初めての授業開始!
「あ!おかえり、サッキー!」
教室に戻ると、ヒナタが笑顔でオレに手を振った。
双子とララたんは何処に行ったのか教室には居らず、さっきと同じようにいるのはヒナタとウヅキだけだ。
ヒナタに「ただいま」と返すと、自分の席に座る。
「ニトっち、どうしたの?」
『ニトっち』って、担任のことかと思いながら、「えっとな」と口を開く。
「騎士団のことについてだったな。一週間で入るところ決めろって」
オレがヒナタにそう答えると、ウヅキの方は「大変そうだね」と笑いかけた。
確かに、出会って間もないのに、「ヤッホー。突然だけど、お前の騎士団に入れてくれない?」なんて言える訳がない。それこそ、ドン引きされるか、不審者扱いされるかが関の山だ。
「…あれ?そういえば、ヒナタとウヅキはどの騎士団に入ってるんだ?」
オレが聞くと、ヒナタは待ってましたと言わんばかりに、ウヅキの肩に腕を回してニカッと笑った。
「俺達は同じ騎士団だよ!ね!?ツッキー!後はララたんとクルるん!」
「『クルるん』?」
嬉しそうに話すヒナタに首を傾げる。
聞いたことのない名前だ。というか、何だ?その間抜けた呼び名。
「あー…ヒナタ君の言う『クルるん』は、このクラスの委員長のクルト君のこと」
ヒナタの代わりにウヅキが肩をすくめて説明してくれる。と。ヒナタも「そうそう、あいつ」と言って、スミレ色の髪をした男を指差した。
一列目の廊下側の席に座っているので、顔は見えないが、背中だけでも、その真面目さが伝わってくるみたいだった。ヒナタと同じ騎士団というのが不思議なくらいだ。
「ヒナたん、ツキ君、そろそろ着替えないと遅刻しちゃうよ」
オレ達が談笑に耽っていると、何処へ行っていたのやら、いつの間にか、白を基調とした体操服に着替えたララたんがオレ達の隣に立っていた。
この国はやたらと白を基調としたものが多いなと呑気に考えているオレと違い、ウヅキは「大変だ」と慌てだした。
「ほら!ヒナタ君もサキ君も急ぐよ!」
そう言うと、オレとヒナタの手を掴んだウヅキは教室を出て、この階の突き当たり、つまりはオレ達の教室の二つ向こうの部屋へと、オレ達を連れて入った。
そこは着替え室らしい。数人の男子生徒が、上半身裸だったり、今まさに制服を脱ごうとしたりしていた。
普通の女の子なら顔を赤くするか、目を手で覆った方が良いのだろうが、今は男として居るのだし、そもそも何の感情も湧かないので、思い切りスルーする。
「ちょっとぉ…そんなとこに突っ立ってたら邪魔なんだけど?」
入り口のところで立ち止まっていたオレの後ろから、先程も聞いたような、イラついた声が聞こえた。
驚いて振り返ると、そこにはさっきオレがぶつかった口の悪い美少年が立っていた。相変わらず、せっかくの綺麗な顔を歪めて…。
「あ…さっきの…」
「あれ?どうしたの?あ!セナなんじゃん!サッキー、知ってたの?」
オレの呟きに被さって、ヒナタがオレの後ろから抱きついてきた。いきなり抱きつかれるのはビックリだが、正直助かった。
オレ、この人苦手だから…。
オレが内心ホッとしているのとは対照的に『セナなん』と呼ばれたこの美少年は更にイラつきを表情に出した。
「ちょっと!子犬君さあ、その変な呼び方やめてって前にも言ったよねぇ?」
「アハハ!えー、でも良いじゃん!『セナなん』!カッコいいじゃん!」
「どこがぁ!?」
『セナなん』(名前知らないので一応)は結構キレているのに対して、ヒナタはまるで気にしていない。
…これって、やばい状況…なのか?
いまいち、この謎な状況に首を突っ込んだ方が良いのかわからず、その場で立ち尽くしていると、ヒナタは「あ!そうだ」と言って、相手放ったらかしで、オレに話しかけた。
「紹介してなかったよね?この、いつも怒ってる奴はセナ!セナ・イーグレット!リッちゃん…リオと一緒で御三家の一つ『イーグレット家』の長男なんだって!」
「ちょっと!勝手に紹介しないでくれる?」
そんな二人のやりとりを見ながら、何とも言えない気分になる。
リオといい、このセナとかいう奴といい、御三家の子息は皆、性格に難があるのだろうか。
まあ、ヒナタも難があると言えば、難があるが…。
そろそろ本気で面倒くさい状況になったところで、恐る恐るといった様子で一つの手が挙がった。
「あの…セナさん?そろそろ着替えないと、本当に遅刻しちゃいますよ?ヒナタ君もサキ君も」
「あ!ツッキー」
天の助け!
