幼女は三鬼に狙われる②
「この! このぉ! 師匠を解放するッスよ!! このぉ!!」
トトラが必死に拳を振るう。しかしどう頑張ってもグラージュに拳が届く事はない。そんな安全地帯からトトラを見つめ、グラージュは一つだけ感謝の言葉を送りたくなっていた。
「いやいや、こううまくいったのはお前のおかげだよ白虎」
「は? 私の……?」
「そうさ。お前が出しゃばって自分が戦うなんて言わなければこううまくはいかなかっただろう。歪持ちと戦闘になっていたら俺なんか瞬殺されていたしな。まだまだ未熟なお前がちんたら戦闘を長引かせてくれたおかげで、俺は能力を発動するだけの時間を稼げたってわけだ。ほんとうに感謝しているよ」
グラージュの言葉にトトラが呆然とする。
さっきまでの勢いが完全になくなり、青ざめた表情になっていた。
「わ、私のせいで……師匠が……?」
力が抜けたようにその場にへたり込み、体を震わせていた。
「そうだ。お前のおかげだよ。報酬の一割くらいはお前にあげたい気分だよ! あーっはっはっは!!」
「う、うわああああぁぁぁ……」
自責の念で押しつぶされそうになったトトラが、その額を土に付けて泣き叫んでいた。
と、そんなときだった。
「一体なんの騒ぎですか?」
そこへ現れたのはユリスであった。
ドルンの街へ買い物に出かけ、ちょうど今が帰りだったのだ。
ユリスの隣にはミオが怪訝そうな表情を浮かべて周りを見渡している。拠点に住む子供達の守りはフィーネに任せ、ユリスの護衛で行動を共にしていた。
「ユ、ユリス~……師匠がぁ~……」
トトラが涙ぐみながら一言だけそう告げる。
立方体の中に捕らわれたナナに視線を移せば、大体の現状を二人は理解した。
「トトラ様、術者を倒してあの封印を解く事は出来ないのですか?」
「……空間を歪めたり切り取ったりしてるみたいで、近付く事ができないッス……」
ミオにも今の状況がどれだけ悪いのかが理解できた。この中で空間に干渉するような技を持っている者が一人もいないのだ。
だからこそナナでさえ、すでに諦めたようにおとなしくなっているのだ。
「ナナちゃん! ナナちゃん!!」
ユリスが立方体をバンバンと両手で叩く。もちろんそんな事では何も変わらない。
(落ち着け俺、大丈夫、仲間が増えたところで現状は変わらない。この中でヤバいのは歪持ちと白虎だ。この二人で俺の奥の手が破れねぇなら、他のザコはどんなに群がろうが問題はねぇ。というか、確か召喚者もできれば連れてこいって言ってたな。ついでに捕縛しちまうか)
グラージュがユリスをどうすべきか考えている時だった。
「ヒール!!」
パァーっと青白い光が輝き出した。
何事かとグラージュが目を凝らすと、ユリスはナナが捕らえられている立方体に魔法を使っていた。
「これは……回復魔法? ああそうか、物理的に超える事ができない空間に、魔法と言う手段で間接的にでも干渉できないか試しているって訳だな? けどそんな事しても無駄だぜお嬢ちゃん。俺が切り取った空間はそんな魔法じゃ超えることはできねぇ」
しかしユリスはそんなセリフを無視して、一心不乱に魔法を使い続けていた。
そんな様子に、グラージュはやれやれと首を振る。
「無駄なのがわかんねぇのかなぁ? まぁいいや。取りあえずこのまま歪持ちを運ぶか。おいお前ら、別れの挨拶は済んだかよ。って、声は聞こえないだろうけど――」
――ベリベリベリベリ!!
