Prologue impurity
※本作は反社会的思想やその行為の助長を望むものではありません。
ハッハッ・・・、ハァ・・・
薄暗い路地裏とはいっても夜の闇に閉ざされた場所をそう呼ぶべきなのかは分からないが、その乾いた石畳の上を少年が走る。空気は刺すように冷たく、その者の呼気が白く後ろに流れていた。
このように視界が悪くゴミの散らばる狭い路地、ましてやお世辞にも足場が整っているとは言えない状況において、よほど慣れ親しんだ道でもなければ走り抜けることなど困難であろうと思われる場所にもかかわらず、石畳を踏みしめる足は軽快なリズムを刻み、鼻腔を刺激する得体のしれない異臭に包まれた小路にその足音をこだまさせていた。
ダダダダ・・・
その後を数拍遅れて集団が追いかけていく。
ただ前方を走る少年とは違い、ブーツのソールに打ち付けられた金属が重い音を響かせていた。
追走者は黒い革のコートを着込んだ一団。
それぞれの腰には剣が携えられていて、それは大振りなものではなかったとはいえ存在感を十分に発揮しており、それがこの状況の物々しさと緊迫感を表していた。
「どっちへ行った?」
「わかりません・・・」
「これだけの頭数を揃えていながら、誰も把握できていないのか?」
「申し訳あり・・・」
その言葉を遮るように苛立った声が響く。
「もういい、二手に分かれよう!お前達は右手に回れ、私はこの先を調べる」
「ハッ!」
数人の男達は闇の中へ溶けていくように散らばっていった。
ブールノイズの罪:The sin of VoulNoiz
集団が駆け抜けて行った後の物陰に、何者かが身を潜めている気配・・・。
ふいに雲間から顔をだした月が暗闇をうっすらと照らし、石畳が続く狭い路地が浮かび上がった。
その頼りない薄明かりが、崩れかけた家屋の立ち並ぶ白い壁に反射している。
遠くからからは大きな通りを行き交う人々の雑踏や、カチャカチャと食器の擦れ合う音が聞こえてきてはいたが、追跡者たる男たちの行く手に人の気配は感じられない。
「こっちで本当に間違いないのか?」
「わかる訳ないだろ!そんなこと俺に聞くなよ」
しかし二人の向かう先は行き止まりになっていて、その進路を壁が遮る。
同時に先程道を照らし始めたばかりの月明かりは、ふたたび雲に覆われて視界がまた悪くなっていった。
ガタン!
「ひっ!?」
急な物音に怯えたような情けない声をあげた男は、やがてそれが何でもないことに気付きバツが悪くなったのか、なんなんだコノヤロウと今更ながらの虚勢を張った。そういった行為が逆に自らが小心者であることを、日頃から周囲に知らしめているということに男は気付いていないのだろう。
そんな二人のもとに、どこからか遠くに女の喘ぎとも叫びともつかない声が聞こえてきた。
「ん・・・?なんだぁ?」
もうひとりの男がおもむろに小路に置かれた木箱に近づいてそれを蹴り飛ばすと、中身が空であった木箱は大きな音を立てて崩れた。そしてその音に反応するように女の声が一瞬止まる。
遠くから雑踏の小さな音は聞こえているが、人の気配が消えて辺りを包む静寂。
だがそれも束の間、やがて前にもまして大きな女の声が響いてきた。
「チクショウ!こっちは寒い中をガキなんか追いかけまわしてるってのに、どっかではバカがお楽しみ中だってよ。マッタク、やってられないよな!」
「まあまあそうイラ立つなよ、こんな仕事さっさと終わらせて早く飲みにでも行こうぜ!またいいオンナがいる店を見つけたんだ」
「またかよ!お前も懲りねえな」
「バカ、これに懲りたら男は終わりだろ!」
「違いねえな」
ゲヘヘと下卑な笑いを浮かべる男たち。
「クソみてえなジジイどもだな。消えろよ!」
「誰だ!?」
慎重に目を凝らしてみないと気付かなかったが、行き止まりとなった壁の真下に何者かが立っていて、男たちの様子を窺っているのがかろうじて分かった。
「・・・子供?」
