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幼女の異世界転移録  作者:
強者激突編
63/64

幼女は死力を尽くして立ち向かう②

 ——ズガアアン!!


 崩れる岩山の破片をさらに砕きジェイドが飛び出した。まるで十倍という重力の重みを感じさせないほどの早さで走り、途中でクルリと一回転を決めてナナにかかと落としを放つ。

 ナナがそれを受け止めると、足元の乾いた大地が沈み、クレーター状となる。しかし、ナナは確かにその攻撃に耐え、その足で立っていた。


「そんな!? さっきはこの重力が足枷となっていたはず……まさか!?」


 ジェイドが困惑し、あらゆる可能性を考慮した時にはナナの反撃は始まっていた。受け止めたジェイドの足を掴むと、思い切り地面に叩きつける!!

 とてつもない衝撃でさらに地面が沈下する。ジェイドの口から血が飛び散り、ナナに掴まれた足首は握り潰されていた。

 ジェイドはすかさず逆の足でナナを蹴り飛ばす。するとナナはよろめきながら掴んでいた足首を離し、クレーター状の窪地から飛び出した。

 重力はすでに元に戻り、ジェイドもナナを追って窪地から飛び上がる。そうして二人は一定の距離を置いて対峙した。

 ジェイドの握りつぶされた足首と、殴り飛ばされた時にガードした右腕からは煙があがり、瞬く間に修復していく。これがゾンビとして不死身と言われる回復力であった。

 ハンパな傷はすぐに回復するし、体そのものは死体であるためにタフで疲れを知らない。そんな彼だが、真剣な表情でナナに言葉を投げた。


「お嬢様、能力を二つ同時に使用しましたね!? そんな事はご両親でさえ試した事がありません。相性の悪い能力ともなれば、一つ組み込むだけで相当な負荷がかかります。そんな無茶な使い方を続ければ、自我が崩壊したり体の制御がきかなくなりますよ!」


 実は能力を組み込むにはある程度の相性が存在する。『転身』などは言わずと知れた代表的な例だが、その他にも体の原型を留めない『スライム』。体を鱗で覆われている『ドラゴニア』などは特に負荷が大きいのだ。


「……だから何?」


 ジェイドの言葉を聞いてなお、ナナは全く耳を貸さない。その表情は依然として目の前の相手を睨みつけていた。


「何って……自分の命が尽きてしまうかもしれないのですよ!? わかっているのですか!?」

「……私が負けたらみんなを殺すんでしょ?」


 ナナが拳を握る。強く握った拳からは血が滴っていた。


「初めてできた友達なの。初めてずっと一緒にいたいって思えたの。初めて自分の命よりも大切にしたいって思えたの……」


 ユリスと出会い、ナナの世界は一変した。

 修行しかしてこなかった人生に初めて潤いを感じ、闇で覆われていた心に光が差し込むような感覚だった。

 だからこそみんなを殺されると強く意識した瞬間に頭が熱くなり、自制心が崩壊した。


「私の大切な友達を、勝手に奪うなああああああああああああ!!」


 空気が震える。

 殺気がうねりをあげて吹き荒れる。

 その中心で、ナナは力を求めて手を伸ばす!


「ダブルインストール!! ヘカトンケイル、ライカンスロープ!!」


 ギュン! と、ナナがとてつもないスピードでジェイドの背後に現れ、脳天を叩くように腕を振り下ろす。

 ジェイドは気配でその動きを察知して、ギリギリの所で回避するとナナの腕はそのまま大地に突き刺さる。すると――


 ——メリメリメリメリ!!


 乾いた荒野に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、足元が不安定になる。まさに、獣の敏捷性と巨人の怪力を併せ持つとんでもないスペックを秘めていた。

 ジェイドも回復した足を使い、ナナをかき回す。しかし、スピードはライカンスロープを組み込んだナナの方が上で、しかも巨人族の超怪力はガードできない。ジェイドは完全にステータスで不利な状況となっていた。


 ——バキィ!!


