どう歩いても出口にたどり着けない駅構内
おかしい。
どれだけ歩いても、出口が見つからない。
いや、出口を見つからないどころか、人がいない。自分だけである。
流石に都会の駅構内が広すぎて迷うというった田舎民の話ではなさそうである。
まさか出張で来た都会で、こんな怪異現象に会うとは思っていなかった。というか、人生において、こんなにもあからさまな非日常的な出来事に見舞われるとは、正直、少し妄想はしても、本気で身近に起こりえるとは誰であろうとも思わないだろう。
ドーナッツ状の世界をグルグル回っているような世界なのか、それとも無限に空間が続いている世界なのだろうか。もっと注視すれば、ここを通ったとか、見たことのある場所だとか分かるかもしれないが、駅構内の作りが入り組んでおり、どれだけ歩いても景色が変わらないため、どのあたりにいるのかハッキリ分からない。
まあ、分かったから何が出来るというわけではないのだが。
どれだけ時間が経ったのかは分からないが歩いても歩いても景色が変わらない。
もしかして巨大迷路のような世界なのだろうか? この景色の変わらない世界から抜け出せれば開放されるような展開だろうか? 迷路ならば、一方の壁に沿って歩けばいつかはゴールに着くと誰かに聞いた事がある……いや、それは行き止まりがある事が前提だったか。
かなり歩いているが、未だに行き止まりがあった事がない。となると、右に行って、右に行って、右に行って、右に行ってと、一生同じ道を進み続けてしまう事になる。
せめて、目印にできるものがあればいいのだが、特に何も目印に出来そうなものは持ち合わせていない。
まあ、とにかく歩いてみるしかない。何が正解が分からないのだから。
多少の焦りを感じるようになってきた。こんな非日常に少しだけ憧れを持っていたため、わずかばかり現状を楽しむ事が出来ていたが流石にもう限界である。
帰れないのではないだろうか?
そんな不安な思いが頭をよぎる。
どれだけ歩いただろうか。どれだけ道を曲がっただろうか。
変わらない、永遠に変わらない。
それでも、歩くしかない。
違和感に気付く。
腹が減らない、疲れない。
夢の世界にでもいるのだろうか?
もう、かなりの時間、歩いているのにも関わらず、足に疲れが溜まらない。疲労をどこにも感じないのである。それは心も同じで、駅構内を彷徨っているはずなのに、その歩みを止めようとは思わない。それが余計に自分の不安を掻き立てる。
最早、歩くことが目的であるかのように歩みが止まらない。
どこへ向かうのではなく、ゴールを目指すのではなく、ただ歩く。
そうか、それなら何も考えることをしなければ不安に思う事もないのか。
疲れない、腹が減らない、命に危険がない。
唯一出来る事が歩く事だけ。歩こう、歩こう。元気よく歩こう。
「んー」
無意識に発した声を聞いてハッとする。
一体どれだけ歩いた?
というより、どれだけの時間、意識を放棄していたのだろう。相変わらず同じ駅構内の景色、そこから自分の疑問を読み取ることは出来なさそうだ。
もう何十時間も歩いていた気がするが、意識を捨ててまだ一分しかたっていないと思えばそんな気もしてくる。うたた寝している感覚に似ている。
立ち寝ならぬ歩き寝。
立ちながら寝るというのは聞いた事があるが、歩きながら寝るのは流石に自分だけだろう。
それとも、こんなヘンテコな空間に連れて来られた人間はそうなってしまうのだろうか?
まあ、歩こう。ススメ、進め。歩け、歩け、歩く、歩く、歩き、歩か。
――カリカリ
頭を掻いた。
歩こう。
歩いた。かなり歩いた。もう一生分歩いた。もう一生よりも長く歩いた。
ただそれが心地よい。何も考えなくてもいい。やる事が一つなら楽。元いた世界よりもずっと楽。
あれ? 俺って――?
まあ、歩こう。目的なく行進するゾンビのように。必要もなく動き回るゲームのNPCのように。
立ち止まらないで、立ち止まらないために。
歩こう。
歩こう。
歩こう。
ある
立ち止まる。
あ、だめ。
思いだす。
立ち止まらずに歩かないと。
踏み出せない。あれだけ歩いてきたのに、一歩の踏み出し方を忘れてしまった。
立ち止まった後って、どうやって歩き始めるんだったけ?
簡単、同じように足を前に出せばいい。
いや、それは分かる。けど、けど。
けど――?
何で歩く。何故歩く?
歩く理由? 意義?
あれ? なにこれ? 怖い。歩かないと、忘れてたモノが、湧き出てくる。奥へ深くに沈めた、歩くことで消し去ったものが。
「あ――」
駄目だ。気付いた。もう歩けない。
終わり、ここで終わり。
そして男はポケットに入っていたボールペンを首に刺した。
「…………」
終わらない。
そうか。
ここはそういう場所なのか。
それな歩こう。
もう、思い出さないように。何も感じないように。
永遠に歩き続ける。