幼女は夏日に陽炎を見る②
——陽炎。それは不確かな存在だった。
とある大陸で、突然変異によるレベルの高い魔物が出現し、それを討伐するためのクランが結成された。
メンバー一同が目撃情報のあった場所を捜索すると、そこにはすでに死体となった突然変異の魔物がいた。
武器を使ったような傷は見られなかったため、事故か天災か、そういった死に方だと判断する一方で、まだ人が倒したという可能性を唱える者もいた。
確かに、魔法や固有能力を持つ強者が討伐したという可能性はゼロではない。
そしてその噂は、一時的に大きく広がる事となる。
確証の無い噂だろうと、そこに魅力やロマンがあれば人は引かれるのだ。
名誉なんて興味のない、王族にすがらない者。
金なんて必要としない、貴族に飼われる事を嫌う者。
そんな地位も名誉も金銭でさえ欲しない、孤高の強者がこの世界にはいるのだと人々は胸を高鳴らせる。
そしていつしか、そんな噂話を聞いた一人の詩人が勝手に謳った。
それは日の光に揺らめく、不確かで姿の見えない存在。『陽炎』と……
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——ズサァ!
ナナが一瞬で背後に回り、手刀を振るった。
しかしそれをシンディはステップを踏み、距離を開ける事で回避する。
すかさずナナはダッシュで距離を詰め、すれ違い様に拳を叩きこもうとする。
だが、その攻撃もシンディは体を捻り、器用に回避する。
(攻撃が当たらない。この人、避けるのうまいわ。それなら――)
再びナナは高速でシンディの周囲を駆け巡りながら、フェイントを踏まえて攻撃を仕掛けた。
ブンッ!
ナナの拳が空を切る。フェイントも本命の一撃も、シンディはその全てを回避していた。
「ところでさ、あの子ってレベルいくつなの?」
二人の闘いを観光客と一緒に、少し離れた所で見ていたゼルがユリスに聞いた。
その表情はにこやかで楽しそうである。
「えっと、ナナちゃんのレベルはわかりません。歪持ちって、そういうレベルがうまく計測できない存在なので……」
「ああ~、そういう正式な数字じゃなくてさ、これまでに色んな人と戦ってきたんでしょ? その人達と比べて、大体このくらいかなって数字でいいんだ」
ふむ、とユリスは口元に人差し指を当てて考える。
「そう言えばトトラちゃんが、大体5000くらいはあるって言ってました」
「へぇ~! だとしたらシンディといい勝負になりそうだね」
ニコニコと常に笑顔のゼルが、さらに楽しそうにそう答えた。
「それって、あの子のレベルもそのくらいはあるって事ですか?」
「そうだよ。この観光に参加する前に、適当なギルドに寄ってシンディのレベルを計ってきたんだ。その時に計測された数字は約6000だった。細かい数字は忘れたけどね」
レベル6000という数字を聞き、近くにいた剣美も顔が引きつる。
ユリスは両手を合わせて、ナナの無事を祈るばかりであった。
——パチッ!
シンディの体から黄金色に輝く一筋の光が伸びるのをナナは見逃さなかった。
(今のは電気? カミナリ使いなのかしら? だとしたらかなり相性はいいわね。私には電撃が効かないもの)
そう思い、ナナは一旦動きを止めて相手の出方を見る。
するとシンディが前のめりとなった。
パリパリっと足元に電気がほとばしったかと思うと、一瞬でナナの目の前まで移動する。そこから連続攻撃を繰り出した。
ナナはそれらを華麗に回避する。
(動きは速いけど、格闘術は別に凄くはないわね)
そう考えながら反撃の糸口を探る。
ナナはシンディの掌底を捌くため、その攻撃を受け流すように相手の手首に触れて軌道を逸らす。そんな時だった。
——バチンッ!!
