幼女はクランに参加する➈
「守ってあげられなくてごめんね……」
ナナがヴェインの鼻をそっと撫でた。
「クウゥゥゥ……」
完全に目を閉じたヴェインが、最後に小さく、低く鳴いた。
そうして完全に動かなくなる。
「悔しいよね……こんなのは私の勝手かもしれないけど、あなたの力で敵を取ってあげるから、一緒に頑張ろ」
そう言って、ナナはユリスの隣まで移動する。全てが手遅れだと悟ったユリスはもう回復魔法を使っていない。ただその場にへたり込んでいた。
ナナはごっそりと抉れた傷痕に顔を近付け、そっと口を付ける。
「私、人型の種族からじゃないとこんな事はしないんだけど、あなたは特別よ?」
——コクッコクッ……
「おいナナ、何をやって……血を飲んでいるのか……?」
隊長が困惑しているが、それでもナナは気にせずに流れる血を舐めるように啜っていた。
——ドクンッ!
ナナの中に一つの遺伝子が取り込まれ、力の根源が加わった。
グイっと口元の血を袖で拭いさり、立ち上がったナナは冷たい眼差しで振り返る。その視線の先には岩山のてっぺんで胡坐をかく仮面を被った一人の人間がいた。
「いやぁ危ないところだったよ。まさかあんな魔物を仲間にしようと考えるなんて思いもしなかった。これ以上、歪持ちの戦力が増えるのは好ましくないからな」
仮面を被ったその者は、男性の声でそう言った。
「……別に私、魔物が敵だとか思ってないから。魔界じゃ色んな種族が周りにいるもの。襲ってくる奴が敵で、友好的にしてくる者が仲間ってだけよ」
そう言って、仮面の男を睨みつけながらナナは続けた。
「今回は優先順位的に人間を助けるために魔物と戦っていたってだけ。けどヴェインは違う。この子はもう私のペットだった。それを攻撃したアンタは敵よ!」
ブワリと、ナナから殺気が広がった。
仮面の男はビクリと反応するとすぐに立ち上がる。そして小さく手を挙げると、その周囲の岩場から人影が現れた。
ぞろぞろと現れた人影は仮面の男を含めて11名。中には女性や、人間ではない獣も混ざっている。
「お、お前達は何者なんだ……?」
隊長が誰よりも早く問いかけた。
「我々は『13成る闇の咎人』。王都ガトロンの現国王に命にて汚れ仕事を主に行っている」
王都ガトロン。それはこのアイントロフ大陸でもっとも大きな都だ。
港町ラクスから西にある王都はここからもそれほど遠くはない。
「13? 11人しかいないんだな」
ブータンが数えながら不思議そうに首を傾げた。
「残り二人もちゃんと近くにいるわよ。魔法か能力か、詳しくは分からないけど姿を消してるだけね。……で、その咎人さんは私を倒しに来たってわけ?」
「その通りだ。王はその手駒のほとんどを使い果たした。初めに四獣を送り込んだが結果は失敗。さらに白虎が寝返るという事態になった。次にアイントロフが生んだ自慢のマスターランクを誇る剣美を討伐に向かわせたがこれも失敗。剣美は歪持ちに懐柔され、今では歪持ちの無害を訴えかけている。だから最後に我々が動く事となったのだよ。四獣や剣美ほどのレベルは無いが、どんな手段を使ってでも貴様を殺す。我々は元々犯罪を犯し牢へ幽閉された悪党だからな」
クランのメンバーは困惑した様子だったが、ナナと咎人は睨み合う。
「最後に一つだけ聞かせて」
ナナが視線を逸らして、そう聞いた。
「なんだ?」
「アンタ達はどうやって私がここにいる事を突き止めたの? ……もしかしてここにいる誰かが情報を漏らした?」
「冥土の土産に教えてやろう。別にここにいる冒険者がお前の情報を売った訳ではない。昨日の大量発生した魔物の死体を片付けるのに、そこの隊長から援軍要請があったのだ。手の空いている者を向かわせたらしいが、そこに転がる死体は約400体はあったそうだ。当然、ギルドランク一級二級の冒険者とて、そんな数の魔物を短時間で殲滅させられる訳がない。だから詳しく調べていくうちに、歪持ちが加わっていることを突き止めたのさ」
「そう、ならよかった……」
ナナは少しだけ疑っていた。このメンバーの中に、自分の情報を密かに伝えている裏切り者がいるのではないかという事を。
しかしそうではないと知って、胸をなで下ろした。
「では、そろそろ始めようか」
咎人が一斉に構える。
「ナナ、俺達も加勢するぞ!」
隊長や他の冒険者達も同時に武器を構える。
「止めておけ。別に俺達の姿を見たからと言って殺したりはしない。しかし歪持ちの味方をするのなら容赦はせんぞ。遠慮なく殺す」
その声に慈悲はない。低く、殺意のこもった口調でそう言った。
まず間違いなく格上の相手にそう告げられて、冒険者達はたじろいていた。
「みんなありがと。けど加勢はいらない。私一人で戦う」
そう言って、ナナはみんなの一番前に立った。
「無茶だ! いくらお前だってこの数じゃ分が悪い!」
後ろから隊長が引き留める。しかしナナは振り向かずに答えた。