「なんだ?さっきのガキか!ケッ、手間取らせやがって」
「おい、気をつけろ。この辺りのスラムじゃ、何が出てくるかわからんぞ」
「ガキに怖気づいてんじゃねぇよ。そんなだからナメられ・・・」
「うっ・・・」
突然背後からの襲撃。
気配は何も感じなかった。
しかし頭に強い衝撃を受けて、二人の男は意識を失った・・・。
「はやく金目のものを奪い取れ!」
暗闇の中に少年の声が響く。
それはさっきまで黒いコートの一団に追いかけられていた少年の声だった。同時に暗闇からゾロゾロと人影が現れる、それはまるで闇の中からさらに深い闇が蠢き湧き出てくるかのようだった。
鈍い光を放つ無数の瞳が、屍体に群がるウジ虫のように倒れた二人の男へとにじり寄る。
そしてガサゴソと何かを漁るような物音。
「チッ、シケてんな。こんなんで、よくオンナの所に飲みに行くなんて言えたもんだぜ」
道端に転がった二人の男たちは身ぐるみはがされる勢いで、子供たちに囲まれて物色されていた。懐の財布はもちろんのこと簡単に取り外すことのできる腕輪に、店に流せば幾らかには換金できそうな衣服の装飾品など、わずかな時間で価値のあるものを見極め効率よく奪い去っていくその手際の良さは、この子供たちがこういった略奪行為に慣れている証と言わざるを得ないだろう。
「あっ!」
まだ声変わりもしていない小さな声が、囁くように聞こえた。
「どうした?ジマ」
「ニール、こいつ指輪をつけてる」
「【能力】使いなのか?」
さらに別の低い声。
「だろうな。でもこんなザコくさい奴の能力なんて、どうせ大したことはない」
先ほどから指示を出しているこの少年が集団のリーダーなのか、ニールは面倒くさそうな口調で答えた。
「だよな、いかにもザコって顔してるもんな。オーラがまるで無いぜ」
暗闇の中にクククと数人の抑えた笑い声が漏れる。
「どうする?これも取っとく?」
「止めとけジマ、そんなもんに関わるとロクな事にならない」
「もったいないな、いい金で売れるかもしれないのに・・・」
「そのせいで、キチガイになってもいいのなら取っとけよ」
「うわっ、やっぱりやめとくよ」
指輪を引き抜こうとしていた少年は、その言葉で何かを思い出したように慌てて手を離した。
そのとき後方から、新たな気配とともに人影が現れる。
「おい、お前たちそっちはどうだ?ん・・・!?いたぞ!こっちだ!!」
「追手だ、逃げろ!」
ニールの掛け声で一斉に数人が駆けだす足音と同時に、ふいに雲の隙間から現われた月によって、路地がふたたび月明かりで照らされる。
そこには路地裏を散りぢりに逃げ去る数人の小さな後姿が映し出された。
「クソッ・・・、薄汚いストリートチルドレンどもが!」
その後姿を見送りながら、追跡者たちは忌々しそうに唾を吐く。
その声を背後に聞く少年たちの目に、世界は醜くひどく歪んで映っていた。
どうもデグリーズノートです。
本作はずっと書きたくて、これを書くために小説家になろうへの投稿を始めたという経緯もあるのですが、あまりにも自分の中で思い入れが強すぎてなかなか形になりませんでした。
(気持ちが入りすぎると大好きなあの子にも告白できないみたいな?えっ、違う?)
しかし古くからお付き合い頂いている方はご存知でしょうが、これを書くためにマブイプロジェクトというタイトルもやめているので、そろそろ形にしないとヤルヤル詐欺になってしまうということで新年のこのタイミングでまずは投稿を始めました。
(かぼちゃの魔女と幸せのフォーチュンダイスも途中なんですが・・・)
ただ内容はかなりトガったものになりそうなので、最後まで全体を読んで評価頂きたいです。
答えはない。
でも正義って何?悪って何?
何が正しくて、何が間違いなの?
一緒に考えていただけたら幸いです。
それではまた次回。
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