「っ!?」
ナナの体に電撃が流れる。
シンディは掌底を受け流されてバランスを崩していたが、すぐに追撃を放った。だが、ナナは大きく飛び跳ねて距離を開ける。
「あなた、よく動けるわね。こんな事は初めて……」
表情を一切変えず、本当に驚いているのかよくわからない感じでシンディが言った。
「おあいにく様、私に電撃は効かない。強引に耐性を作らされたもの」
「……そうなの? 私の『触雷』は大型の魔物でさえ黒焦げにするくらいの威力はあるんだけど……」
(だからね。この私でもそうとう堪えるわ……何度も喰らうと流石にヤバいわね……)
ナナはやせ我慢をしていた。本当はかなりの衝撃だったのだ。
(って言うか、ちょっと触れただけでこの威力は反則でしょ!)
ナナは両足に力を込める。そして本気で踏み込み地を蹴った。
回り込むような事はしない。全力で真っすぐに突撃して、本気のストレートを叩きこもうとした。
しかしシンディはひらりと身を翻し、その一撃を回避する。
(やばっ! 正面からの一撃を避けられると反撃が怖い!!)
ナナは全力で横に跳ぶ。幸いな事に、シンディは反撃を仕掛けてこなかった。
(……おかしい。私の攻撃を完全に見切っているように避けるくせに反撃はしてこない。まるで避けるのが精一杯で反撃まで体がついていかないみたい。でも全然辛そうな顔してないし……って無表情だから何考えてるか読めない!!)
パリパリっとシンディの体に電流がほとばしるのが見える。
(電気……? まさか!?)
ナナは一つの可能性を思いついた。
「なるほどね。あなた、電気の力を利用して私の攻撃を回避していたって事ね」
はっきり言って原理は全く分からない。これはナナが相手から情報を引き出すための口車だ。
「もうバレた……そう、これは私の回避技、『陣雷』」
シンディがあっさりと答えると、離れた所からゼルの笑い声が聞こえてきた。
「あはは! シンディ、簡単にしゃべっちゃダメだよ。今のは相手が鎌をかけただけ。本当にシンディは素直だなぁ」
「……そうなの? 騙された……」
ほっぺを少し膨らませて、わかりやすくむくれている。
「陣雷ね~。ここまで言ったのなら最後まで教えてよ。どんな原理なの?」
「……陣雷は電磁波を広げて私の体を覆う技。相手が攻撃して私の電気結界に触れると、脳に直接電気信号を送って強制的に攻撃を回避する……」
「へえ~。どうりで涼しい顔でスイスイ避けるわけだわ。さて、どうしたもんかしら……」
ナナは髪を弄りながら攻撃を当てる方法を考える。
「とりあえず、強引にいってみようかしら? 『ライカンスロープ!!』」
ドクン!
ナナの体に獣の遺伝子が組み込まれ、瞳孔が細くなる。
『転身!!』
バチン!
電気が弾けるような音が鳴り、ナナの姿が変貌する。
白銀の髪に獣の耳と尻尾を生やし、肌には赤い文様を浮かばせたナナがゆっくりと構える。そして……フッとその姿が消えた!
同時にシンディの周囲に暴風が吹き荒れる。凄まじいスピードで駆け巡る事で、大量の風が巻き起こっていた。
(自動的に回避するのなら、その電気信号よりも速い攻撃は回避できないはず!!)
シンディの背中に狙いをつけ、ナナはその爪を振るう!
ズシャ!
ナナの爪がシンディの服を切り裂き、背中の肉に突き刺さる。だが――
——バチッ!!
「いっ!?」
爪を食い込ませたところでナナの体に電撃が流し込まれる。
(どこに触れても電流を流し込めるの!? って体が動かな――)
ナナの体が一瞬硬直する。
人の体は電流が流れると筋肉が収縮して動けなくなる。もちろんナナは修行にてその硬直を最小限にすることができた。だが、ここまでレベルの高い戦いにおいて、一瞬でも動きが止まるという行為は大きな敗因に繋がりかねない。
シンディもまたその一瞬を見逃さず、振り向き様に掌打を放つ。
その掌はナナの喉元の下、胸部に打ち込まれる。
バチンッ!!