そう叫びたいのを堪えて、ウヅキの手をガシッと握る。いきなりの行動に驚いていたが、オレがボソッと「助かった」と呟くと、同情じみた笑顔で「大変だったね」とウヅキは言った。
これだから、常識人は有り難い。
「…はあ…ん、ありがとね、モヤシ君」
溜め息を吐きながら、ウヅキに礼を言うと、セナはそのまま教室の奥へと入り、着替えを始めた。
てか『モヤシ君』って…。
確かにウヅキは細身だが、どちらかと言えば、色白なセナの方が細く見えるので『モヤシ』に近いだろうと心の中で思う。絶対に言わないが…。
まあ、そんなことを呑気に思っている時間もないので、オレもヒナタも急いで着替える。
自分の服を入れておけるロッカーがあることに感激しながら、ヒナタとウヅキ、そしてオレ達を待っててくれたララたんに付いて行き、授業のある教室へと向かう。
行きながら聞いたが、一限目は『社交ダンス』らしく『大アリーナ』と呼ばれる、オレの世界で言う体育館的なところに向かっているらしい。
何故、騎士になる為に社交ダンスがいるのか謎だが、この授業では隣校の『聖フローラル学園』という由緒正しきお嬢様校から、同学年のご令嬢と共同で授業を受けるらしい。つまりは将来の為に、ご令嬢方に媚びを売る為の授業だ。こちらの学校も、通っているのは貴族の子息なので、あちらにとっても得になるということだろう。
そうでなければ、全員完璧に踊れるらしい社交ダンスを、わざわざ授業ではしない。
オレ?オレは当然踊れなかったが、城での二ヶ月間。「暇ですので、踊って下さいな」と一日に二、三回はソフィアに無理矢理相手をさせられていたので、一応踊れる。
今思えば授業であるから、そんな無茶を言っていたのかもしれない。そうでないなら、トキトさんが止めてくれただろう。
心の中でソフィアに感謝すると、いつのまにか大アリーナに着いた。
四階の中央にある大アリーナは、校舎の広さに比べると、思ったよりも狭かった。と言っても、オレの元居た学校の体育館より広いし、キャットウォークには上品な装飾とクッション付きの立派なソファー的なものまで用意されているが…。
まあ恐らく、少し狭くしているのは、生徒の人数が少ないからだろう。一クラスに十人ちょっとしかいないのは、少な過ぎる。だが、貴族くらいしか学校に通えないのだから、仕方ないのかもしれない。
大アリーナも、廊下や教室同様、大理石の床で出来ているので、靴はそのまま、制服として指定されている灰色のブーツで中に入る。
「…豪華だなぁ」
「?そう?普通じゃない?」
つい漏れてしまった呟きにウヅキが反応する。これが普通とは、やはりウヅキも金持ちの貴族だ。さっき、常識人と思ったオレを殴りたい。
「庶民からしたら、城にいるみたいだよ」
「ふぅん、そうなんだ!どんな感じなのかな?庶民って!」
オレがウヅキに微妙な笑顔を向けると、その横でヒナタが面白そうに言った。すると、ララたんが「失礼ですよ」とヒナタに注意する。
でも確かに、貴族からしたら、逆に庶民の暮らしが気になるのかもしれない。
…まあ、オレは庶民って言っても不自由なくここまで成長してきたけど…。
そんなこんなで、ゆったりと喋りながら授業開始を待っていると、時計の針が九時を指したところで鐘の音が鳴り響いた。授業開始のチャイムなのだろうが、やはり日本のチャイムと違い、その音はなんとなく気高い雰囲気がする。
そして、鐘の残響が消えた瞬間、大アリーナの両開き扉がゆっくりと開き、そこから清楚な白いゆったりとしたドレスを纏ったご令嬢方が並んで入ってきた。
さすがはお嬢様だ。その動作はお淑やかで洗練されている。
そんなお嬢様方の動きに惚けている間に、オレの前に一人のご令嬢が立っていた。先程の列で最前列を歩いていた人だ。
淡い桃色の髪は、ソフィアと違いストレートで、背中まである。両サイドの横髪をクリーム色の可愛らしいリボンで結わえてあり、切り揃えた前髪は、弧を描いた綺麗な眉と、美しい緑色のおっとりとした垂れ目を強調している。とんでもない美少女だ。なんとなく雰囲気がソフィアに似ている。
しばらくその姿に見惚れていると、この美少女はオレにニッコリと笑いかけ、そっと手を差し出した。
「お初にお目にかかります。お噂は聞いていますわ。あの難関の特待生枠試験を合格なさった、大変優秀な殿方と…。私はスズリ。スズリ・レーツェル。宜しくお願い致します。騎士様」
読んで下さりありがとうございます。
更新遅くなって、すみませんでした。
それにしても、純粋な恋愛物は書くのが、とっても楽しいですね!これからもよろしくお願いします!