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僵れぬ神使の異類婚姻譚  作者: 大西 憩
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00,プロローグ

 町の隅、大きな森の真ん中にぽつんと佇む小さな神社。この町唯一の神社でもある鳶頭(とびず)神社。

 山を背に携えたこの神社は、豊かな自然の真ん中にまっすぐに伸びる長い階段。その階段の先には控えめな小さな社。


 (いね)は幼い頃からこの場所が好きだった。


 胸がざわつくような、落ち着くような。

 嬉しいことがあった日や落ち込むことのあった日、どんな日でも時間ができると神社に向かい、僅かなお賽銭を入れて何度も何度も手を合わせてお願い事をした。



 大きな石造りの鳥居をくぐると長い階段が続く。それは山に続くようにまっすぐ伸びた階段で、町の人には『龍の背骨』と呼ばれる名所のひとつであった。稲はその階段も神秘的で好きだった。

 

 稲はこんなにこの神社のことが好きだが、年末年始、七五三などがない限りここで人とすれ違ったことはあまりない。

 氏神(うじがみ)様が祀られているというこの神社だが、存在が当たり前になりすぎて町の人みんな日常的に足までは運ばないようなのだ。


 長い長い階段を昇りつつ、息を切らしながら「名所とはいえこの長すぎる階段も人が来ない理由よね…」と稲はしみじみと思った。運動にはなるけどほとんど毎日この階段をあがっている稲ですらこの息切れなのだから、町の人に敬遠されても仕方ないのかもしれない。


 そんな階段をあがりきると、待望の小さな社が出てきた。


 入口の鳥居に反して社がそこまで大きくないのは不思議だが、これはこれで可愛らしいと稲は感じていた。

 小さいとは言っても人が数人は入れるほどの小さな集会所のような神明造(しんめいづくり)のお社だ。中にはお祭りの用具や会議机なんかが仕舞われているのを以前換気中の扉の隙間から見たことがある。…社だというのにちょっとした物置のように使われているようだ。


 社は稲を待ち構えていたとばかりに森に包まれ悠然と佇んでいる。木漏れ日を受けてより神秘的だ。

 稲はあいさつ代わりに社に備え付けられた鈴を鳴らす。カラカラと乾いた音が鳴った。鈴も鈴緒(すずお)も年季が入りすすけている。

 あたりの木々に吸い込まれるようにその乾いた音は響かずに消える。

 この後は二礼二拍手…と続くはずだが、稲はお賽銭を用意するのを忘れたとカバンを開き、財布を取り出した。小さいころからずっと通っている神社なのだ。今更儀礼も何も関係ない。


「今日は~…っと、あ、五円玉があった」


 財布をまさぐり、稲は独り言を続けた。

「ご縁がありますように!」

 と、取り出した五円玉を社前に鎮座する賽銭箱へ投げ入れる。


 お賽銭の五円玉はいかにも軽そうな金属音を響かせながら箱の中へと吸い込まれていく。

 その音に耳を澄ませ、稲は目を瞑り手を合わせた。


 しばらく手を合わせていると大きな音が一緒に響いた。まるで扉を開いたような…。


「ねえ」


 …お願い事、長すぎたかな。と稲は目を開け後ろを見る。

 到着した時と同様、あたりに人はいない。誰かが後ろで列を作って参拝の順を待っていたのかと思ったので、稲は首を傾げる。そしてまた目を瞑ってお祈りのポージングをとる。きっと聞き間違いだろう。


「…ねえってばぁ」


 …聞き間違いではないようだ。

 次は恐る恐ると薄目を開け、音のしたであろう社に目をやる。

 初めから確認すればよかったのだが社の中は神社の関係者以外立ち入り禁止だし、この神社の関係者はみんな顔見知りばかりだから声だけで誰かはわかるはずだ。…統計すると知らない人に社側から話しかけられた…というわけだ。


 稲の視線の先、社の入り口には男の姿があった。


 …新しい神社のバイトさん?いや、そんな話、聞いてない。

 稲はここの神主とは知り合いだなのでバイトが入ればそれとなく耳に入ってくるはずだ。


「名前は?」


 男はぼさついているが艶のある黒髪をかきあげこちらを見定めるようにして言った。

 長めの襟足は簡易的に後ろへまとめられており、艶々した黒髪が音を鳴らすように輪郭をなぞっている。そんな黒髪の内側からはインナーカラーのような暗い赤が耳後ろから覗いている。


 …ヤンキーだ。と稲は本能的に察した。

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