☆第28話 ありがとう
皆様、毎度ご愛読ありがとうございます。
なかなか投稿が進まず、申し訳ありません。
俺は石川さんの運転で、萌の車で家の前まで送ってもらった。
俺が車から降りると、萌も車から降りて来た。
「石川、ちょっと待っていて、私、陽君のご家族にご挨拶くてくるわ」
「萌、挨拶なんていいよ」
「いえ、こんなに遅い時間になってしまったし、ご挨拶だけでもしておきたいわ」
そうして俺は玄関のドアを開けて、萌を迎え入れた。
俺がただいまと言うと、姉の沙希が玄関まで出て来た。
「陽おかえり。あら、その子は?」
「初めてお目にかかります。私は道明寺萌と申します」
「萌ちゃん…ああ。陽を送ってきてくれたのね。ありがとう」
「あの、陽君のこと、よろしくお願いします」
萌はそう言うと、姉にちょこんと頭を下げた。
姉貴は萌に、少し寄っていったら、と笑顔で言ったけど、萌は車を待たせてあるからと丁重に断った。
「じゃあ、萌ちゃん、今度ゆっくり遊びにきてね」
「はい、ありがとうございます。またお邪魔します」
そうして萌はまた、ちょこんと頭を下げて、失礼しますと言って玄関を出て行く。
俺も玄関を出て、萌を見送った。
「萌、今日は色々と、ありがとう」
「いいの、陽君、元気を出して。また明日学校でお会いしましょう」
そう言うと萌は車に乗り込み、車の中から手を振り笑顔を見せた。
やがて萌の車はゆっくりと走り出し、俺は車が見えなくなるまで見送った。
◇
家の中に入ると、玄関口で姉貴が待っていた。
「萌ちゃん、本当に可愛くていい子だね。家に女の子が来るの、空ちゃん以外では初めてじゃない」
「うん…そうだね…」
「陽、どうしたの?なんか元気がないじゃない。それに、顔が真っ青だよ」
姉貴は笑顔から一転心配そうな顔になって、俺をじっと見つめている。
俺は、何でもないから、と言って、階段を上がり自分の部屋に入った。
部屋に入ると俺はカバンを机に置き、制服を脱ぎ部屋着に着替えて、ベッドに寝転がった。
そして天井をぼーっと見つめる。はあ、今日はなんだか疲れたなあ。
先程の湊斗との出来事が、頭の中に浮かんでくる。
俺はなんでこんなに落ち込んでいるんだろう。もう空のことは忘れたんじゃないのか?
だとすれば、湊斗が何を言おうと、俺の心は傷つかないはずだ。
それとも、奴らにここまでされて、俺はまだ空に未練があると言うのか?
もしかしたら…幼少時からの空との付き合いが、年月が、長過ぎるのかも知れないなあ。
『私、陽ちゃんのお嫁さんになるんだ』
もう嫌だ!やめてくれ!もう、やめてくれ!!
