歌声
「うわぁ!もう、夕方じゃん」
廊下突き当たりの所に取り付けてある窓から、外の様子を見て、ヒナタが声を上げた。
まあ、こんな貴族の屋敷に負けずとも劣らずの大きな寮を、隅から隅まで案内してくれていたのだ。夕方までかかっても、不思議はない。
「じゃあ、一旦部屋に戻ろっか!サッキーは片付けあるだろうし。本当は手伝ってあげたいけど、勝手に部屋に入ったら、リッちゃんに怒られるから無理だし。六時になったら、またここに集合で!一緒に食堂行こう!」
と、笑顔で話すヒナタに「おう」と頷くが、ふと気付く。
…オレも、勝手に部屋に入ったら、怒られるんじゃ…。
部屋の鍵なら、先程の案内で寮長から貰っているので、入れるには入れる。
だが。ヒナタでも怒られるのなら、嫌われているオレは絶対に怒られるだろう。最悪、出禁だ。
「じゃあ、また六時に!バイバイ!」
「はい。では、また…」
「バイバ〜イ」
オレが悩んでいる間に、三人はそれぞれに手を振って、部屋へと入ってしまった。
「…オレも入るか…」
小さく溜め息を吐いて、覚悟を決める。
怒られたとしても、それがどうした。というよりも、ここは第一にオレの部屋でもある。
怒られる筋合いはないはずだ。
意を決して、扉の鍵穴に、ポケットから取り出した鍵を差し込む。そして、鍵を回すと、カチャという音が小さく響いた。
ドアノブに手をかけ、グッと力を入れて扉を押した…が、開かない。
…?
もう一度、扉を押してみる。だが全く開かない。逆に引いてみるも、開かない。
…??何で?
押しても引いても開かず、疑問符がオレの頭の中を漂う。
残る可能性は…扉の鍵がまだ開いてないということくらいだ。
先程確かに、鍵を回して、カチャという音が聞こえたのだ。「まさかそんな筈は」と思いながらも、鍵を鍵穴に入れ、回す。
するとさっきと同じように、カチャと音が聞こえた。
「…」
再度ドアノブに手をかけ、力を込めて扉を押す。
「…あ、開いた」
ギィと音を立て、扉は簡単に開いた。
やはり先程は鍵が掛かっていたらしい。
…ということは、鍵を開けっ放しにしてたってことか!?
無用心だなと心で呟きながら、部屋にゆっくりと慎重に入る。
「…お邪魔します?」
と思わず口に出して、内心「いや、『ただいま』だろ」と自分でツッコむ。
修学旅行のホテルみたいに、短い廊下のような道を進んで、空けたところが部屋になっているらしい。
廊下の両サイドには、それぞれ扉が取り付けられている。恐らくはトイレだろう。
部屋自体も「教室かよ」と思う程の広さで、それぞれの端にベッド、その横に机。ベッドの手前にはクローゼットが置かれていた。
…流石、貴族の寮。
レベルが違い過ぎる。
全ての家具が高級なものだということは、確実だ。
これは、何があってもシミ一つ作れない。
「…うげぇ…本当にここに来た」
「!」
あまりの豪華さに目が点になっていると、トイレ(多分)から出て来たのであろうリオ君が、後ろに立っていた。その表情には明らかに最悪と書かれている。
というか、そんなことよりも…。
「何で、裸?」
そう。リオ君は上半身に何も纏っておらず、下は部屋着なのであろう肌触りの良さそうなズボンを履いていた。
「下は着てるでしょ。大体、自分の部屋で何着ようと、俺の勝手じゃん」
オレを睨みつけると、リオ君はそのままベッドに潜り込んだ。
学校でもずっと寝てた癖に、まだ寝るのか。
「…えっと、オレの荷物は…?」
「そこに置いてあるでしょ」
と、ベッドから起き上がる気すらなく、もぞもぞと腕を布団から出すと、適当に荷物があるのであろう所を指差して、また眠りに入った。
仕方なく、リオ君が指差していた場所を見ると、確かに段ボールが二箱置いてある。
中身は何だ?と、段ボールの一箱を開けてみると、そこにはオレの下着や服が入っていた。
この世界もオレの居た世界も下着は同じらしく、ずっと前にトキトさんに無理を言って、ソフィアと一緒に買いに行ったものだ。
もう一つの箱には、レターセットなどが入っていた。
「…片付けるか…」
片付ける程の量ではないが、一応ずっと、段ボールをここに置いとく訳にもいかない。
「ふぅ…舌肥えてたら、どうしよう…」
あれから、下着類をクローゼットに、レターセットなどを机の引き出しに片付けた後、六時になり、ヒナタ達と一緒に食堂で夕食を食べた。
当然のように、煌びやかな食事に、はっきり言って味などあんまりわからなかったが、城に居た時から豪華な食事を食べているのだ。もう、元のご飯を食べられないようになってしまうかもしれない。
生まれた時から、そんなご飯を食べているヒナタ達は、呆気らかんと「何で?」と笑っている。
「そんなことよりさ!さっき言い忘れてたんだけど、サッキー、俺達の騎士団に入らない?」
「…え?」
いきなり立ち止まったかと思うと、ヒナタが笑いながら言った。
その隣で、ウヅキやララたんも優しく微笑んでいる。
「…で、でも…」
流石にそれは図々しいだろうと思って、あえて言わなかったのだが。
友達と言っても、成績に直結することだ。そんな迷惑はかけられない。
「?迷惑だなんて、思ってないよ?ただ、騎士団って、誰かと一緒に頑張ってするものだから、どうせするなら、友達とが良いんだよ!信頼できる友達と!その方が楽しいしね!」
オレの考えがわかったのか、ヒナタが笑顔で言った。すると、ララたんも頷く。
「ヒナたんの言う通りです!僕も、実力はあまりないけど、ヒナたん達と一緒だから、もっと頑張ろうって思えます!」
「僕らは、サキ君と頑張りたいって、思ったんだけど、ダメかな?まあ、ゆっくり決めて良いよ!?まだ一週間あるし…」
そうウヅキが微笑みかけると、ヒナタとララたんも「そうそう」と頭を縦に振った。
それに、ジーンと感動する。
「…ありがとう!」
満面の笑みで笑い返すと、ヒナタ達も嬉しそうに笑った。
本当、なんて良い奴らだろうか。
早速、返事を言おうと口を開けると、その時外から歌が聴こえた。
「!…悪い。ちょっと、外見てくる」
「?うん、わかった。気をつけてねー」
心が惹かれるような歌声が思わず気になり、ヒナタ達に謝ってから、駆け足気味に廊下を進んだ。
「確か、この辺だったような…」
北棟前の大きな中庭まで、来ると周りを見回しながら、歩いた。
先程まで聴こえていた歌声はもうない。
恐らく、ここの寮生だったのだろうし、もう寮に戻ったのかもしれない。
諦めて帰ろうと、くるりと来た道に足を向けたところで、誰かの気配がした。
「アンタ、こんなところで何してるの?」
「!…せ、セナ…」
振り返ると、そこに立っていたのは、あのセナ・イーグレットだった。