幼女は奴隷を救い出す
更新が遅くてすみません。
これからも、早くて一週間に二回。
遅ければ一週間に一回のペースで更新するスタイルかと思いますが、
どうかご了承ください。
「だ、大丈夫ですか!?」
ユリスが倒れ込んだ少女を抱き上げる。
ボサボサではあるが、綺麗な赤髪が目を引くその少女は額から血を流していた。それが今倒れた時にできた傷なのか、倒れる前にできた傷なのかはわからない。けれど、自分で起き上がる事もできないくらいに朦朧としている様子だった。
「ヒール!」
ユリスが少女に回復魔法をかける。そんな時だった。
「ちょっと! アンタ達なにしてんのさ!」
きらびやかな服装の中年女性が迷惑そうな表情を浮かべていた。
「その子はウチの奴隷だよ! 勝手な事しないでくれる!?」
「け、けどこの子、血を流しています。私、回復魔法が使えるので……」
「そうやってお金でもふんだくろうって魂胆? 死にはしないから平気だよ!」
そう言って、少女の髪を鷲掴みにすると強引に引っ張り始めた。
少女は苦しそうに顔を歪め、そして呟いた。
「たす……けて……」
その瞬間、ユリスの中で何かが弾けた。
――もう誰も、自分の前で死なせない。
そう誓ったユリスの目の前で、今まさに苦しんでいる少女がいる。
血を流している少女がいる。
助けを求める少女がいる。
そんな状況を無視できるほど、ユリスは覚悟は軽くはなかった!
思い切り中年女性の手を叩き、払いのけると、自分の体を盾にするように背中を向ける。そして、静かな口調で言った。
「ナナちゃん……」
「な~に?」
「この子を助けます。手伝ってください……」
「了~解。ご主人様~」
ふざけた口調で、けれど目は全く笑っていないナナが間に入る。
「なんだいこのガキ! これは立派な窃盗だよ! 奴隷泥棒だよ!」
「ん~、けど私のご主人様は助ける気満々みたいだから、この子は貰って行くわね。取り戻したいのなら、力づくで来なさい!」
そう言ってナナは、周りの空気が凍るような恐ろしく冷たい眼差しで睨みつける。
その視線に中年女性は顔を引きつらせて後ずさった。
「くっ……おいバーディ! 何してんだい早く来な!」
中年女性が呼びかけた曲がり角から、2メートルを超える大男が現れた。
「こいつら奴隷泥棒だよ! 痛い目みせてやりな!」
「うぃ~……って、女の子? ぐへへ、お人形みたいなんだな」
のっしのっしとナナの目の前に立つと、その身長は二倍ほどもあった。
「おっきいわね~。これだけ巨体だと、気絶させた後に通行人の邪魔になりそうだわ」
「は? 何言ってんだおめぇ。オラを気絶させられる訳ねぇべ。大人しくオラ専用の人形になるんだな!」
そう言って大男は手を伸ばす。
ナナを鷲掴みにしようとするが、掴まれる瞬間にナナは地を蹴り、一瞬にして大男の目の前まで跳び上がった。
――「インストール! ヘカトンケイル!!」
体を捻り、自分の腕に遠心力を加え、大男の頬を横から殴りつけた!
ドゴオオォォン!!
まるで巨大な鉄球が勢いをつけて激突したかような音が鳴り響き、大男の体は吹き飛んで、道の横にそびえ立つ壁に激突した。
――ヘカトンケイル。魔界に住む巨人族で、とてつもない怪力を持つ種族である。その攻撃力は、単純な物理攻撃力だけで言えば魔界最強と言われ、ドラゴンの強靭な鱗さえも引き裂く事から、『ドラゴンキラー』の異名を持つほどである。
そんな力で殴り飛ばされた大男は、壁にめり込んで白目を剥いていた。
「これで通行人の邪魔にはならないわね。じゃ、この子はもらっていくわ」
そう言ってナナはユリスの元へトコトコと走っていく。騒ぎが大きくなる前にこの場を離れたかったために、ナナは奴隷の少女とユリスを両脇に抱えて思い切り跳躍した。
そびえ立つ壁に乗り、そこから家の屋根に飛び移り、ピョンピョンと飛び跳ねながらナナは移動していく。そんな様子を、中年女性は唖然としながら見つめていた……
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奴隷が法律として認められている街、ドルン。この街の中央には噴水が設置されており、その噴水を囲むようにベンチが取り付けられていた。
そのベンチに奴隷の少女を横たえて、今ユリスが回復魔法をかけ終えていた。
「全部治したけど酷い状態でした。体中にアザがあって、骨にヒビが入っている箇所もいくつかありました……頭を強く殴られたみたいで、軽い脳震盪を起こしているせいで今はまだ眠ってます」
ユリスが慈しむように、赤髪の少女の頭を優しく撫でる。
「私、やっぱりこの街嫌いです……こんなの人がやる事じゃありません」
そう言って、勢いよく立ち上がった。