 ついにナナの拳がジェイドの顔面にヒットして、その体を吹き飛ばす。ジェイドは二、三度転がりながら、四肢で地面を支え、四つん這いの状態で動きが止まった。


 ——ズズズズズ……


 頭を地面に押し付けるような恰好で、ジェイドの肌が黒く変色していく。殺気が膨れ上がり、手を付いた地面にヒビが入った。


「グルアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 頭をあげたジェイドの目は血走り、息を荒くしてよだれが滴り落ちる。それは完全に理性を無くしたゾンビとしての姿であった。

 ——デッドモード。それがジェイドの本気となった姿である。痛覚の無くなった体を酷使する事で驚異的な身体能力を遺憾なく発揮し、同時に自動回復による治癒で死ぬ事はほぼないと言える。

 そんなジェイドが、獣のように四つん這いの状態から地を蹴った!

 ナナにも負けず劣らずの猛スピードで襲い掛かり、かつヘカトンケイルの怪力にも引けを取らない攻撃力で積極的に攻めてくる。痛覚が無いために、その動きはほぼ捨て身であった。

 ガツン! と、ジェイドの攻撃がナナに当たり、弾き飛ばされた体は後方の岩山にぶつかった。

 背中を岩山に密着させ、逃げ場のないところにジェイドが突っ込んで来た。

 不気味な唸り声を上げ、自身の限界値を超えた力でナナに拳を振るう。


「ダブルインストール……ドラゴニア、メデューサ!!」


 渾身の力で振り抜いた拳が、ナナの額に命中した。その衝撃は体を突き抜け、背中を密着させていた岩山をも粉砕する。

 ……しかしナナは耐えた。額で強烈な一撃を受け止め、なお倒れる事なく立っていた。ドラゴニアの強靭な防御力が、ジェイドの拳よりも勝っていたからである。

 さらに、ナナの額にぶつけたジェイドの拳が石となる。その石化は広がり、右肩まで浸食していった。


「ぐああ!?」


 ジェイドはよろめき後ずさる。その右腕は完全に使い物にならなくなってしまっていた。

 ——メデューサ。それは視界に映る全てを石に変える能力を持った種族である。争いが嫌いなためその能力を使う事は滅多にないが、逆に怒らせるとその石化の効果はどの種族からも恐れられている。

 ナナも基本的にはこの種族の遺伝子は使わないようにしている。なぜならば、この石化はナナ自身でも解く事ができないからである。

 唯一ユリスの回復魔法なら解く事ができる可能性は高いが、誤ってそのユリスを石化させてしまっては大変である。だからナナは、今回のようなよほど動きを止めたい相手でない限りは、使用を封印している能力なのだった。

 ジェイドは唸り声をあげながら、石化した自分の右腕を折って投げ捨てる。使えない腕をぶら下げていても邪魔になるだけだし、石化したままでは再生できないからだ。

 放り投げた右腕は地面に落ち、砕けて粉々になる。それと同時に、再びジェイドが動き出した。右腕を失いバランスが変わったにも拘らず、その動きは卓越したものであった。


「サキュバス、ヘカトンケイル!!」


 ナナに襲い掛かるジェイドの動きが一瞬止まる。その一瞬を逃さずに、ナナはジェイドを地面に叩きつけた!

 サキュバスの結界は結界に非ず。その効果は、触れたモノ全ての慣性を強制的にゼロにして止める事ができる。故に、身を守るだけではなく、相手の動きを止めたい時にも有効なのだ。

 そして同時に巨人族の力でジェイドを地面に屈服させる。背中を踏みつけ動きを抑え、左腕を強引に引っ張った。


 ——ミチミチミチ……ブチッ!!


