで怒られている犬のように落ち込む。
少しうつむき加減で稲の機嫌をうかがうようなモモタリに稲は庇護欲が刺激されるのを覚えた。こう、大型犬がシュンとしてるのを見るとかわい~~と感じる気持ちと同じだ。
そして、時間がかかったといっても稲と妖が対峙して一分も経っていないうちにモモタリは現れた。きっと妖を感じ取ってすぐに来てくれたのだろう。
「だ、大丈夫です。モモタリさんがつけてくれた保護の術でケガも…無いですし」
「…それはよかった」
安心したようにモモタリが微笑み稲に向かって手を広げたが「あ…、抱き着くの禁止…だったのに、ごめん」と気恥ずかしそうに腕を引っ込めた。
それをとても残念に思ってしまった稲は、自分の顔を何度も叩き「だめ!だめだめだめ!」と自分ことを脳内で何度も怒鳴りつけた。
「そ、それよりも服を…」
稲は自分の脳がぐつぐつ煮える心地でモモタリから視線を外し頼んだ。