第3節 顔
どれほどの時間が経ったのだろう。ジマは誰かに体をゆすられて目が覚める。
「おい、ジマ起きろ」
眠い目をこすりながら、ジマがゆっくりとその目を開くとニールの顔が目の前にあった。少し疲れたような、それとも何か心配事を抱えているようなニールのいつもの表情に、ぼやけた意識ながらもこれは間違いなくニールだとほかの誰でもなくニールだとジマは認識した。
「・・・ああ、ニール」
「悪い、ジマ。遅くなった」
「大丈夫」
まだ半分寝ぼけているのか、ジマは小さな指で目をこすりながらそう答えた。
その時、ニールの姿を見つけたジュネが、店の奥から声を荒げて近寄ってくる。
「ちょっと、ニール!アンタどうなってんの?」
「うわ、ジュネだ!」
ジマは慌てて隅に隠れようとするが、ジュネはジマの事など全く相手にしていないように、まっすぐにニールのもとへと向かってやって来た。
「ね、ニールちょっといいかい?」
そう言うと、ジュネは店の外の通りを指差しながら目配せしてニールを連れ出す。
通りには人の往来が疎らにあったけれど、見知った顔がないことを確認してジュネは話を切り出した。
「ねえニール、ジマはずっと待ってたんだよ」
ジュネの表情はさっきまでとは違ってわずかな翳りを見せている。日頃短気なジュネがこういう時は、決まって面倒くさい話をしてくるサインだと内心わかってはいたが、ここで逃げ出すと後々さらに面倒なことになるので、ニールは諦めて腹を括るしかなかった。
「・・・知ってる」
ニシュはただ、うなずく事しかできない。
「ねえ大丈夫なの?」
「なにが?」
「最近さあ、アンタ達あまりいい噂を聞かないからさあ」
ニシュは黙ってジュネの言葉を聞いている。会話の主導権を相手に渡して心にフタをするというような処世術がこの少年にはあったが、それで逃げ切れるほどこのジュネという女も甘くはない。
「けっこう危ないことにも手を出してるでしょ?ネーベルリンツとか言ってロクでもないこを・・・」
「俺はそんな人間じゃないよ」
「バカだね。自分がどんな人間かなんて自分じゃわかりゃしないよ」
自分で自分が分からなければ誰が分かると言うんだと思いながら、ニールは不満気な表情を浮かべた。そんなニールの態度を見てジュネは言葉を補足する。
「自分で自分の顔が見えないのと同じだよ、水面に映った姿である程度はわかるけれど、自分のイメージってのは少しずつ自分の中で美化されていくもんだよ。だから自分がどんな顔をしているのかは、周りの人間にしかわからないってことさ」
「何が言いたいんだよ?」
元は自分が振った事とはいえ、話の要領を得ないことに、ニールは苛立ちを覚え始めていた。
「自分が自分がってのもいいけど、少しは周りの声に耳を傾けろって言いたいのさ。ネーベルリンツにしてもさ、そりゃアンタ達はいいよ、自分で自分を守ることができるから。でもねジマは違うの、わかる?力を持たない人の不安もわかってあげて。最近いろんなとこで、ちっちゃい子が突然消えてるっていう話も聞くしさあ・・・。だからちょっと心配なんだよ」
「・・・わかった」
その声からして納得はしていないのだろうなという事はわかっていたが、ニールの返事を聞いてジュネは気が済んだように店のほうに向かって歩き出す。
(俺だって力を持っているわけじゃないよ・・・)
ニールはジュネの後姿を見送りながら、小さくつぶやいた。