幼女は異世界で楽しく過ごす
——チチチ、チュンチュン!
鳥の鳴き声が耳に入り、ナナは静かに目を開いた。
そこはいつもの見覚えのある天井で、すぐに自分のベッドであると理解できた。しかし、今が何時で、自分がどれだけ眠っていたのかはわからない。そもそも意識を失ってから、その後はどうなったのかがわからなかった。
ナナは周囲の気配を探ってみる。すると近くに一人だけ気配を感じる者がいた。その者は今まさにこの部屋へと向かってきて、ドアを開けて中へ入ろうとしていた。
「ユリス!?」
ナナは期待を胸に名前を呼んだ。真っ先にユリスの顔が見たかった。しかし――
「――おや、ナナお嬢様、目が覚めたのですね。おはようございます」
部屋に入って来たのはジェイドであった。もちろん四肢は再生しており、普通に歩いてドアを開ける事もできるようになっていた。
それによってナナの心臓は跳ね上がる。
「ジェ、ジェイド……? ユリスは? 他のみんなはどうしたの?」
気配を探るが、近くには人の気配はまるでない。
「ああ、ナナお嬢様のお友達でしたら――」
息をのんで言葉を待つ。その間、胸騒ぎは止まらなかった。
「――全員、僕が殺しましたよ」
それを聞いた瞬間に、ナナは目の前が真っ白になっていった。
「お嬢様がいけないんですよ? 僕にトドメも刺さずに気を失うんですから」
「う、嘘……」
必死に気配を探るが、何度確認しても人の気配は感じられなかった。
「なんで……ユリスはアンタを殺すのを止めてくれたのに……」
「そんな事は関係ありません。僕は目的に忠実な男ですから」
「よくも……よくも!!」
睨みつける。やはりあの時殺しておくべきだったと、ナナは後悔した。
悔しさとやるせなさで身を焦がし、涙が溢れてくる。
「みんなを返せ!! ジェイドーーーー!!」
飛びかかろうとしたその瞬間だった。
「騒がしいですね。ナナちゃん目が覚めたんですか?」
普通にドアを開けてユリスが部屋に入ってきた。
「もー! ナナちゃんが起きたらすぐに知らせてって言ったじゃないですか」
「ユリスお嬢様、申し訳ありませんでした。僕もつい嬉しくなって、はしゃいでしまったのでございます」
打ち解けたように会話する二人を見比べながら、ナナは唖然としていた。
「ジェイドさん、ナナちゃんに意地悪しないで下さいね!」
「いやぁ、ナナお嬢様なら僕の嘘なんてすぐに見破ると思ったんですが……」
どうやら遊ばれていたようで、それを理解したナナは怒りよりも先にユリスへの愛おしさが込み上げてきた。
「ユリスー!! ユリスユリスユリスー!!」
ベッドから飛び跳ねてユリスに抱き付く。
二人はその場にゴロンと転がってしまった。
「ユリス大丈夫!? ジェイドに何かされてない!? みんなは無事なの!?」
「あはは。大丈夫ですよ。みんなも無事です。ジェイドさんはあれからとても友好的なんですよ」
ジェイドを見ると、ニコニコと微笑んでいた。
「さすがの僕も、ユリスお嬢様の心の深さには感服致しました。このお方なら、ナナお嬢様のパートナーに相応しいと判断した次第でございます」
しかし、ナナにはよくわからない事もあった。
「けどさ、みんなの気配を全く感じないんだけど?」
「今はまだ早朝ですからね。他の皆様はまだ寝ています」
「けどユリスの気配もなんだか判りにくいわ……」
「ふむ。ナナお嬢様は僕との戦闘後、三日間眠り続けていました。そのせいで一時的に能力が落ちているのでしょう。リハビリをすればすぐに元に戻りますよ」
言われてみれば、体がやたら重くて動かしにくいとナナは感じた。
これが能力を二つ同時に使用したことによる体への反動なのだろう。
「私、もっと修行を頑張るわね! ダブルインストールをちゃんと使いこなせるようになりたいわ!!」