「私はユリスを守る事を最優先で行うの。だからヴェインみたいに、他のみんなを絶対に守れる確証はない。……もうこれ以上、私に悲しい想いはさせないで……」
ナナの声は消えそうだった。それだけ感情が揺さぶられていた。怒りと悲しみが混じり合い、ユラユラとどっちかに偏ってはまた戻る。そんな状態であった。
「見て、奥にいる奴がすでになんか魔法を使おうとしてる。みんな出来るだけ私から離れた方がいい。急いで!」
最後だけ怒鳴るような口調に、メンバーは後ずさるように離れていく。そしてその場にはナナとユリスの二人だけとなった。
「ナナちゃん、私はどうしましょうか?」
「ユリスは……その、近くにいて欲しい……かな?」
「はい! 私はいつでもナナちゃんのそばにいますよ!」
なぜかユリスは嬉しそうだった。
そしてナナが構えを取る。
「さぁ始めましょ。相手してあげるから死ぬ気でかかってきなさい。私のいた世界じゃ実力が全てだった!」
すると奥にいたブカブカのローブを着た咎人が、何かを叫んだ。その途端に眩い光が発せられる。なんらかの魔法を発動させたのだ。
ナナは気配を念入りに探る。何か特別に危険な感じはしなかった。
光が治まると、そこは灰色の世界となっていた。周りにはクランメンバーの姿は誰一人としておらず、前方には咎人が散開するように立っている。
他には何もない。草木も無ければ人工物も無い。ただ広い灰色の空間だけが広がっていた。
「ふ~ん、人払いの結界ね。って事は、現実世界じゃ使えないような技か魔法を奥の手に隠し持っているって事かしら?」
「ククク、さぁ、どうかね?」
「いいわよ。さっさとかかって来なさい。アンタ達の技を全部見てあげる。その上で叩き潰して、力の差を見せつけてあげるから」
ナナは激情に駆られていた。ただ倒すだけではヴェインを殺された怒りは治まらないと感じており、相手の全てを打ち砕かなければ気が済まなかった。
「あっははは! 何このクソガキ可愛くねー! 泣かせてやる! 『エンジェルフェザー!!』」
咎人の中でも唯一の女性が魔法を発動させた。すると、周囲の咎人全員がフワリと宙に浮かび上がった。
「泣き叫んで小便もらすほどの恐怖を与えてやるよ! 二人共その服剥ぎ取って、死んだ方がマシだって思えるほどメチャクチャにしてからぶっ殺す!!」
口が悪いその女性は高速で飛行する。縦横無尽に動き回る他の咎人とぶつかる事無く、ナナの頭上を跳び回っていた。
「ユリス、そこに伏せてて。今からあいつら打ち落とすから」
ユリスは言われた通りにその場に伏せる。
「あぁん!? 打ち落とす? やってみろクソガキ!!」
「はぁ……まるで蠅ね。汚い言葉をまき散らしながら飛び回る鬱陶しい蠅……」
「ああそうさ。汚ねぇクソに群がる蠅だよ! あたし等は牢屋ン中でそんな生活をしていた!! アンタにも味合わせてやるよ! クソに喰らいつかないと生きていけないほどの惨めな思いをな!!」
喚く女性とは別の、カウボーイハットをかぶった咎人が武器を取り出した。
その武器は先端が長い筒のような形状をしており、空を飛び回りながらそれをナナに向けて狙いを定めていた。
当のナナはその場から動かずに、自分の中にある力に手を伸ばす。一つの力を掴み取り、それを体全体に行き渡らせていた。
「さっそく出番よ。頑張ろうね……『インストール! ヴェイン!!』」
新しい力がナナの体を駆け巡る。だがその瞬間、ナナに狙いを定めていたカウボーイハットの男が引き金を引く。
——ダァン!!
大きな音が鳴るのと同時に、ナナが力を解放する!
「超重力!!」
急激な重力の変化は視界さえも歪ませていた。その重力によって、筒から発射された鉛玉は軌道を変えてナナに届く前に灰色の地面へ突き刺さる。
さらには空中を跳び回る咎人さえもその重力に抗う事が出来ずに高度を下げていた。
「な、なんだこの力!? さっきの魔物の力!? まさか!!」
次々と空から地面に落とされた咎人は、誰一人として身動きが取れなくなっていた。
ユリスは最初から身を伏せていたので、この重力場が治まるまで耐え忍んでいた。
「くぅ……やっぱりヘカトンケイルを使ってないと私も辛いわね……あなたの能力って使いどころが難しいわ……」
自分の中にある遺伝子に語り掛けながら、ナナが能力を解除する。
重力が元に戻った事で、咎人は急いで身を起こそうとしていた。しかし、すでにナナは次の行動を起こしていた。
——ゴガアアアアン!!
立ち上がろうとした女性の真上に一瞬で移動したナナが、その背中を思い切り殴りつけていた。
女性は口から血を噴き出して、白目を剥いて動かなくなる。
ナナはすでにヘカトンケイルの怪力を取り込んでおり、その力から来る脚力と軽い体重により通常よりも瞬発力が上がっていた。
そんな光景に、ザワッとその場が騒然となる。
「まず一人目……能力を見せた奴はドンドン潰していくから。あ、でも殺しはしないから安心してね。ちょっとだけ、死ぬほど痛いだけだから」
ユラリと立ち上がるナナが、皮肉のようにそう言うのだった。