「だから私、この街にいる奴隷を解放してあげたいと思います!!」
「え……? 奴隷を解放……? そんな事できるの……?」
「ふっふっふ……私にいくつか考えがあります! 参謀役である私に任せて下さい」
ユリスのその役がまだ活きていた事に驚きと戸惑いを隠せないナナであった。ちなみに、魔物討伐任務の時にユリスが立てた作戦はほとんど意味がなかったのはここだけの話である。
そして自信満々の表情で、ユリスは道行く人に届くような大声を出した。
「奴隷のみなさーん! 私達は今ここに、奴隷を解放する事を誓います! 助けてほしい人は、この指止~まれ!!」
シーン……
突然の宣言に驚きと戸惑いを隠せないナナであった。そして集まる奴隷など一人もいない。
「私達は今ここに、奴隷を解放する事を誓います! 助けてほしい人は、この指止~まれ!!」
シーン……
諦めないユリスに驚きと戸惑いを隠せないナナであった。そしてもちろん、集まる人など一人もいない。
「グスッ……わ、私達は、エグッ……奴隷を解放する事を、ヒック……」
「わ~!? もういい! もういいわユリス。あなたは十分に頑張った! だから一旦落ち着きましょ!」
誰にも遊んでもらえない子供のように泣き始めるユリスを、必死になだめるナナであった……
道行く人々はチラチラとこちらを見てはクスクスと笑っている。
「わ~ん!! 誰も集まってくれないです~……」
「当たり前でしょ……子供の私達がいきなりそんな事を言って、じゃあ助けてもらおうと信じる人なんていないわ」
「じゃあ次の作戦です! ナナちゃん手伝ってください!」
「わ、私……?」
何をさせられるのか、ビクビクと怯えるナナだった。
「ナナちゃん前に言ってましたよね。七盟友の中にサキュバスがいるって! サキュバスってアレですよね? 人を魅了する種族ですよね! その能力をインストールして、この街の人々を魅了するんです! どうですか? 完璧な作戦です!」
ユリスの作戦を聞いて、ナナは言葉を詰まらせた。
「あ~……あのねユリス。確かに私はサキュバスの遺伝子を取り込んでいるわ。けどインストールで引き出せる能力は魅了じゃないのよ……」
「ええ~~!? じゃあサキュバスの能力って何なんですか!?」
「え~っと……バリア? いや空間支配かな? 固有結界かも……? よくわからないわ」
「なんで使える本人ですら認識が曖昧なんですか!?」
そんな釈然としないユリスに、ナナは言い聞かせるように語り出した。
「サキュバスの食事ってね、生物から精気を吸う事なの。ヴァンピールと仲が良くなったサキュバスは血を提供して、ヴァンピールは精気を提供する。そうして二つの種族で循環できるようにしているの。そしてある日、サキュバスは思ったんだって。『もう食事のために獲物を捕らえる魅了の能力はいらない。だからこの能力を組み変えて、別の能力を作ろう。必要なのは……そう! 大切な仲間や、友達を守る力だ!』ってね」
「なんですかそのサイドストーリーは!? いい話で私の心をキュンキュンさせちゃってますが、おかげで私の作戦は台無しですよ!!」
「そんな事言われても……」
怒りながらも、その表情はほんわかと和んでいた……
「じゃあもう、ナナちゃんがこの街を崩壊させて、奴隷だけを救出すればいいんです! もうそれ以外に方法はありませんよ!」
そしてこの作戦である……
「私は別にそれでもいいけど……奴隷と関わってない無関係の人間に迷惑よ? それにユリスって今のお尋ね者状態の誤解を解こうとして付いて来てくれてるんじゃなかったっけ? そんな事したらもう言い逃れできないくらいの悪評が付くわね」
「じゃあどうしたらいいんですか!? ナナちゃんには何かいい案があるんですか!?」
「いや、私だって法律とかよくわかんないし……それにねユリス。もしも奴隷を解放できたとして、その後はどうするの? 大勢の子供達なんて私達だけじゃ面倒見きれないわよ?」
そう言われると、ユリスは固まって考え出した。
「う~んと……両親の元に帰してあげればいいんじゃないでしょうか?」
「……多分だけど、親のいない子供や、捨てられた子供が奴隷になってるケースが多いだろうから、親の元へ帰すっていうのは難しいと思うわ」
「も~!! ナナちゃんさっきっから否定ばかりです! 全然私の力になろうとしてくれません! も~も~!!」
ついにユリスが駄々をこね始めた。ナナとしてもどうしていいのかわからないが、ここは一つ、段階を進めてみる事に決めた。
「ご、ごめんねユリス。じゃあさ、奴隷解放はひとまず置いておいて、奴隷を解放した時の準備を始めるってのはどうかしら?」
「準備?」