「そうですね。あれには僕も驚きました。飛躍的な戦闘能力の向上に繋がるでしょう。特に、姿が消える能力とヴァルキリーや、重力を重くする能力とヘカトンケイルの組み合わせはもはや反則でございます……」
「最終的には転身とヘカトンケイルを同時に使えるようにしたいわ! 出来るようになったらジェイドで試してあげるわね」
「いや、それができるようになったら僕の体は一瞬で粉砕してしまいますよ……」
さすがのジェイドも青ざめていた……
そしてリハビリも兼ねて体を動かしていると、子供達が次々と起床してくる。その中でも一番けたたましかったのはトトラであった。
「師匠~!? 目が覚めたんスね! 良かったスよ~」
「心配かけたわね。もう大丈夫だから」
「うぃッス!! ところで師匠のレベルの話、ジェイドさんから聞いたッスか」
トトラは元々レベルという概念にご執心だ。
レベルはどこまで上がるものなのか。限界は存在するのかなど、思いのたけを語らせたら止まらなくなりそうなほどである。
「ううん。聞いてないわ」
「師匠が寝ている間に、ジェイドさんから見たみんなのレベルを教えてもらったんスけど、師匠のレベルは大体三万らしいッスよ。魔界で一番ランクが高い最上位種族が三万から五万くらいって話ッスから、師匠は最上位と肩を並べるレベルになったんス!! もうこの域になると、世界を滅ぼせるレベルらしいッスね。師匠まじパネェッス!! まじリスペクトッスよ!! 一生ついて行くッス!!」
トトラはナナの腰にしがみ付いて興奮を抑えきれない様子だ。
以前、ナナが魔界の住人についてレベルを予測したことがあるが、あれはあくまでも自分のレベルが不明なナナが弾き出した数字であって正確ではない。
その点ジェイドは若干不安定ではあるが具体的なレベルを告げられているので、それを元に弾き出した数字は信憑性があるのだ。
と、そんなやり取りを踏まえながらナナは拠点の子供達と挨拶を交わしていく。そうして朝食の調達に赴く時間になった頃、ジェイドはペコリとお辞儀をしてナナに告げた。
「ではナナお嬢様。僕はそろそろここを出て行こうと思います。修行をおろそかにしてはいけませんよ」
「あら。どこに行くの?」
「僕は魔界へ帰る方法を探して参ります。お嬢様が素直に帰ってくれるかはわかりませんが、取りあえず方法だけでも見つけておかないと……」
ナナは舌を出して否定的な態度を示す。その代わりにユリスが丁寧に見送ろうとしていた。
「まぁとにかく、帰るかどうかは方法が見つかってから考えましょう。気を付けて行ってきてくださいね」
「ありがとうございます。それではユリスお嬢様、ナナお嬢様をよろしくお願い致します」
そんな二人のやり取りを見ながら、ナナはポツリと呟いた。
「二人はずいぶんと仲良くなったのね……」
「そうですね。ユリスお嬢様は僕がこうして敬意を払うに値する器だと判断しています。ナナお嬢様にしてみれば、『私以外をお嬢様と呼ぶなんて信じられない。何デレデレしてるよのまったく』と言いたいのでしょうけど、これは性分ですので」
「思ってないわよ!! 真顔で気持ち悪い事言わないで!! 演技されても気持ち悪いけどね。私はユリスが心配だったの!!」
さらに言えば、かなり爽やかの声で言うところがシュールであった……
ナナはユリスに抱き付いて、出来るだけジェイドから遠ざけようと引っ張っていく。
「ユリス、あまり気を許しちゃだめだからねっ!! こいつは演技もうまいんだから!! 心の中では何を考えているかわかったもんじゃないのよ」
「えへへ~、そうなんですかぁ~?」
こんな時でもナナに抱き付かれてユリスは幸せそうであった……
そしてジェイドはため息混じりに耳を疑うような発言をする。