今までの空との出来事が、俺の頭の中にフラッシュバックしてくる。
もう、勘弁してくれ…
するとドアをコンコンとノックして、姉貴が部屋に入ってきた。
「陽、大丈夫?」
姉貴は心配そうにそう言うと、俺の机の椅子に座り込んだ。
俺はベッドに寝転がったまま、姉貴の顔を見る。
姉貴は暫く黙ったまま、俺を見つめている。その顔は、どこか寂し気だった。
やがて姉貴が静かに話し始めた。
「陽、空ちゃん、もうずっと顔を見せないわね。もしかして、あなたたち、別れたの?」
それを聞いて、俺は無言のまま姉貴に背を向ける。何も話したくない。何も。
すると姉貴は、はあーっと一息ついて、背を向けたままの俺に話しかける。
「陽、言いたくないなら、それでもいいけど…お姉ちゃんね、夏頃から空ちゃんとあんたの事、なんかおかしいなって。それでずっと心配していたのよ」
俺はただ黙ったまま、姉貴の話を聞いていた。
「今日も学校で何かあったんでしょ?萌ちゃん…心配そうにしてたわね…」
そうだ、萌はずっと俺の側にいて心配してくれていた。
萌だけじゃない。愛菜も、大輝も、優太も、拓也も、そして美織も…。
みんな、俺の事を気遣い、心配してくれている。
なのに、俺はまだ女々しく、ぐずぐずとしている。なんだか、みんなに申し訳ない気持ちが沸きあがってくる。
すると姉貴はイスから立ち上がり、俺の肩に手を差しのべて言った。
「お姉ちゃんは何があっても陽の味方だからね。だって、私の大切な弟だもの」
そう一言残して、姉貴は部屋から出て行った。
俺はまた仰向けになり、天井を見つめながら、色々と考えていた。
◇
どれくらいそうしていただろう。
やがてまたドアをノックして、姉貴が部屋に入ってきた。
手にはトレーを持っていて、その上には小鍋とコップが置かれている。
「陽、おせっかいかも知れないけど、玉子雑炊を作ってきたわよ」
そうして姉貴は、優しい笑顔で、俺に近づいて来た。
「お姉ちゃん、陽が学校で何があったのかは聞かないよ。空ちゃんとのことも…。食欲が無いのかも知れないけど、少しはお腹に何か入れておきなさい」
ああ、そう言えば…いつも料理をしない姉貴だけど、俺が病気や元気の無い時には、いつもこうして玉子雑炊を作ってくれたっけ。
俺はゆっくりと起き上がり、ベッドに腰かけた。
するとお姉ちゃんは、トレーを俺の膝の上に置いた。
そして俺の横に座り、小鍋の蓋を開けた。すると、ふわっと湯気が舞い上がった。
俺はお姉ちゃんからレンゲを受け取り、玉子雑炊をふうふうしながら、一口食べた。
「陽、どう、美味しい?」
「…味が、薄い」
本当は、お姉ちゃんの玉子雑炊は、とても美味しかった。
でも俺は、素直に美味しいと言えなかった。それに「ありがとう」の感謝の一言も言えない。
そんな俺を、お姉ちゃんは何も言わずにニコニコしながら眺めている。
俺はただもくもくと、玉子雑炊を食べ続けた。
雑炊を食べ続けているうちに、いつしか俺の目から涙が流れていた。
そんな俺を、お姉ちゃんは優しい眼差しで見つめ続けている。
俺は雑炊を食べ終わり、レンゲをコトンとトレーに置いた。
お姉ちゃんの無言の優しさに触れ、俺は抑えていた感情が溢れ出して、涙が止まらなくなってしまった。
俺は嗚咽しながら今までのこと、空のこと、湊斗のこと、それら全てをお姉ちゃんに打ち明けた。
お姉ちゃんは、俺の言うことを、ただ黙って聞いていてくれた。
そしてお姉ちゃんの瞳からも、一筋の涙が流れた。
俺が全てを話し終わると、お姉ちゃんは、何も言わずに俺を抱きしめてくれた。
ああ、あったかいなあ。
お姉ちゃんが無言で抱きしめてくれたお陰で、姉から何か温かい気持ちが、俺に流れ込んでくるような気がした。
暫くそうしていると、やがてお姉ちゃんは俺から離れ、俺の頭を優しく撫でてくれた。
「陽、お姉ちゃんに話してくれて、ありがとう」
お姉ちゃんは、俺にニッコリ笑顔を見せてくれた。お姉ちゃんの笑顔は、愛情に満ちた、とても優しい笑顔だった。
そしてお姉ちゃんは、俺からトレーを受け取り、ドアまで歩いて行く。
そしてドアの前で振り返り、言った。
「陽、もし眠れなかったら、昔のように、一緒にゲームでもしようか」
そうしてまた俺にニッコリ笑顔を見せて、お姉ちゃんは部屋から出て行った。
俺は、お姉ちゃんが去ったドアに向かって、小さな声で「ありがとう」と呟いた。
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