異世界転移
「初めまして。オレの名前はサキ・フルーテです。よろしくお願いします」
無駄に顔面偏差値の高い男達に見つめられる中、オレは精一杯の笑顔を浮かべて自己紹介した。
そして、笑顔と裏腹に心の中で思い切り叫ぶ。
…何でこんなことになったんだよオオオ!!
遡るは二ヶ月前。
オレはいつものようにつまらない学校を出て、空手を習っている道場への道のりを進んでいた。
何がトリガーだったのかはわからない。ただ、ある交差点で信号待ちをしていた時。付けていたミサンガが切れたのを拾おうと腰を曲げ、拾った瞬間。
そこは全く知らない別世界だった。
「…え…ここ、どこ?」
見渡す限り、よく漫画やアニメで見る異世界の世界観のソレだ。時々、動物の耳を生やした人間やオレの世界ではあり得ないような髪の色をした人間がオレの横を通り過ぎる。着ている服も日本では見ない中世ヨーロッパのような装いだ。
様々な野菜や果物のような食材や布地などを売っている出店が立ち並んでいるところを見ると、ここは市場なのだろう。非常に賑わっている。
この状況で考えられることはただ一つ。
「…オレ、まさか…異世界に来ちまったのか!?」
思わず声が漏れるが、口に出したことで脳がこの信じられない状況を理解した。
何でこんなことになったのかはわからないが、とにかくも一刻も早く帰らなければいけない。面倒事に出くわすのは御免だ。
「どうやったら、帰れるんだ?」
奇異の目に晒されながら、必死に頭をフル回転させる…その時。
「キャーーーー!!!」
「!!?」
後ろから女の人の悲鳴が聞こえて、反射的に振り返る。そこには美しい金髪の女性が、髭を生やしたおっさんに腕を掴まれていた。
この光景がどういうことなのかを考える程、オレもバカじゃない。
オレは何も考えずに走り出していた。
「離して下さい!誰か!助けて!」
「大人しく…グハッ!」
「!?」
いきなり掴まれていた手が離れ、小さな悲鳴が上がったことに目を見開いている女性の驚いた表情が見えた。その人は髪だけでなく、その顔立ちも大変整った美女だった。
今自分が跳び蹴りを食らわした男を尻目に、未だにポカンとしている女性に口を開く。
「大丈夫か?怖かったよな?」
「…」
オレがそう尋ねると、女の人は先程までの呆けた表情から一転。フワッと花開くように微笑んだ。
「いいえ。危ないところをありがとうございました。私は…」
「王女様!!」
女の人の言葉を遮って、白いマントを羽織った若い男がこちらに慌てたように駆けてきた。女の人は「あら、見つかってしまいましたね」とあっけらかんと呟く。男は、落ち着いている女の人と違って、非常に慌てており、若干怒っているようにも見える。
…というか、今コイツ何て言った?
…『王女様』?