「やれやれ、僕は本当にユリスお嬢様の事は認めていますよ。ナナお嬢様はユリスお嬢様と婚姻されるおつもりなのでしょう? 僕は大いに賛成ですよ」
それを聞いた二人の目が皿のように丸くなる。
互いに顔を見合わせると頬を赤くして、ナナは抱き付いていた手をゆっくりと離した。
「えっと……ナナちゃんは私と結婚したかったんですか?」
「そそそそんな訳ないでしょ!? そもそも女の子同士なのに!!」
それを聞いたジェイドは不思議そうな表情を浮かべる。
「おや? もしかしてナナお嬢様はご存じないのですか? 元々ヴァンピールは自分のパートナーとなる相手を決めるのに性別をあまり気にしません。気に入った相手の血を吸っていれば子供も出来ますし」
「そうなの!?」
初耳であったナナは素直に困惑する。
「そんな訳ないって言われてフラれました……」
そして拒否られたユリスは素直にへこんでいた。
「いや、別にユリスの事が嫌いってわけじゃないからね!?」
「そうなんですか? じゃあ、好き……ですか?」
「はい」、とも「いいえ」、とも言い難い状況で、ナナはなんと答えるべきか頭をフル回転させていた。するとナナが答えるよりも早く、ユリスが一言付け加える。
「私は……ナナちゃんの事が好きですよ。ナナちゃんを他の人に取られたくない……です」
深く俯いているせいで前髪が垂れて、その表情は見る事ができない。しかし、耳まで真っ赤になっているのだけは確認する事ができ、ナナの心臓はバクバクと跳ね上がっていた。
「やれやれ、では僕はもう行きますからね。帰った時には結果を聞かせて下さい」
そう言ってジェイドは小屋を出て旅に出る。魔界へ帰る方法を探す、長い旅の始まりであった。
「うわ~~~~~~ん!! わかんないよ~~~~~~!!」
そんなジェイドを追い越して、ナナはひたすら逃げ惑うのであった……
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「ふぅ~、オレンジジュースが美味しいわ」
ジェイドが旅に出てから一週間が過ぎた。
季節はすっかりと移り変わり、毎日暑い日を過ごす事を余儀なくされている。
そんなある日の午後、ナナはユリスを一緒にお茶……もといジュースを飲んでのんびりとしていた。
「僕にはちょっと甘すぎですね。コーヒーかお茶はないのですか?」
「すみません。ここには子供しかいないので、ジュースしか置いてないんですよ」
ユリスが謝るとジェイドはニッコリと微笑み、出されていたジュースを一気に飲み干す。
「ってか、なんでジェイドがここにいんの!? 戻ってくんの早くない!?」
ようやくナナからツッコミが飛び出した。
「いやぁ、実は帰る方法を探しているうちに召喚術を研究している人物に巡り合いまして、色々と協力する流れになってしまったのでございます。それで、あちらをご覧ください」
ナナはジェイドに言われて窓の外へ視線を移す。するとその光景に口の中のジュースを一気に吹き出した。
なんと、外には巨人がこちらに向かって歩いて来るではないか。
距離にして約一キロほど離れてはいるが、その巨体から普通に肉眼で確認できるほどに大きかった。
「何あれ……? ヘカトンケイル?」
「だったらまだ良かったんですけどね。どうやらレベルは五万らしいですよ」
「レベル五万!?」
驚きと戸惑いで声を荒げる。そんな時、この部屋の扉を勢いよく開け放ち、フィーネ達が転がり込んで来た。
「おいナナ! なんか巨人がこっちに向かってきてんだけど!? あれがヘカトンケイルか!?」
似通った思考回路だった……
とにもかくにも、部屋に転がり込んで来たのはいつものメンバーであった。
フィーネ。リリアラ。ミオ。トトラである。
「とりあえず他の子供達は小屋の中へ避難させたッスよ、師匠」
トトラの報告を受け、それでもなおナナは頭を抱える。
