フォスキア騎士団『ace』
…ヤバい…これはかなりヤバい…!
昨日。
濃すぎる、ドタバタの入学初日が無事終わった。
なんだかんだで、苦手だったセナやリオと仲良くなれ、初日で仲の良い友達のグループに入ることが出来たのは、本当に素晴らしい出だしだったと思う。
ただ!
この状況は、かなりヤバい状況だ。
現在、朝の七時半過ぎ。ホームルーム開始時間、八時。
未だ夢の中を旅している、目の前の黒髪青年を見つめる。この世界では、とても珍しい色だ。
どうしてそんな色なのかは、昨晩聞いたばかりだ。
その理由は、「どうしてそんなに眠ることができるのか」という質問の答えにもなっている。
だから、オレは朝の六時に起きて、顔を洗い、制服に着替え、学校に行く準備を整えても、まだリオを起こそうとはしなかった。
ギリギリまでは寝かせてあげたい。リオの身体の為にも。
確かにそう思っていたのだが…。
さすがに、そろそろ起きてくれないと困る。
遅刻は連帯責任で、例えオレだけ間に合っても意味がない。
というか、こんなリオを放って学校になど行けない。
まだ、準備を最速で終えれば、遅刻にはならない。
だが!
先程から何度も何度も起こしているのだが、一向に起きる気配がない。
耳元で叫んでも、身体を揺すっても、布団を引き剥がしても、全く起きない。
このままでは、いくら準備の時間を割いても、起きた頃にはもう遅刻していることになる。
…まずい…どうする…。
必死で頭を働かせているオレの気など、全然知らないリオは呑気に、足を広げてスゥスゥと眠っている。
「…!そういえば…!」
思い出した。
昨日、セナから言われた助言だ。
「…枕を取り上げれば良いんだよな…?」
こんなに色々試しても起きなかったリオが、枕を取っただけで起きるとは、あまり思えない。
半信半疑で、リオの枕に手を伸ばした。
とその時。
もう一つの言葉を思い出す。
…『戦闘態勢を整えて』って言ってたよな?意味わからんけど、まあ念のため…。
一旦、リオのベッドから離れて、自分の荷物置き場に戻る。
その中から、レイピアを取り出した。
このレイピアは昨日、リオから「そう言えば、コレ、ニッちゃん先生から預かってたよ」と言われて渡されたものだ。
この学校では、生徒全員にレイピアが送られるらしい。剣術の授業のときに使うからだそうだ。
まあ、レイピアを武器にするかは自分次第らしいが。
とにかく、レイピアを持って、またリオのベッドに近付くと枕を掴んだ。そのまま、枕をリオから引き離す。
「…!」
すると、リオは眠そうに瞼を少し持ち上げて、ゆっくりと上半身を起こした。
「お、起きた…!」
ようやくのお目覚めに感動するが、その時、いきなり、目にも留まらぬ速さでリオが切りかかってきた。
その手には、いつの間に取り出したのか、剣が握られている。
「ッつ…!」
咄嗟にレイピアで受けるが、力負けしてしまい、そのまま押し倒される。
リオはまだ目が開いておらず、意識もないように見えた。
…戦闘態勢って、このことだったのか…!
まさに命がけだ。
何故、朝起こすだけで、命の危険があるのかわからないが…。
まずい。このままでは冗談抜きで、やられてしまう。
「…おい!リオ、起きろ!おい!」
目の前の虚なリオに思いきり叫ぶが、力は全く緩まない。むしろ、どんどん強くなっている気がする。
…マジでどうしよう…?
もう駄目だと思った時、バシャッという音と共に、天井から水が降った。
…。
水はほとんどマウントをとっていたリオが被っているが、当然オレにも掛かっている。
「…リオさん!起きてください!」
「…んー…エッちゃん、うるさい…」
水が滴る髪をそのままに、呆然としていると、上から良く通る男の声が聞こえた。
その声に、反応するのは今まで意識もなくオレに切りかかってきたリオ。
…え…何?
いきなりのことで意味がわからないが、リオがようやく起きたことだけはわかった。
リオがのっそりとオレの上から退くと、先程の声の主が見えた。ちなみにその右手には、空になったバケツが握られている。
…いや、退く前にオレに言うことあるだろう!?
心の中で悪態を吐くが、当のリオはどこ吹く風だ。そんなリオを尻目に、改めて目の前の青年を見る。
少し長めのストレートの金髪を緩く片おさげに結えており、淡いラベンダー色の瞳は、こちらを優しく見つめている。
「大丈夫ですか?」
そう言うと、青年はオレに左手を差し出した。
「あ、ありがとう」
差し出された手を掴んで、立ち上がる。すると、青年はニッコリと微笑んだ。
「いえ。怪我がなくて、良かったです。初めまして。私は隣のB組のエラ・アルテノンと言います。貴方が噂の特待生の方ですよね?」
丁寧にお辞儀をして、エラと名乗った青年はオレに話を促す。慌ててオレもお辞儀した。
「あ、えっと、オレはサキ。サキ・フルーテ。よろしく…エラ、さん?」
つい、呼び捨てにしそうになるが、危ない危ない。昨日、いきなり呼び捨てにするのは、失礼だと学んだばかりだ。
だが、エラさんはキョトンとしたかと思うと、フフッと上品に笑った。
「エラで構いませんよ。私は癖で、人の名前をついつい『さん付け』で他人行儀になりがちですので、サキさんから呼び捨てで呼んでくれた方が、嬉しいです」
…な、何て良い人なんだろう。
まさに紳士と呼ぶに相応しい好青年だ。
オレの世界に居たなら、確実に「王子さま」とか何とか呼ばれて、モテモテだったに違いない。
と、そこで何かに引っ掛かった。
…あれ?エラって確か…何処かで…。
「あ!エラって、確か!セナやリオと同じ騎士団の…!」
昨日、セナとの会話でエラという名前が出てきたことを思い出す。
オレがいきなり大声を出したことに一瞬驚くが、エラは「はい」とすぐに微笑んだ。
「では改めて。お初にお目に掛かります。『フォスキア騎士団』所属…名を『ace』と申します。以後お見知り置きを」
エラは胸前に手を添えて、軽くお辞儀する。その仕草は本当の騎士のようだ。
「『フォスキア騎士団』?」
「…俺達騎士団の名前だよ」
聞き覚えのない単語に首を傾けると、いつの間にか制服に着替えたリオが教えてくれた。
…『フォスキア騎士団』…『ace』…。
頭の中で言葉を繰り返す。
オレは知らない。今日が、オレの人生を変える分岐点の入り口になることを…。