ハッとした時にはもう遅い。
急いでその場を去ろうと、背を向けて走り出そうとすると腕をガシッと何かに掴まれた。嫌な予感を感じながら、振り返るとそこには王女様と呼ばれた美女が満面の笑みを浮かべ、オレの腕を掴んでいた。その宝石のような綺麗な青い瞳からは、キラキラとした光が溢れている。
「助けて下さってありがとうございます。お礼がしたいので、どうぞ私とご一緒に城まで…」
そう言って、ペコリと頭を下げる王女の仕草は洗練されており、その姿に惚けたオレはつい「喜んで」と答えてしまった。
美女に惚けて、軽く頷くオレは一体どこの変態なのだろう。というか、それが男ならまだしもオレは女だ。
自分自身に呆れながらも「まあいいか」と王女に付いて行くオレはまだ知らなかった。この時の軽率な判断が自分の運命を大きく変えることになるなんて…。
王女と馬車に乗ってからはトントン拍子だ。
白を基調とした、アニメでしか見たことのない立派で綺麗な城に到着すると、これまた立派な門をくぐって城内に入り、一階の日当たりの良い部屋に通され、無駄に長い食卓の前にずらりと並んだ何席もある椅子の内一つに座らされた。丁度、王女が座った真ん中の、一つだけ豪華そうな装飾を施された椅子から向かって右側の席だ。
目の前に置かれた、香りの良い紅茶の入ったティーカップを片手に、この豪華過ぎる空間に萎縮したオレはチラリと横目で王女を見る。王女は、オレと同じ紅茶の入ったティーカップを口に付けると、そっとソーサーへと戻し、ニコッとオレに向けて微笑んだ。
「すみません。無理に連れて来てしまう形になってしまって。申し遅れました。私はこのフィーネ王国の第一王女ソフィア・フィオネと申します」
ニッコリと微笑むその顔立ちは幼さが残っているのに、その言動は次期女王としての威厳が漂っている。この人には人を魅せる不思議な力があるらしい。その凛とした姿から目が離せず、またも惚けてしまう。だが、向こうが名乗ったのだ。こちらも、いつまでもボゥーッとしている場合じゃない。
「…あ、えっと、オレはサキ、星空サキ」
「?フフッ、変わったお名前。ホシゾラは家名かしら?聞いたことがないですけど…」
キョトンとした表情をすぐに笑顔に戻す王女に「実は」と恐る恐る手を挙げる。もういっそのこと打ち明けてしまった方が良い。
「…それでは、貴方は異世界の方ということですか?」
「信じられないと思うけど、そうなんです」
自分が異世界から何故か来てしまったことを伝えると、王女は半信半疑な表情を見せた。当たり前だが。自分だって、未だに信じきれていない。
このまま不審者扱いされて、城から追い出されるかと思ったが、オレの予想に反して返ってきたのはキラキラとした興奮した笑顔だった。
「!まあ!なんて素敵なこと!では是非、異世界の話を聞かせて下さいな」
あまりに喰いついた王女の反応にたじろぐも、どうやら信じてくれたらしい。自分で言っておきながら、この王女の思考は大丈夫だろうかと思う。
「ソフィア様!そのような話を信じられるのですか!?明らかに怪しいですよ!」
グイグイと顔をこちらに近付けてくる王女に、側で見守っていた側近と思われる、先程の、白いマントを羽織った若い男が怒鳴った。まあ、妥当な判断だろう。寧ろ、王女の反応の方がおかしい。
だが、王女は何とも思っていないように男に目を向けると、ニコッと笑った。今までと違い、明らかな冷たいオーラを放って。
「あら、トキト。こちらの方は私の恩人ですよ?何処かの誰かさんの助けが遅いので、サキが助けてくれたのです。何か文句が?」
一人称を変え、サラッと嫌味を言って微笑む王女に、こちらも恐怖を感じる。トキトと呼ばれた男も押し黙ると、ハァとため息を吐いた。その様子に満足したのか王女はまたオレの方に目を向ける。
「あ!そうですわ!是非、私のことも名前で呼んで下さいな。『ソフィア』と」
「!それはいけません!!王女を呼び捨てなど!とんでもありません!!」
「あら?この方は異世界からいらしたのよ。私の身分など関係ないわ。何か文句が?」
ニコニコとしている王女と対照的に、怖い顔をしている男に同情する。この様子だと、毎日ワガママ王女に振り回されているのだろう。
と同情したのも束の間。またも押し黙ってしまった男の方から意識をこちらに戻した王女は、笑ったまま顔をこちらに近付け、「さあ、どうぞ」と脅してくる。そのマジな眼差しに気圧され、少し身体を引く。このままでは殺されると思い、思わず口を開く。
「そ、ソフィア!」
「はい。何ですか、サキ?」
オレが若干叫び気味に名前を呼ぶと、王女はまるで花開くように笑った。その表情に、こちらも笑顔が零れる。王女の嬉しそうな表情に側近の男もまんざらでもないような表情をしている。
この時。確かにオレの中に、『ソフィア』という大切な友人が出来た。
初めましての人もそうでない人も、この作品を読んで下さりありがとうございます。
初めて異世界転移の話を書きました。いや〜、とっても楽しいですね!
これからも頑張って書いていくので、是非是非楽しんで読んで下さい!
ありがとうございました。