第6節 指輪
かつてブールノイズの民は優れた剣術で周辺諸国を圧倒していた。
だが急速に成長し力をつけてきた西方の小国エスペランザによってその地位は逆転した。最初の異変はエスペランザ兵のなかに、人とは思えない怪力の持ち主が現れたことだった。ブールノイズの民が剣の技を磨き、精神を研ぎ澄まして、己の身体を鍛錬によって鍛え上げていたとはいっても、そのすべてが集束する先は対人との戦いに特化した技であったのに対して、およそ人の規格を外れた力の前には培ってきたものの根底が崩れ、その変化に対応しきれず浮足立ったのだった。
窮地に追い込まれたブールノイズ兵は戦術を見直し、有利な状況で戦場を展開すべく夜襲などで戦況を好転させようと試みたが、それもことごとく見破られた。後に分かった事だが、この時前線には夜であろうと常人の三倍ほどの視力を持った兵が配置されていたそうだ。
その数的規模は今となってはわからないが、かつての奇襲はほぼ全て筒抜けでエスペランザ兵に把握されていたらしい。
それでもなお同じ人間のすることだからと、強い精神力で互いを鼓舞しあっていたブールノイズの民の心を折ったのは、ブールノイズの空から民を見下ろす一人の将校の姿であった。・・・そう彼は浮いていたのだ空中に。自分たちが相手をしているのは人ではないと知ったブールノイズの人々の心は完全に沈んだ。それからブールノイズがエスペランザの支配下に置かれることになるまで、それほどの時間を必要とはしなかった。
しかし何がエスペランザ兵をここまで非人間的な兵に仕立てたのか、その鍵は彼らが装着している指輪にあるという。人の能力を劇的に向上させる、いや人ですらなくさせるほどの力の源は、指輪から突き出た針状の突起がゆっくりと血中に溶けだし、その成分が能力を開花させるのだという。
だがこれほど素晴らしい力を与えてくれる指輪ではあったが、それは決して神からの贈り物というべき素晴らしき代物とも限らなかった。作用には必ず反作用があるように、つまりは贈り物の副作用があったのだ。その多く一般的なものが精神喪失、自分を認識できないほどに精神が崩壊してしまった者が何度も目撃されていた。そういった者たちをブールノイズの人々は"飛んだ"と表現しているが、いつしか消えていなくなる喪失者たちは、その前に持ち物を略奪されるというのが常であった。