 ジェイドの体から左腕を引き千切ると、そのまま空中に投げ捨てた。

 ジェイドは体を削る覚悟で踏みつけられていた状態を滑り抜け、投げ捨てた左腕に飛びついた。口で咥えると、左腕を元の位置に付着される。するとたちまち腕がくっつき、再び動くようになった。


「ガアアァァ……」


 理性のない獣のように唸りナナを威嚇するジェイドに、次なる作戦を決行する。


「アルラウネ!!」


 ジジッと、ナナの姿が透明化する。

 そんなナナの目の当たりにすると、ジェイドは思い切り地面を踏みしめた!


 ——ズダアアアアアン!!


 地面に振動が広がる事で大地の砂埃が一斉に舞い上がり、周囲に立ち込める。こうする事で透明化したナナの位置を探ろうとしていた。

 透明化してもその空間に存在するのは確かな事で、空気中に舞いあがる砂埃の動きでナナの位置を特定したジェイドが動き出す。

 狙いを定め、長い脚を鞭のように振るって透明化したナナを攻撃した!


 ——ズバッ!!


 次の瞬間ジェイドの右足は切断され、明後日の方向へと飛んで行く。まるで鋭い刀に蹴りを放ったかのような切り口であった。


「がぁ!?」


 困惑してその場から離れようと飛び退くジェイドだが、それと同時に今度は左腕が切断された。

 今、飛び退かなかったら体が真っ二つに両断されていたかもしれないというタイミングであった。

 左足一本になったジェイドは案山子かかしのように立ちすくむ。するとそこに、透明化を維持できなくなったナナが姿を見せた。するとその手には光り輝く剣が握られていた。


「ぬぅ。姿が消える能力とヴァルキリーか……」


 ジェイドが理解したかのようにそう呟く。

 アルラウネで姿を消したのちに、ヴァルキリーの気功術で剣を生み出したのだ。


「グルルルルゥ……」


 ジェイドが片足で前のめりとなり、力を込める。それは、追い込まれた者の決死の突撃のようであった。

 それを見て、ナナも気功剣を構える。


「ライカンスロープ!!」


 ヴァルキリーと並行してライカンスロープを組み込んでいく。五感を強化し、少しでも反応速度を高めようという考えであった。

 両者が睨み合い、ついにジェイドが地を蹴り突撃を開始した!

 片足とは思えないほどのスピードで突っ込み、体を捻り、左足をしならせる。

 ナナは動かずにジェイドが振るう足を見つめ、剣を一閃させる。

 両者がすれ違うと――


 ——ズバァ……


 残った足が切り落とされ、四肢を失ったジェイドは地面を転がった。

 羽根をもがれた羽虫のように、ジェイドには地面をのたうち回るしかできなくなったのだ。


「私の勝ちよ。ジェイド」


 ナナが気功剣をジェイドの額に突き付ける。するとジェイドからどす黒い色が抜け落ちて、いつも通りの生きた人間の肌へと戻っていった。


「そう……ですね。僕の負けです」

「私が勝ったらどうするか。わかっているわよね?」


 ナナの表情は依然として強張ったままであった。それも当然の事だろう。ナナは魔界にいた時から考えていたのだから。


「わかっていますよ。僕を殺すのでしょう」


 そう。ナナが歪持ちと呼ばれ、恐れられた原因でもあるジェイドへの殺意である。

 ナナは修行していた頃から、彼よりも強くなった時はその手で殺すと誓ってきた。そうしないと自由は掴めないと思っていた。


「いいですよ。僕はお嬢様に殺されるためだけに今まで生きてきました。この瞬間のためだけにお嬢様を鍛えてきました。魔界に帰る事は叶いませんでしたが、それでもいいでしょう……」


 ジェイドはいさぎよかった。死を受け入れていた。だから、ナナの持つ剣がピクリと震える。


「何か言い残す事はない?」


 若干の躊躇ためらいを誤魔化すように、そう問いただす。


「ありません。僕の役目はここで終わったのです。お嬢様に恨まれようとも、僕を超える強さを身に付けるために鍛え上げる。それが叶った今、言い残す事はありません。強いて言うのなら、ナナお嬢様、今まで本当にすみませんでした……」


