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幼女の異世界転移録  作者:
プロローグ
4/64

幼女はギルドで暴れ回る

「だとするならば、あなたを危険人物としてしばらくの間拘束させてもらいます」


 ベルクリートの言葉に、ナナは小さくため息を吐いた。


「お断りするわ。私は勝手にこの世界に召喚された。そして勝手にレベルを計られて、勝手に危険だと思われて拘束されるだなんて、随分と勝手すぎるんじゃない?」

「そうかもしれません。しかし、これはこの世界のためなのです。以前にも歪みを持った召喚獣がレベルを測定できない事がありました。その召喚獣は召喚者の隙を狙って反逆を起こし、この世界を恐怖と混沌に陥れたのです。その歴史を繰り返さないためにも、こうして歪みを持った召喚獣は安全だと分かるまで徹底的に調べなくてはいけません」

「そんなの知らない。安心して。私は別にこの世界をどうこうしようなんて考えていないわ。それじゃユリス、もう行きましょ」


 そう言ってユリスの袖を引っ張るナナだが、ユリスはその場から動かなかった。そして――


「あ、あのねナナちゃん。私はちゃんと言う事を聞いた方がいいと思います。ちゃんと調べて、安全である事を証明するのが結局のところ一番の解決方法なんじゃないでしょうか……」


 その言葉にナナは衝撃を受けた。いや、ショックだと言っても過言ではない。


「何言ってるの……ユリスは私の友達でしょ? どんな時でも私の味方って言ったじゃない!」

「それは……味方だからこそ言ってるんです。ここはギルド長さんの言う事をちゃんと聞いて、穏便に済ますべきです。ナナちゃんがいい子だってすぐにわかってくれますよ。だから言う事を聞きましょ? ね?」


 ナナには信じられなかった。ユリスとベルクリートが結託して、自分を責めているようにしか感じられなかった。

 この空間で敵対しているのは自分一人で、ユリスを味方だなんて到底思えなかった。

 心が冷えていく。闇に呑まれていく。周りの全てが敵に見えた。

 ナナは思う。いつもそうだ。自分がああだこうだ言ってもいつも聞いてもらえない。大人は自分達の考えが一番正しいと思い込んでいて、子供の言う事に耳を貸さない。

 弱ければ強い者に従うしかなくて……

 周りに誰も助けてくれる人なんていなくて……

 そもそも、友達なんて誰一人としていなくて……

 それは今も変わらない。何一つとして変わらない。

 だから――


「わかった。もういい! 私一人でここを出て行く!」

「ちょ!? 落ち着いて下さいナナちゃん!」


 ナナが出て行こうとするのをユリスが抑え込もうとする。

 ベルクリートの両側にいた戦士が慌てて扉の前まで来て逃がさんとする。

 そんないがみ合いが始まった矢先であった。


「ユリスさん。『戒めの言霊』を使いなさい!」


 そうベルクリートが言った。


「いましめのことだま?」


 ナナが意味深な事を言うベルクリートを睨みつけた。


「そう。召喚獣は召喚者に逆らえないように組み込まれている魔法の一つです。契約する際に必ず背負う呪縛で、召喚者の言う事を聞かなければ激しい電撃が体に流れることになるのです」


 それを聞いたナナは、ふっと鼻で笑う。


「おあいにく様。私はユリスとまだ契約していない。それは使えないわ」


 そのセリフに今度はベルクリートが鼻で笑った。


「あなた何も聞いていないのですね。契約とはこの世界に召喚された時に強制的に結ばれるのですよ。この世界の言葉を理解しているのがその証拠です」


 ナナは驚いてユリスを見た。

 ユリスは気まずそうに目を逸らしながら呟くように言った。


「そうです。この世界の召喚術は、相手の意思とは関係なしに強制的に契約して呼び出す魔法なんです。朝からバタバタしててまだ言っていませんでしたね。ごめんなさい……」


 またか。とナナは思った。

 また強制的に進められた。自分の意思なんてどの世界にもないかのように、ただただ周りの都合で振り回され続ける。

 この事でナナは、ユリスに対する信頼がゼロとなった。結局は誰もかれもが一緒だと思った。考えてみれば話がうますぎたのだ。召喚した相手が化け物のような強さを持っていたのに怯えない訳がない。それはつまり、自分は契約者という安全地帯にいるからであり、それを『友達』とは言わない。

 それに気が付いたナナは、諦めにも似た笑いが込み上げてきた。


「は……あはは、そっか。私一人で浮かれてバカみたい……ユリスは結局、私の事を友達だなんて思っていなかったんだ」

「な、何言ってるんですか。私はナナちゃんのことを友達だと思って――」

「じゃあ何でコイツの味方するの!? 私よりもコイツの言う事ばっか聞いて!! それに戒めの言霊って何!? 私がどんなに強くても、自分は召喚者で絶対的優位だって思ってたんでしょ!? ユリスは結局、私の事をただの『召喚獣』としか見ていなかった!!」