「私も困惑しているのよ……ジェイド、ちゃんと説明して!」
「はい。僕は魔界へ帰る方法を探すために、召喚術の研究をしている人物に協力するところまでは話しましたね。実はその人物が、強大な召喚獣を呼び出す事に成功してしまいまして、その強さを計りたいらしいのです。当然僕の手におえる相手ではないので、ナナお嬢様の力を貸してもらうべく、ここへ連れて参りました♪」
「私を巻き込むなーーーーーーーーーー!!」
ナナの絶叫が部屋の中をこだまする。
「しかしもう連れてきてしまいましたから今更断る事はできません。ああそれと、あの召喚獣は空間を操作する能力をもっているのか、こちらの攻撃が一切届きません。だからこそ、ナナお嬢様の協力が必要なのです」
「いや、私だって空間を操作する類の能力なんか持ってないし……こういう時はユリスに決めてもらいましょう! ユリス、久しぶりに参謀としての出番よ!!」
突然振られたユリスは驚きながらも、その瞳を輝かせていた。
「そうですね……ではこういうのはどうでしょうか。まずは勝つのではなく、ナナちゃんがあの召喚獣の血を吸って能力を奪う事に全てを賭けましょう。勝てるかどうかはその後で決めるんです」
「なるほど。確かにナナお嬢様が能力を吸収すれば、あの能力の全貌が明らかになります。そうすれば十分勝機は見えますね。それでユリスお嬢様、血を吸うためにはどうやって近付いたらいいのでしょうか」
「はい。私の回復魔法を使えば、恐らく巨人の能力を中和して近くに行けるだけの穴をあける事ができます。問題なのは私が回復魔法を使っている間、あの召喚獣の気を逸らさなくてはならない事です。なので皆さんにも危険が降りかかるんですが、どうか注意を引き付けてほしいんです」
そう言ってユリスは一同の顔を見渡した。その中で怯えている者は誰もいない。むしろ全員がやる気に満ち溢れていた。
「フィーネちゃん!」
「おう! 修行の成果を見せてやるぜ!!」
フィーネが拳と拳をぶつけてガッツポーズを取る。
「リリちゃん!」
「いいよ。感情から相手の行動を先読みするのは得意なの! 私がうまく誘導してみんなをサポートするの!」
心強い言葉が飛び出し、場の士気が一層高まる。
「ミオちゃん!」
「気配を消すのと素早さに特化した私に向いた作戦でございますね。参加するのにやぶさかではありません」
ミオもやる気満々といった様子であった。
「トトラちゃん!」
「うッス!! 能力を吸収した師匠がどれだけレベルアップするのか楽しみッスね!!」
トトラが笑う。この状況で恐怖を感じている者は一人もいなかった。
「ナナちゃん!」
「わかったわよ。やればいいんでしょ! じゃあユリスは私が背負って回復魔法の届く範囲まで近寄るから、みんなはあの巨人の注意を引き付ける。いざとなったらジェイド、死んででもみんなをカバーしなさいよ!!」
「了解致しました!」
「それじゃあ作戦開始! 散開!!」
窓から一斉に飛び出して、全員が広がるように散っていく。
その中心でナナは、ユリスを背負った状態で舌なめずりをしていた。
「さぁて、アンタの能力も私が取り込んであげる。覚悟してなさい!!」
ナナの眼光が獲物を捕らえる獣のようにギラリと光る。
実力主義の魔界で修行三昧の生活に明け暮れていた幼女は、なんだかんだ言っても心の疼きを抑えられずにいた。
今日もまた、彼女の近くでは争いごとが絶えないわけだが、それはもはや運命なのかもしれない。
これにて完結です。お疲れ様でした。
ここまで読んでくれた読者の皆様、本当にありがとうございます!
評価やブクマ、誤字報告など、色々とお世話になりました。
これからもまだまだ執筆を続けていきますので、また別の作品で会えたらよろしくお願いします!!