 ナナの心に迷いが生じる。今までジェイドを殺す事を目標に修行を乗り越えてきた。辛い想いに耐えてきた。その終着点で、そんな風に謝られるなんて思いもしなかった。ただただ見苦しくもがき、言い訳を並べて惨めに泣き叫ぶと思っていた。

 だから、迷う。


「わ、私は、アンタを殺すから!」

「はい……」


 自分に言い聞かせるように、口に出す。


「アンタを殺さないと、友達が……みんなが危ないから殺す!!」

「はい……」


 ジェイドは抵抗しない。今では静かに目を閉じていた。


「絶対に殺す! 変更はしない! 今までそのために修行をこなしてきたんだから!!」


 剣を振り上げると、今までの思い出が蘇ってきた。

 辛く険しい修行の日々だった。けれど、その中で妥協してくれた事も、助けてくれた事もあった。思い出は美化されると言うけれど、これもそうなのだろうかとナナは迷う。


「惑わされない!! 私はアンタを許さない!! だから……さよなら!!」


 考える事を辞め、心を殺して、ナナは剣を振り下ろそうと力を込める。

 この時、ナナの瞳から光が消えた……


 ——ポン。


 剣を振り下ろそうとした瞬間に、ナナの肩に何かが触れた。戦いで感情が高ぶっていたナナは背後に立つ気配に気が付くと、振り下ろそうとしていた剣を背後にいる人物に突き付けた!


「ナナちゃん、笑って下さい」


 背後に立っていたのはユリスであった。勢い余って突き付けた剣で、首から一筋の血が流れるのを全く気にしない様子でユリスは手を伸ばす。


「ナナちゃん、今すごく怖い顔をしています。だから笑って下さい」


 そう言ってナナのほっぺを握り、にゅ~んと引き延ばした。


「な、何するの!? ユリスは下がってて!!」


 ナナは反射的にユリスの手を振り払う。彼女がなぜこんな時にふざけるのか理解できなかった。


「でもナナちゃん迷ってます。本当は殺したくないんじゃないですか?」


 ユリスにそう言われて、ギクリと喉の奥が詰まったような感覚となる。


「それは……でも殺さないとダメなの! こいつは危険すぎる! 生かしておいたらまたみんなを殺そうとするかもしれないでしょ!」

「けど、その時はまたナナちゃんが追い払ってくれればいいじゃないですか」

「次に襲ってきた時に私が勝てる保証なんてないのよ!? 不意打ちをしてくるかもしれないし!」

「けど、ジェイドさんの目的はナナちゃんを自分よりも強くする事なんですよね? もう目的は果たしたので、そんな風に襲う必要があるんでしょうか?」

「魔界に帰るのも目的なの! それを邪魔するみんなを排除しようとするのがコイツの性格なのよ!?」


 ナナが必死に説得するが、ユリスはキョトンした表情のまま気の抜けた声で言い返してくる。


「ん~……けど、私はナナちゃんが殺したくないのを無理して殺そうとする方が嫌ですよ?」

「わ、私は別に……嫌じゃないし……」


 するとユリスは、そっとナナを抱きしめる。


「ナナちゃんが無理して知り合いを殺して、この先笑う事ができなくなるなんて私は嫌ですよ? ナナちゃんは本当に殺すのが平気なんですか?」

「わ、私だって……本当は殺したくなんか……」


 本音が漏れる。ユリスに優しく包まれていると、それだけで気が抜けてくる。


「ならもういいんです。ナナちゃんは頑張ってくれました。もうこれ以上無理する必要なんてないんです」


 全てを見透かされ、全てを赦され、ナナは一気に体の力が抜けていった。

 ガクリと膝が崩れ、ユリスに全てを委ねるように倒れ込む。

 意識が朦朧として目の前が真っ暗になっていくそんな中でも、ユリスに包まれている安心感で特に不安に思う事なく、ナナは静かに気を失っていくのであった。

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