「ち、違……私は、本当にそんなつもり……」


 ユリスはうろたえていた。そして、コールドリーディングが使える本来のナナであれば、ユリスの言葉が本心であるか判断できたであろう。しかし、今のナナは心も頭もグチャグチャになっていて、そんな余裕なんてなかった。


「信じてたのに……ぐすっ! 友達だって言われて、嬉しかったのに……うぅ……」


 声と体を震わせてナナが俯く。

 頬を伝った一筋の涙が、床に零れるのを見て、ユリスもまた衝撃を受けていた。


「さぁユリスさん。今のうちに戒めの言霊を! 早く!」


 ベルクリートそう叫ぶ。

 ――そんな状況化で、ユリスの目にはナナしか映っていなかった。悲しそうに佇む少女と自分の距離がひどく遠くに感じた。耳にはナナがしゃくり上げる声しか聞こえてこない。自分がどんなに軽はずみだったかを痛感していた。だから、覚悟を決める!


「ユリスさん!? 早く――」

「嫌です!!」


 ベルクリートの言葉を遮って、ユリスははっきりとそう答えた。


「そんな事、友達にはできません! だって私は、ナナちゃんの味方ですから!」

「!?」


 ナナは耳を疑った。

 それと同時に、フワリと優しくユリスが後ろから抱きしめてきた。今日、もう何度目になるか分からない抱擁。けれど初めて絆を感じられるような、しっかりとした温かさを感じた。


「ユリスさん……あなたは自分が何を言っているのか分かっているのですか!? ギルドの決定に従わなくては、召喚獣だけではなくあなたまでこの街にいられなくなるのですよ!? いや、この世界全てを敵に回すと言っても過言ではありません!」

「分かっています。けど、私はどんな時でもナナちゃんの味方でいるって言ったんです! 決めたんです! だから……どれだけ敵を作ろうとも、全世界を敵に回そうとも、私はナナちゃんと共に歩みます!!」


 闇が晴れる。

 心を覆いつくしていた闇が、一気に晴れていく。

 ナナにとって、今の言葉はそれだけ嬉しかったのだ。体が熱が帯びていく。顔が火照っていく。そして、気分が高揚していく。ナナは確かに、ユリスの確かな想いを感じる事が出来た。ただ――

 カタカタとユリスが小さく震えている事を除けばだが……

 若干後悔している事がバレバレなほど震え、顔も青ざめていた。

 けれど、それを除いてもナナにとって嬉しかったのは事実。なので、ナナはユリスのこう提案をした。


「ユリスありがと。そこまで言ってくれたのなら私は満足よ。もう暴れたりしないから、それを証明するためにも戒めの言霊ってやつを使ってくれる? ちゃんと言う事を聞くから」


 向かい合って微笑むナナを見て、ユリスはようやく安心する事ができた。なので快く了承する。


「わかりました。ではいきますよ。『ナナちゃんは絶対に暴れずに、私の言う事を聞く事!』」


 ポワリと、ナナの体がほのかに光る。今、戒めが施されたのだ。そして――


「イ・ヤ・だ!」


 バチン!! バリバリバリバリ!!

 ユリスの命令を否定した事によってナナの体に電撃がほとばしり、ビクンと体を仰け反らせていた。


「ええええ~~~~!? なんで!? 言う事聞くって言ったのにぃ~!?」


 ユリスがパニックに陥り慌てふためく。

 しかし、すぐにナナは自分の体をグイグイと動かし、ストレッチを始めた。電撃が流れるのなんてお構いなしといった具合だ。


「ふぅ。思ったよりも強力だったわ。けど、この程度なら問題ない」


 尚もバチバチと体中に電撃を浴びながら、ナナは平然とした表情でそう言った。そしてそのまま出入口を塞ぐ戦士の一人にピタっと触れる。


「あばばばばばば!?」


 ナナに流れる電撃が戦士に移ると、感電してその場へ倒れる。


「う、うわあああ~~!?」


 もう一人の戦士が悲鳴を上げて部屋の隅へと逃げようとする。しかし、ナナが床を蹴ると一瞬でその戦士との距離が無くなり、いとも簡単に背中へタッチしていた。


「ぎょべべべべべ!?」


 感電してその場へ倒れ込む二人目の戦士。続いてナナはピョンと大きく跳躍した。空中でクルリとその身を回転させて、ベルクリートのいる机の上に着地を決めた。

 ナナが人差し指を伸ばして、ベルクリートの額に近付ける。あと数センチで指が触れ、感電するほどの距離だ。パチパチと指した人差し指から青白い電気が伸びて、ベルクリートの額をくすぶる。


