月明かりの下で
「…何?呼び捨て?」
月明かりに照らされて、灰色の癖っ毛の髪が、銀色に光り輝いて見える。
相変わらず、顔立ちだけは本当に綺麗だが、残念なことに表情は不満そうに歪んでいる。
「!あ、えっと…セナ、君?」
「さんでしょ!?」
「あ、はい…」
…さん付けって…。
オレとセナさんは同い年だが…ホント、この人苦手。
まあ、そんなことよりも…。
「…えっと、さっき歌ってたのって、セナさんですか?」
「だったら何?」
セナさんは訝しむように、オレを睨みつける。
リオ君と言い、オレは御三家に嫌われる性質なのだろうか。
「あ、いや…なんか、惹かれるっていうか、胸が締め付けられる歌っていうか…とにかく気になって!もう一回、歌って欲しいんですけど…」
言葉が出てこなくて、しどろもどろになりながら言いたいことを伝える。
微かにしか聴こえなかったが、それでも耳に残って離れない。
心に響く歌だった。
オレの気持ちが伝わったのか、セナさんは一瞬驚いたような表情をしたかと思うと、少しだけ寂しそうに笑った。
「別に良いけど…じゃあ、付いて来て」
それだけ言うと、セナさんはくるっと後ろを向いて、歩き出した。
「?えっ!?何で!?つか、何処に!?」
慌ててオレも、セナさんの後ろに付いて行く。
セナさんは振り返らず、「この歌は他の場所で歌わないから」と、背中で語った。
そう言って向かったのは、何故か中庭にある、小さな湖だ。
「…何で、中庭に湖?」
「さあ?まあ、人工的に造られたものみたいだけど…」
少し振り返って言うと、セナさんは木で出来た桟橋の端まで歩き、湖に捧げるように歌い始めた。
…。
セナさんの芯のある歌声が切なく響く。
何でだろう。
無性に泣きたくなってしまう。
胸が痛くて、無意識に手で胸を押さえる。
悲しい。淋しい。苦しい。痛い。そして…愛しい。
そんな感情が胸の中で渦巻いている。
まるで、誰かに恋をしているみたいだ。
ただ、セナさんの歌声が、月光で輝いて見える水飛沫と一緒に、湖に波紋を残していった。
歌声の余韻が消える。
「―ふぅ…!?な、何で泣いてんの!?」
小さく息を吐くと、こちらに振り返ったセナさんが、オレの顔を見てギョッとした表情を見せた。
「…えっ…?」
一瞬言われたことがわからず、キョトンとなる。が、手で頬を触ると、確かに涙で濡れていた。
「…!?えっ!?」
どうやら無意識に泣いていたようだ。
自分でも驚く。
すぐに、腕で涙を拭った。
「…どうしたの?大丈夫な訳?」
意外にも心配してくれているセナさんは、不思議そうにオレを見つめる。
「だ、大丈夫!ただ、歌が響いて、感動しちゃって…」
慌てて笑顔を取り繕うと、セナさんは「あっそ」とそっぽを向いてしまった。
その顔は心なしか赤くなっている気がする。
…もしかして…。
「照れてる?」
思わず口に出してしまうと、セナさんはバッとこちらに振り返り、真っ赤になりながら口を開いた。
「うるさいんだけど!!?」
初めて見るセナさんの取り乱した様子に、一瞬ポカンとなるが、つい吹き出してしまう。
「…ブハッ!ハハッ!」
…何だ、全然良い奴じゃん。
「ちょっと!笑わないでくれる!?」
「ごめんごめん。つい、意外だったから。セナ…ぁ、セナさんって歌、上手ですね」
笑いを抑えながら、セナさんに話しかけると、セナさんはふいっと顔を背けると「セナ」と呟いた。
「え?」
「呼び方!セナで良いから…」
セナさんが照れながら、短く言った。
それにまた、笑ってしまいそうになる。
「おう!ありがとう、セナ!」
満面の笑みでお礼を言うと、セナは「別に」と無愛想に返した。だが、それが照れ隠しだということは、もうわかった。
…とそこで。
思い出した。
「あ!!」
思わず叫んでしまうと、セナが驚いたようにこちらを見た。
「どうしたの?」
「あ!いや、その…」
…ヒナタ達に返事するの、忘れてた。
あれほど嬉しいことを言ってくれたのに、ヒナタ達に申し訳ない。
まあ、返事はゆっくりで良いと言われたので、明日にでも言おうと自己完結させる。
…そう言えば、セナってリオ君と同じ騎士団に所属しているんだよな?
「…セナってリオ君と同じ騎士団なんだよな?」
「?まあ、そうだけど」
何の話をしているのか、オレの意図がわからず、セナは不思議そうに答えた。
「ヒナタのルームメイトも、リオ君と同じ騎士団らしいんだけど、セナの仲間ってどんな奴らなんだ?」
「あー、エラ君?一言で言うなら『バカ真面目』かな。後はアンタのルームメイトのリオ君でしょ。それから…」
そこで、セナの言葉が途切れた。少し俯いた顔は暗い。
「?」
不思議に思って、大丈夫か聞こうとしたところで、セナはパッと顔を上げた。その表情は何となく無理をしているようにも見える。
「俺達の騎士団はトランプに準えてあるんだよ。リオ君は『queen』でエラ君は『ace』、俺は『jack』ってね」
「へぇー、あれ?『king』と『joker』は?」
ふと気になって、尋ねる。
と言うよりも、『joker』はまだしも、『king』が居ないのはおかしいだろう。普通に考えれば、騎士団の団長が『king』の筈だ。
セナはそれに、感情の読み取れない表情で口を開いた。
「…『joker』はまだ見つかっていないから居ない。というか、多分もう見つからない」
「え…」
「『king』がもう居ないから…ね」
「!!」
そう言うと、セナは困ったように、切なそうに笑った。
何か言わなきゃいけないと思うが、言葉が出てこない。
「えっと…」
「さてと!さっさと、寮戻るよ!こんなところにずっと居たら、風邪引いちゃうでしょ!」
何を言おうとしたのか自分でもわからないが、オレが口を開いたタイミングで、セナが声を上げた。
色々と言いたいことはあるが、あまり踏み込む訳にもいかない。
オレは笑って「そうだな」と頷くと、寮の方向へと向き直った…が。
「!うわっ!」
「!ちょっ!」
湖の縁に躓いて、そのまま湖に真っ直線に落ちそうになる…と、セナが反射的に腕を伸ばして、オレの身体を抱き寄せてくれた。
何とか、湖には落ちずに済んだ。
「「…」」
しばらくお互いに黙って見つめ合うと、セナから口を開いた。
「…何やってるの?アンタ、本当に特待生?」
呆れたような表情をしているのに、その声は優しくて、急に恥ずかしくなる。
「うっ…まあ一応。助けてくれて、ありがとう」
セナの顔が見えなくて、少し俯き気味に言うと、セナのフッと笑う声が聞こえた。
顔を上げると、可笑しそうに笑っているセナと目が合う。
「どう致しまして」
「!?」
その瞬間、胸がトクンと鳴った気がした。
読んで下さりありがとうございます!
今回、ようやくまともな恋愛的な小説が書けました。
とっても楽しいですね!(いや、知らんがな)
こんな感じで自己ツッコミをしながら、今後も楽しんで書いていくので、楽しみにしていて下さい!
ありがとうございました!!!