同時に、またしても強力な電撃がナナの体に流し込まれ、そのまま吹き飛ばされてしまった。
受け身も取れずに、乾いた荒野の大地に叩きつけられ、ゴロゴロと転がり停止する。
「ナ、ナナちゃん……」
そんな様子を見守っていたユリスは青ざめていた。
ジリジリとナナの体から電気がほとばしり、地面へ伝わり逃げていく。そんな中でガシッと地に両手を着けて、ナナは勢いよく身を起こした。
「げほっげほっ……痛った~……」
そのままヨロヨロと立ち上がる。
「まだ生きてた。私の触雷を三度も受けて動けるなんて丈夫ね……」
再びシンディが構えを取る。
(まずい……体のどこかに触れるだけでこっちに電撃を流し込んでくる以上、一撃で仕留めないと私の体がもたない……)
ライカンスロープ最大最強の隠し技、『転身』。そのスピードは時間という概念すら超越するもので、ナナの切り札でもある。
しかしあえて弱点を述べるとするのなら、攻撃力が低いことだろう。
(あの子を倒すには転身級のスピードに、ヘカトンケイルかヴァルキリー級の攻撃力が必要だわ。一撃で仕留めないと電撃を流されて反撃される……)
ナナは転身を解除する。そして別の遺伝子に手を伸ばした。
――「インストール! ドラゴニア!!」
ドクン!
ナナの体に魔界の竜の遺伝子が覚醒する。
それと同時にシンディが突っ込んできた。接近戦に持ち込んで掌底を繰り出す。
ナナはそれを避け続けた。防御すると、そこから電撃を流されるためである。
「動きが鈍くなってる。捕まえ……た!」
積極的に攻めて、ついにシンディがナナの右手首を掴んだ!
「これでお終い……」
バチバチ!! と四度目となる電撃が流し込まれる。
しかし、ナナはニヤリと笑って見せた。
「残念でした。その程度の電撃はもうなんともないわ」
ドラゴニアは属性による攻撃耐性が極めて高くなる。さらには自然治癒力も高まるので、むしろ回復していく。
「本当に頑丈な子……」
シンディは手を放して後方へ飛び退いだ。
少し距離をあけたその位置で、右手を突き出してナナに向ける。
「極雷……」
静かにそう呟くと、かざした右手に光が集まり、バチバチと大きな音が鳴り始める。
その光を見た瞬間、ナナの足元から頭のてっぺんまでゾクリと寒気が走る。
本能が訴えかけていた。あの攻撃はドラゴニアでも耐えられないと……
「インストール! サキュバス!!」
反射的に能力と入れ替えて、サキュバスの結界を発動させる。
しかし――
(いけない失敗した! あの攻撃、サキュバスでも防げない!!)
再び本能が警鐘を鳴らしていた。
はち切れんばかりの眩い光の球が、人の顔と同じくらいの大きさになった時だった。シンディの殺気もまた大きく膨れ上がる。その瞬間にナナは全力で横に跳んだ!
――バリバリバリ!!
目で捉える事ができない光のような速さで放たれた極雷は、サキュバスの結界をあっさりと貫通してナナの左肩を掠めていく。
ゴロリと地を転がり、ナナは自分の左肩を確認する。幸い、黒く焦げただけで済んでいた。
そして極雷の進んだ方を確認すると、後方にあった岩山がまるでアイスのように真っ赤に溶かされてドロドロとした溶岩のような液体となっていた。
「すばしっこい……あんまり逃げないで。観光客に当たっちゃうから」
再びシンディがナナに向かって手をかざす。
サキュバスの結界は基本的に攻撃力の高さは関係ない。触れたものの慣性をゼロにして、弾き返す特性を持つ結界だ。
しかし、今の極雷のような術者の意思で向かってくるようタイプの攻撃だと、一瞬動きを止めたとしても後ろからゴリゴリ押されてくるので完全に動きを止める事ができなかったりする。
(近寄れば電撃を流されて離れれば防御不能の飛び道具、こっちの攻撃は絶対回避とかほんと参るわね……観光客の前に移動すれば極雷は打てないみたいだけど、それだと私が悪役みたいになっちゃうしなぁ……)
ナナは考える。お世辞にも状況は良いとはとても言えなかった。
しかし、ここでナナにある閃きが浮かび上がる。
「あ、いい事考えた~♪ 『ヴァルキリー!!』」
気功術で光の剣を作り出し、ナナはそれを天高く掲げた。
気功剣は真っすぐに伸び、10メートル以上の長さになる。
それを、シンディ目がけて思い切り振り下ろした。
――斬っ!!