「そ、そんな……記録では150レベルを超える召喚獣でもこの電撃には耐えられなかったのに……」

「そ。なら私のレベルは200は超えているんでしょうね。あなた、私を徹底的に調べたいって言っていたわね。ならこのまま教えてあげる。私に電撃は効かないわ。なぜなら、修行していた頃に克服したもの。耐性が付くまで何度も何度も浴びせられた。そうやって強引に慣らされたのよ。他にも毒や呪詛も効かない。もう分かるでしょ? これが私が歪みを持っている原因よ。私に修行を付けていたジェイドって男はね、私を最強に育てるために寝る間も惜しんで鍛え抜こうとしていたわ。だから私はいつの頃からかこう思うようになったの。いつかこの男を超える事が出来たのなら、その時は、『必ず殺してやる』ってね」


 その部屋に静寂が訪れていた。

 ナナは昔を思い出してか俯いて、ベルクリートはその場から一歩も動けずにしゃべる事さえ出来なかった。

 そんな沈黙を破ったのはユリスであった。


「ナナちゃん、もう止めましょう。これからは私がずっと一緒です。どんな時でもナナちゃんの味方です。だから……もうこんな風に当たり散らす必要なんてないんです」


 その言葉にナナは、ゆっくりと額に向けた指を降ろしていった。


「はいはいわかったわよ。ちょっと脅かしただけだもん。『もう暴れたりしないわ!』」


 そう言うとナナに流れていた電撃の勢いが弱くなる。完全に治まると、ナナは机からピョンと跳び降りて出入口に向かって歩き出した。

 だがその途中で振り向いて――


「私は今までそんな風に過ごしてきた。だから人の意思を無視して勝手に事を進めようとするのだけは許せないの。けど安心して、別にこの世界をどうこうしようなんて考えていないわ。むしろこの世界に呼ばれた事に感謝しているくらいよ。あなたが心配することなんて何もない」

「……歪み持ちで尚且つレベル200を超えている時点ですでに危険なのです。昔もそうでした」

「そう。なら、実力でなんとかする事ね。私のいる魔界じゃ実力が全てだったわ」


 そう言ってナナは部屋を出て行く。

 ユリスも後に続こうとするが、そこをベルクリートに呼び止められた。


「ユリスさん。今日中にこの街を出た方がいいでしょう。私は義務としてあなた達の事を世界中のギルドへ報告しなくてはなりません。下手をすれば明日にも凄腕の冒険者がナナさんを拘束しにやってきます」


 ペコリ、と、ユリスは軽く頭を下げる。そしてすぐにナナの後を追ってパタパタと走って行った。

 あとに残されたベルクリートは頭を抱え、ため息を吐き、この出来事を伝えるための文書を作るのであった……

「ナナちゃん待って下さい~」


 早歩きでギルドを出たナナに、走りながらユリスが叫ぶ。

 ナナに追いつくと、呼吸を整えながら並んで歩き出した。


「……ごめん。なんか勢いで暴れちゃった」

「もういいですよ。でも、ベルクリートさんからはこの街から出て行けっていわれちゃいました」

「もちろんこの街に留まるつもりは無いわ」

「そうでしたか。じゃあ一度家に戻って旅たちの準備をしましょう!」


 ユリスがそう言うと、ナナはそこで歩みを止めた。


「出て行くのは私一人でいい。ユリスまで着いて来る必要はないわ。危険視されているのは私だけなのだから……」

「ううん、私も行きます。だって私はナナちゃんの友達ですから! ナナちゃんを一人放ってはおけません!」

「ユリス……嬉しいけど、本当にいいの? もうこの街には戻ってこれないかもしれないのよ?」

「もう決めたんです! 私はずっとナナちゃんの味方で、ナナちゃんのそばにいます!」


 ――これが友達。これが仲間。

 ナナは沸き上がる感動に身を震わせた。


「それに、もう戻って来れないなんて事はありません。これから行く先々で、私がナナちゃんの誤解を解きます! ナナちゃんがいかに安全で、優しい子かって事をみんなに教えていくんです!」

「ユリス……」

「さらにナナちゃんの可愛さと愛おしさも伝えて、理解者をたくさん作るんです! ゆくゆくは多くのファンや信者に崇拝されて、その存在を布教していくんですよ!」

「えええぇぇぇ~~~……」


 ユリスの果てしない目標に若干引いているナナであった……


「さぁ行きましょう! 私達の闘いはここからです!」


 そう言って、ユリスはナナの手を取り駆け出していく。今、二人の冒険が幕を開けたのだ。

 ナナは決意を胸に自由を求めて!

 ユリスは愛しき者を世界に知らしめるために!

 そんな二人の頭には、意外にも不安という文字はさほど無い。それは、お互いがお互いを強く信頼しているからなのかもしれない。

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