灰色髪の不機嫌少年
「あれ?もう、自己紹介、終わっちゃった感じ?」
「!あ!ツッキー!」
突然、双子の間から若葉色のショートヘアーを覗かせて、少年が割り込んできた。誰かわからないオレと違い、ヒナタは嬉しそうにツッキーと呼んだ少年に笑顔を向ける。
すると少年の方は、オレの方に向いて、ニコッと笑った。
「初めまして。僕はヒナタ君とララ君の親友の一人、ウヅキ・ブリュレノン。よろしくね」
「ああ、よろしくな」
オレも笑顔を向けると、ヒナタが椅子から立ち上がり、ウヅキの肩に腕を回すと横から「ツッキーって呼んであげてね」と笑った。
そんなヒナタにウヅキは困ったように「ちょっとぉ」と不満を漏らした。
「ウヅキでいいからね!特待生さん!」
眉を下げて笑うウヅキに、オレの中でスイッチが入る。何の?悪戯の。
「おう、ツッキー?」
「!ちょっとぉ!ウヅキで良いって言ったのにぃ!」
「アハハ!悪い悪い。冗談だよ、ウヅキ。オレもサキでいいから」
本気で焦るウヅキに揶揄い甲斐があるなと内心思いながらニコッと笑う。すると、ウヅキの横でヒナタと双子がケラケラと笑った。ララたんもクスクスと笑っている。ウヅキも「もう」と頬を膨らませながらも、プハッと笑った。
しばらく笑っていると、ヒナタが「そうだ」と急に叫んだ。
何だ?とオレ達がヒナタを見ると、ヒナタは満面の笑みでオレを見た。
「サッキー!今日から、特待生のニックネームは『サッキー』にしよう!」
「!」
そう叫ぶと、自分のアイデアに、ヒナタはウンウンと腕を組んで頷いている。
そんなヒナタを置いといて、オレは少しの間呆ける。
生まれてこのかた、ニックネームなんて初めてだ。それが嬉しくて、頬に熱が伝わる感覚がする。
「おう!」
ニコッと笑うと、ヒナタ達も歯を見せて笑った。
そんな感じで仲良くなったところで、隣から「…んん」という声が聞こえた。
振り返ると、今まで机に突っ伏して眠っていた黒髪の少年が、目を覚ましてこちらを睨んでいた。その刺すような真紅の瞳に気圧される。
「…ちょっと、うるさいんだけど。眠れないから、黙って」
それだけ言うと、また少年は机に突っ伏した。
というよりも、学校は寝る場所じゃないが…。
呆然としているオレの後ろで、ヒナタは「相変わらずだなぁ」と声を漏らした。
「えっとね、サッキー。こいつはリオ。リオ・トゥラスト。トゥラスト家の次男だよ」
そう言うと、ヒナタはリオという少年のことを指差した。それに「へぇ」と声を漏らすが、なんとなく何処かで聞いたことのある名前に頭を回転させる。
…トゥラスト…確か、トキトさんの話で…。
「!『御三家』の!?」
「そう」
オレが驚きながら叫ぶと、ヒナタはアッサリと頷いた。
『御三家』…それはこのフィーネ王国の王族に古くから仕える、由緒正しき三家の貴族のことだ。
『トゥラスト家』とは、御三家の中の一つの貴族だ。確か、代々王族に仕える直属騎士をしていたはずだ。
隣でだらしなく眠っているリオを見ながら、そんな凄い人には全く見えないなと思う。
その時。
「おーい!フルーテ!ちょっと来い!」
先程教室から出て行ったはずの担任が、扉のところでオレを呼んだ。
…あ、そういえば、朝に職員室に寄ってなかったな。
席を立ち上がると、ヒナタ達に「悪い」と断って、担任の方へと向かった。
「はい。どうしたんですか?」
「ああ、ちょっと説明な。職員室に行くから、付いて来い」
それだけ言うと、担任は白衣を翻して、廊下を進んで行った。それにオレも付いて行く。
教室から出て、右に進むと階段に辿り着き、そこを降りて二階へ出ると、そこから左に行き、突き当たったところに職員室はあった。
廊下が長い分、これだけでも結構疲れる。
職員室に入ると、担任のデスクであろう机の前にある椅子に座った担任は、見上げる形でオレを見た。
「あー、それじゃ手短に。まずこの学園の特徴である『騎士団』について話す」
「『騎士団』?」
何のことだろうと首を傾げると、担任は更に続けた。
「この学園ではな、騎士として卒業した時に、ちゃんと騎士団の中でやっていけるように、誰かと行動を共にすることを学んでもらっている。それが『騎士団』制度だ。学年やクラスが違ってもいい、とにかく誰かの騎士団に入るか、自分で騎士団を作るかする。まあ、フルーテの場合は、何処かの騎士団に入る形になるけどな」
そう一気に言うと、担任はフッと息を吐いてオレに向かって少し微笑んだ。深緑の瞳が優しく、オレを見つめている。
「今日から一週間のうちに、入るところ決めとけよ。提出してもらうからな。まあ、転入し立てで大変だと思うが…頑張れよ」
そう言って、オレの頭に手をポンポンと置くと「じゃあ戻って良いぞ」と言った。なんとなく恥ずかしい気持ちがしたが、良い先生だなと内心思った。まあ、声に出す気はないが…。
それから、一人で職員室を出ると、来た道を戻ろうと右に曲がろうとした…その時。
「うわっ!」
「おっと!」
誰かとぶつかった。
ぶつかったおでこを手で押さえながら、相手を見ると、相手もぶつかったのであろう顎の辺りを手で押さえている。
相手の人は、灰色の癖っ毛の髪に、空みたいな青い瞳を持った美少年だった。クラスの奴らもかなりのイケメンだったが、その中でも飛び抜けて整った顔立ちだ。
だが、そんな整った顔も今は、不愉快そうに歪んでいる。
「…ちょっと、何処見て歩いてんの?この俺にぶつかっておいて、謝罪も無しな訳?」
「…あ、すみません…」
そう言われて、慌てて謝るが、相手の人は不機嫌そうに「フンッ」とそっぽを向いた。完全に嫌われたみたいだ。
「ちょっと、いい加減邪魔だから、そこ退いてくれない?それとも、まだ何か用がある訳?」
嫌味っぽく言われると、オレはそこを素直に退いた。
性格が曲がっている人らしい。こういうタイプの人間には大人しく接するのが一番だ。
オレが退くと、相手は不機嫌そうなまま職員室へと入っていった。
オレはそれを見てから、結局、あれは誰だったんだろうと思いながら教室への道のりを歩いた。
良い奴ばかりだと思っていたが、そうではないらしい。まあ、当たり前だが…。
もうそろそろで、初の授業が始まる。