「私ね、この旅を始めた時から考えていた事があるの。普通じゃ入り込めないような所に拠点を作って、そこで自給自足の生活をするの。そうすれば冒険者から狙われる事も少ないでしょ? そこに解放した奴隷を連れて行けば、助け合いながら生活もできるし、賑やかにもなるわ!」
「なるほど……で、どんな準備をするんですか?」
「付いて来て!」
そう言ってナナは歩き出した。ユリスは未だ眠り続ける赤髪の少女を背負い、後について行く。
そうしてしばらく歩くと、ナナは一軒の店に入っていった。ユリスがその店の看板を見ると、そこには『奴隷売買』と書かれている。
「ここ奴隷のお店ですよ!?」
「そうよ。ごめんください。奴隷を一人買いにきたのだけれど」
「お嬢ちゃん。お金は持ってるのかい?」
「もちろん持っているわ」
戸惑うユリスを気にも留めずに、ナナは受付の男性と話を進めるのだった。
ナナはギルドから得た報酬をカウンターに置くと、受付の男性は少し驚き、商売を始めようとする。
「……ふむ。どんな奴隷をお望みかな?」
「そうね。元気があり余って威勢のいい子がいいわね」
受付の男性は名簿を見ながら吟味する。
「ふ~む……一人いるな。お嬢ちゃんと同い年くらいの女の子だが、それでもいいかい?」
「ええ。構わないわ」
ナナがそう答えると、男性は奥の部屋へと入っていく。
あとに残されたユリスは、ヒソヒソとナナに話しかけた。
「もしかしてナナちゃん、お金を使って全ての奴隷を解放しようという作戦ですか!?」
「違うわ。準備を始めるって言ったでしょ? この街の法律をなんとかしないと、私達がどれだけ奴隷を買っても根本的な解決にはならない。それに私達はお尋ね者。ギルドから仕事が請け負えなくなるのも時間の問題だわ」
そう話していると、奥の部屋から一人の少女を連れてきた。
「放せ! 私は絶対に奴隷なんかにはならないからな! 放せこのハゲ~!」
注文通り、かなり強気で威勢のいい少女のようだ。
「ほら、おとなしくしろ! お前を買うのは同じくらいの女の子なんだ。ラッキーだと思え!」
そう言われて少女はナナを見る。目が合うと奴隷の少女は驚いた表情を見せていた。
薄い茶髪のショートカット。灰色の地味な奴隷服を着た少女は、ユリスよりも頭一つ分背が低く、ナナと同じくらいの身長だ。
「まいどあり~! またどうぞ~!」
受付に見送られながら、奴隷を引きつれてナナ達は店の外へ出る。
すると奴隷の少女が未だに混乱した様子で話しかけてきた。
「あの、アンタ達、親のおつかいで私を買ったのか?」
「違うわ。私達は二人で行動していて親はいない。あなたには協力してほしい事があって買ったのよ。あぁ、私はナナ。こっちはユリス。で、ユリスが今背負っているのが……まだ名前を聞いてないからわからないわ」
「……私は……フィーネだ」
ユリスの背中で眠る赤髪の少女を覗き込みながら、フィーネは名前を明かしてくれた。
「フィーネ。いい名前ね」
「……っ」
「それでねフィーネ。あなたの力を貸してほしいの。私達、この街の奴隷を全て解放しようと思っているのだけれど、その方法がわからないの。どうやったら奴隷って解放できるのかしら?」
「「ええええぇぇぇ~~~!?」」
フィーネだけではなくユリスまでもが驚いていた。
「奴隷の解放!? そんな事分かる訳ないだろ!?」
「そう……もしかしたら頭のいい子を買った方がよかったのかしら?」
「いやいや、子供に聞く時点で絶対参考にならないだろ!」
「そうね。まぁそれはどうでもいいわ。本題は別だから」
「いいんかい!」
飄々としているナナに振り回されながらツッコミを入れるフィーネであった。
「本題はね、私達現在進行形でお尋ね者なのよ。だから誰も立ち入らないような場所に拠点を作りたいのだけれど、あなたにはその拠点を守り、奴隷を解放した時にはその子供達の面倒を見る役目をやってほしいのよ」
「は、はぁ!? 子供達の面倒を見るっていう理屈はわかるけどさ、誰も立ち入らない場所なら何から拠点を守るつもりなんだよ?」
「それはもちろん魔物からよ? この街の外に拠点を作るのだから」
そう言うと、フィーネの顔色は一気に青ざめていった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 本気で言ってんのか!? この辺の魔物って100レベル以上あるんだぞ!?」
「そうね。正確に言えば、この大陸で一番魔物が強いと言われる北の方に拠点を作るつもりだから、フィーネには最低でも200レベルにはなってもらうつもりよ。だから一番元気のいい子を選んだんだもの」
「「えええぇぇぇ~~~!?」」
再びフィーネだけではなく、ユリスまでもが驚いていた。
そうして、その場には二人の絶叫がこだまするのだった……