☆第27話 萌の優しさ~人として~
皆様、毎度ご愛読ありがとうございます。
今回は、傷ついた陽に、萌が優しく寄り添うお話です。
「陽君…そろそろ戻ろうか…」
「うん…」
屋上に置いてあった木材にずっと座り込んでいた俺達は、ようやく立ち上がった。
空はオレンジ色から茜色に染まってきており、やがて夕闇を迎えるだろう。
「あっ…」
俺は立ち上がる時に、少しよろけてしまった。
すると隣に立っていた萌が、俺の腕を掴んで引き寄せてくれた。
俺と萌の顔が急接近する。俺は一瞬ドキッとした。
萌…子どもと大人が共存したような、魅力的な女の子。
夕日に照らされた二人の長い影が、まるで影遊びのように重なっている。
先程の精神的ショックがまだ残っているのだろうか。俺は少しよろめきながら屋上ドアを目指して歩きはじめる。
そして萌は、そんな俺を支えるように俺の腰に手をまわし、優しく身を寄せながら並んで歩いてくれた。
ドアを開け、二人でゆっくりと階段を降りて行く。
そして俺達は、寄り添いながら教室まで歩いて行った。
やがて教室前に着いて、二人で教室に足を一歩踏みいれる。
シーンと静まり返った薄暗い教室。まるで二人で異世界に入り込んでしまった様な感覚。
「陽君、少し休んでいきましょう」
「うん…」
俺は自分の席に腰を降ろした。
萌は隣の席からイスを持ってきて、俺の横に座った。そして俺の横顔を優しい眼差しで眺めている。
暫しの沈黙が流れていった…
そると萌が俺の肩に手を添えて言った。
「陽君、私、購買コーナーでドリンクを買ってくるわ。ここで待っていてくださる?」
「うん…わかった。待ってる」
そうして萌は立ち上がり、教室を出て行った。
静まり返った教室で一人、俺はもの思いにふけった。
先程の奴との出来事が頭の中によみがえってくる。
『それで…空がな、ベッドの上で言ったんだよ。俺とのエッチは超気持ちがいいって。それでな、俺は空に聞いたんだよ。元カレとはどうだったんだってさ。そしたら………全然気持ちよく無かったってさ』
『刺激だよ、刺激。女は刺激を求めてるんだよ。空がいい例じゃねーか。金とエッチのテクニックで、お前を捨てて俺にコロッといっちまったんだからよ。刺激を求めてな』
湊斗、おまえは大きな勘違いをしている。俺は恋愛に関して、おまえのような世俗的な感性は持ち合わせてはいない。
俺の理想とする恋愛は、一途に、ひたむきに誰かを愛し、想い続けるということだ。
まるで若葉から流れ落ちる一粒の水滴が小川を形成し、そしてやがて大河となって、ゆっくりと海に帰っていくように。
そんなふうに一途に誰かと、ゆっくりと愛を育んでいきたい。
俺にはその相手が、空だとずっと思って生きてきた。
幼少期から、俺の隣にずっといてくれた空が…。
なのに…
恋愛って、うまくいかないものだなあ。
それとも、人はこうやって恋や失恋を繰り返しながら大人になって行くものなのだろうか。
そんなことを一人で考えていると、やがて萌が教室に戻ってきた。
「陽君、おまたせ。コーヒーと、タマゴパンを買ってきたわ」
「ああ、ありがとう」
そして萌は俺に缶コーヒーを手渡し、自分のドリンクと、そしてタマゴパンを机の上に置いた。
これはブラックコーヒーか。俺、ブラックコーヒーは飲んだことがなかったなあ。
俺はブラックコーヒーを一口飲んだ。口の中にコーヒーの苦みが広がる。
この苦み、まるで今の俺の心の投影のようじゃないか。
「陽君、タマゴパン、もし良かったら、食べてみてちょうだい」
「うん、ありがとう」
俺は、せっかく萌が買ってきてくれたのだからと、タマゴパンを袋から取り出して、一口食べてみた。
うん、確かに美味しい。でも、やっぱり食欲がないや。
「萌ちゃん、ごめん、やっぱり食べられないや」
そう言って俺は、パンを机の上に置いた。
「無理をしなくても大丈夫よ」
萌はそう言うと、パンをビニール袋にしまって、自分のカバンの中に入れた。
そして萌はまた、俺の横顔を見つめる。ただただ、無言のまま。
ドリンクを飲み終えた俺達は、無言のまま、暫くそうしていた。
「萌、そろそろ帰ろう」
俺はそう言ってイスから立ち上がり、萌と二人で教室を後にした。
◇
教室から廊下に出て、二人並んで階段を降りて行く。
そして俺達は校舎エントランスの下駄箱までやって来た。
俺が上履きから靴に履き替えていると、部活帰りの生徒達がワイワイと楽しそうに喋りながら帰って行く。
その光景を俺と萌の二人は、黙ったまま見送った。
そして俺達は校舎を出て歩き出した。
ふと空を見上げると、曇り空はいつしか消え失せていた。
そして西には満月が、俺達二人を優しく照らし始めていた。
歩道まで歩いて行くと、萌の車が停車していた。ハザードランプの黄色い光が、チカチカと点滅している。
「陽君、家までお送りするから、車に乗りましょう」
萌はそう言うと俺の顔をじっと見つめる。
ああ、そうだな。今日萌は俺の側にいて、ずっと俺を気遣ってくれていたんだよな。
俺は自分の事で頭が一杯で、萌の気持ち、優しさにまで目を向けていなかった。
「萌、わかったよ、ありがとう。一緒に帰ろう」
そして俺は萌に笑顔を見せた。
すると石川さんが運転席から降りてきて、後部座席のドアを開ける。
「お嬢様、陽様、お疲れ様でした。さあ、お乗り下さい」
そうして萌と俺は車に乗り込んだ。
やがてハザードランプが消えて、車はゆっくりと走り出した。
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