☆第23話 萌とのお出掛け③
「ああ、お腹、空いてしまったわね。ねえ?陽君」
二人で歩きながら、萌が空腹をうったえる。いや、俺は正直、食欲がない。
なんだか、通行人が俺をじろじろと見ているような…気のせいかな?
そうして暫く歩いていると、萌が立ち止まった。
「ここよ、このお店でお昼ごはんを頂きましょう」
「萌ちゃん、ここは?」
「有名なイタリアンレストランよ。陽君、来たことない?」
いやいや、こんな洒落たお店、来る訳がないじゃないの。
えと店の名前は…読めない。
「ここはアルコバレーノ。イタリア語で、虹と言う意味よ」
ほう、アルコバレーノ、虹、ね。外装からして高級店の匂いがプンプンするなあ。
俺なんてレストランと言えば、サイゼルアとか、ガルトとか。
「陽君、さあ、入りましょう」
「う、うん、そうだね、入ろう」
二人で店内に入ると、若い女性のホールスタッフが近づいて来た。
「いらっしゃいませ…これは、萌お嬢様、ようこそいらっしゃいました。少々お待ち下さい」
その女性スタッフは萌の顔を見ると、慌てて厨房に入って行った。
すると中からシェフと思われる男性が現れて、帽子を取って萌に深々と頭を下げる。
「萌お嬢様、ようこそいらっしゃいました」
「中川さん、今日は大切な友人を連れてきたの。よろしくね」
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
そうして俺達はシェフの中川さんの案内で席に着いた。
それにしても、萌が来店するとシェフが直々に現れて深々と挨拶をするなんて。しかも萌はシェフの名前まで知っているのか。
俺が驚いていると、萌が俺に顔を寄せて、ニコニコしながら言った。
「実はここアルコバレーノはね、道明寺グループのお店なのよ」
そうだったのか。それにしても道明寺グループって、飲食業もやっているのか。
すると先程の女性スタッフが、メニューと水、おしぼりを運んできた。
「萌様、メニューをお持ちしました。ええと…」
「こちらは、私のお友達の陽君よ」
「あ、萌様、陽様。まずはドリンクを如何でしょうか」
「そうね…私はグレープフルーツジュースをお願い。陽君は?」
「ああ…じゃあ、俺も同じで」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
そしてすぐにドリンクが運ばれてきた。
俺もいろんな意味で喉が渇いていたところなので、ストローを出してドリンクに口をつけた。
萌を見ると、ドリンクを飲みながらメニューを眺めている。
「私は、シェフのお任せランチコースにするわ。陽君、どうする?」
「あ、じゃあ、俺も同じもので」
「そう、わかったわ」
そして萌が先程のスタッフを見ると、すぐに俺達の席にやって来た。
「ご注文はお決まりですか?」
「ええ、シェフのお任せランチコースを2人分お願いね」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
そうしてスタッフさんは厨房へと入って行った。
ふと萌を見ると、俺のことをじっと見つめている。
俺はなんだか恥ずかしくなって、目線を外した。
すると萌が、静かに話はじめた。
「ねえ、陽君。私ね、今、とても楽しいの。陽君は、私といて楽しい?」
「うん、俺も萌ちゃんといて、楽しいよ」
これは俺の本音だ。色々とぶっ飛んだ経験をしているが、萌といることは、とても楽しい一時だ。
ふと萌の顔を見ると、頬をピンク色に染めて、若干瞳が潤んでいるように見える。
「私ね、今までずっと恋愛小説を読んでいて、色々と妄想を膨らませていたの。ああ、私も実際にこんな恋愛がしたいなって」
俺は黙って萌の話を聞いていた。
「でもね、前にも言ったけど、私は学校で浮いた存在だし、男子も私を遠ざけるし。だから、私はずっと小説の世界に逃げていたの」
そうだった。萌は今まで、萌なりに色々な悩みを抱えて、苦しんでいたんだよね。
『私は不幸だわ。周りの人は贅沢だとか言うけど…私は、不幸』
俺は、あの時の萌の言葉を思い出していた。あの時の、萌の思いつめたような、悲し気な表情も。
そして萌が話を続ける。
「でもね、今日陽君とデートが出来て、私、とても嬉しいの。幸せなの。恋愛小説の中の楽しい出来事が、今、やっとこうして現実になったのよ。私、今、本当に幸せだわ」
そうして萌の瞳から、一筋の涙が流れた。
あの時の萌の涙は、悲しい涙だった。でも今のそれは、幸せの涙なんだね。
すると、俺の目からも自然に涙が溢れてきた。
「陽君、何故、泣いているの?」
「いや、これは嬉し涙だよ。萌ちゃんが俺みたいな奴といて幸せを感じてくれたなんて、嬉しくて」
「陽君、あなたは本当に優しい人ね。私の理想の男の人だわ。本当に」
俺は萌が今までどんな辛い気持ちで生活してきたんだろうと想像して、涙してしまったのだ。
この店はアルコバレーノ。イタリア語で、虹。
今までは萌の心には雨が降っていて辛い気持ちでいたのだろうけど、今日やっと雨が止んで、萌の心に虹がかかった。
俺は、そんな風に思った。
すると萌が、俺に右手を差し出してきた。
そして俺はその萌の手を、両手であたたかく包み込んだ。
そして先程のスタッフが、料理を運んできた。
「お嬢様、お料理の方、よろしいでしょうか?」
「ええ、よろしくてよ」
「こちらは前菜の、鯛のカルパッチョでございます。酸味の効いたレモンソースがかかっております」
ほう、これが前菜の鯛のカルパッチョか。洒落ているなあ。
「陽君、さあ、頂きましょう」
萌はそう言うと、フォークで上品に食べはじめた。
俺もフォークで鯛を取り、口に入れた。うんうん、酸味が効いて、さっぱりとしていて、とても美味しい。
そうして俺達の前に、飛騨牛のミネストローネ・トリュフ風味、キャビアの乗った毛蟹のパスタ、肉料理等のコース料理が頃合いを見て運ばれてきた。
そのどれもが美味しく、俺の舌を飽きさせなかった。
萌も満足そうに食事を楽しんでいるようだった。時折笑顔を見せながら料理を食べている。
そして最後にデザート、栃木産スカイベリー苺のイタリアンジェラートが運ばれてきた。
これはいちごの酸味が口の中に広がり、食後のデザートとしては最高だった。
やがて中川シェフが挨拶にやってきた。
「萌様、陽様、本日のお料理は如何でしたでしょうか」
「ええ、とても美味しかったわよ」
「はい、僕も、美味しかったです。感動しました」
「お褒めのお言葉、ありがとうございます。萌様、お父様、社長にも宜しくお伝え頂ければ幸いです」
「ええ、わかっているわよ。美味しいお料理をありがとう」
そして中川シェフは深々と頭を下げて、厨房に戻って行った。
「陽君、どうだった?お口に合ったかしら」
「うん、萌ちゃん、美味しかったよ、本当に」
「それはよかったわ。私も、満足したわよ」
そう言って萌はニッコリ笑顔になった。
俺はだんだんと萌の笑顔に魅了されていった。でも萌は俺の友達であって、彼女ではない。
萌もきっと、男子と初めてのデートゴッコを楽しんでいるだけだろう。
でもその相手が俺みたいな平凡なダサイ男子で、なんだか申し訳ない気がするなあ…
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