陣雷によって軽くかわされた気功剣は、荒野の大地に深く突き刺さる。まるで、豆腐にナイフを差し込むかのようにすんなりと大地に切り込みを入れていた。
「すごい切れ味だけど当たらなきゃ意味ない」
シンディが回避行動を取りながらナナに極雷の狙いを定める。
しかしナナは全力で動き回り狙いを絞らせない。ナナほどのスピードがあれば、例え攻撃力の高い遠距離砲を持っていたとしても当てるのは容易ではない。
さらにナナは長めに作り出した気功剣を振り回し、シンディを中距離から攻撃する。もちろんシンディはステップを踏むような身のこなしで全て回避していった。
ザクッ、ザクッ、っと大地が抉れ、深い溝ができる。
「と~~う!!」
ナナが飛び跳ね、その長い気功剣をシンディの足元に投げつける。ズタズタに斬り込みが入った大地に、その気功剣が突き刺さった。
「スレイプニル!!」
ナナの両足に気が集まり、馬の蹄のようになる。その状態で、ナナは思い切り突き刺さった気功剣を踏みつけた!
——ボコン!!
それはまるでシーソーのようであった。てこの原理によってナナが踏みつけると同時に、シンディの足場が岩盤ごと空中に投げ出されていた。
この時、今まで無表情だったシンディが初めて目を丸くして驚き、それを見たナナはイタズラに成功した子供のようににやけていた。
「空中なら避ける事もできないでしょ? 『ブリューナク!!』」
ナナの拳に気が集まり、それをシンディに向けて投げ飛ばした!
放出された気は五本に分裂し、それぞれが鋭い光の槍となってシンディを襲う。
「甘い。私の陣雷は避けるだけじゃない!」
五本の槍が同時に迫り来るなかで、シンディはそれら全てを受け流し、捌いてみせた。
槍の側面を拳と足で叩き、槍の軌道を逸らして直撃を避けたのだ。
「残念だったわね。割と惜しかったわよ」
そう言ってシンディは、一緒に浮かび上がる岩盤を蹴り地面へ移動しようとする。
「逃がさない!!」
ナナは大きく跳躍してシンディを追った。
「マヌケ。空中では避けられないと言ったのは自分」
一早く地面へ着地したシンディが、空中から追って来るナナに手をかざした。
『極雷』。
全ての物質を分子レベルにまで分解するほどの威力があるプラズマで、正に「必殺」の一撃である。それが今、ナナに向かって放たれようとしていた……
「かかった!! インストールヴェイン! 『超重力!!』」
瞬時にナナを中心として重力場が広がっていく。
一気にシンディを包み込むと、目に見えてフラフラとよろめき出した。
「何……これ、体が、重い……!?」
そのまま両手と両膝を地面につく。
必死に動こうとしても、まるで磁石にくっついているかのように動けなかった。
そして、その真上からナナが降ってくる。
シンディの顔色が変わり、必死にもがき始めた。
それは陣雷を使わなくともわかる事だ。このままだと、このとてつもない重力を加えた状態のナナに踏みつけられる事になるのだから……
必死に自分の重たい体を動かそうと足掻き、陣雷による回避行動を加えてもその場から離れる事は叶わず、ついにナナが足から落ちてきた。
「やあああああああああっ!!」
そしてナナは、シンディの背中を思い切り踏みつけた!
——ズガアアアアアアアアン!!
地面が陥没して砂埃が舞い上がる。
まるで隕石がぶつかったような重低音が広くこだまして、なかなか耳の奥から離れなかった。
しばらくすると砂埃は晴れてきて、ユリス達が近くまで駆け寄っていた。
なんとそこには大きなクレーターが出来上がっており、その中央にはぐったりと倒れているシンディと、その隣で額から汗を拭うナナが仁王立ちしているのだった。