何かが破れるような音が鳴り響いた。何事かとグラージュが音のした方へ視線を移すと、なんとユリスの腕が立方体を突き破り、ナナを掴もうとバタバタと動いていた。
「…………は?」
グラージュの口から、自然と意味不明な気持ちの表れが漏れていた。
グラージュのだけではない。リリアラも、トトラも、ミオも、そしてナナでさえ立方体を突き破ったユリスの腕を凝視する。その場の全員が何が起きたのかを理解できずにいた。
「ナナちゃん! 私の手を掴んでください!!」
空間が繋がった事で声が届いたのだろう。ハッとしたようにナナはユリスの手を握った。そしてユリスはそのままナナを力任せに引っ張ると、まるでビニールを突き破るようにビリビリと音を立てながら、立方体の外へと引っ張り出したのだった。
「はあああああああ!?」
開いた口が塞がらなくなったグラージュが間抜けな声をあげる。それだけこの現状が理解できないでいた。
「ナナちゃん! ああよかった。なんとか成功しました」
「えっと……ありがとうユリス」
ヒシッとナナに抱き付くユリスをそのままにして、ナナはお礼を言う。しかし、その表情は未だに信じられないと言う顔であった。
そんな二人を見て、グラージュはユリスの行動を思い返す。そして一つの結論に至った。
「ま、まさか……まさかまさかまさか!! このガキ、回復魔法で俺が切り取った空間を修復したのか!?」
誰もが唖然とする中、ユリスだけはナナに抱き付いたままウンウンと頷いていた。
「その通りです。私、ナナちゃんから『ユリスは強くなるよりもヒーラーとして回復魔法を極めるほうが合っている。世界一のヒーラーになれるよ』って言われたんです。だからこれまでずっと回復魔法の鍛錬を続けていたんですよ」
「いや、そういう意味で言ったんじゃないんだけど……」
予想外の機能まで付いた事を初めて知ったナナであった。
「じょ、冗談じゃねぇ!! んな事が出来る奴がいるなんて聞いてねぇぞ……おいお前、レベルはいくつなんだ!?」
グラージュの問いに、ユリスは胸を張った。
「よくぞ聞いてくれました! 私いままではレベル9だったんですけど、色々出来るようになった事でついにレベル20になったんです!! えっへん!!」
「……なんだよそれ……レベル1000を超える歪持ちを俺が捕まえたと思ったら、レベル20の奴にひっくり返されんのか!? んなバカな話があるか!?」
全てを台無しにされたグラージュが取り乱していた。
この世界のレベルは様々な要素を反映して数字を割り出している。そしてその中でも回復魔法などの補助魔法は極めてレベルに反映されにくいという性質があった。だからこの世界では回復魔法を習得しようという冒険者はあまりいない。レベルを一つの格式として見ている冒険者は、まずは手っ取り早くレベルに反映されやすい体術などを学び自分のレベルを少しでも高く見せようとするのだ。
そんな中ユリスの、もう誰も自分の目の前で誰も死なせたりしないという、絶対的な信念を貫き通した彼女だからこそここまでの域に達したと言える。
「じゃあユリス。あいつの周囲を歪めている空間も元に戻せる?」
「はい。もちろんです! 『ヒール!』」
ポワ~っと、グラージュの周囲の空間が青白く輝き出す。グネグネをうごめき、歪んだ空間が元に戻ろうとしていた。
「だああああああ!! やめろバカ!! くそっ、こんな……こんな事がああ!!」
グラージュも負けずと空間を捻じ曲げようと力を込める。だが、どうやらユリスの修復の方が勝っているようで、うごめく空間が次第に落ち着いていった。
「今です、ナナちゃん!」
「了~解!」
地を全力で蹴り、ナナが青白く光る空間へ突撃した。
その体が光りに触れるとベリベリっという何かが破れるような音が響く。両者の能力で不安定になった空間を突き破ったのだ!
そして、グラージュの目の前でブレーキをかけたナナは、拳を握り力を入れる。
「うわあああああ、待て待て待ってくれ!! やめろおおおおお!!」
泣き叫ぶグラージュを無視して、ナナは思い切りその腹へ拳を叩きこんだ!!
――ズドン!!
真っすぐに突かれた渾身の一撃に、グラージュの体は後方へと吹き飛んだ。地面へ落ち、砂煙をあげながらボールのように転がり続け、グラージュの意識と共にその野望は消えていったのだった。
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「師匠……本当に申し訳ないッス!!」
地面に額を擦りつけ、トトラが土下座を決め込んでいた。
「いや、別にいいわよ。みんな無事だったし」
「そういう訳にはいかないッス! 私が出しゃばったせいで師匠に迷惑かけて……取り返しのつかない事になるところだったッス……」
トトラは決して顔を上げようとしない。そのまま頭から地面に潜っていくのではないかと思えるほど、額が地面へとめり込んでいた。
「師匠の役に立つどころか、みんなにも心配をかけて……こんなの土下座程度じゃ済まされないッス。……だから私は、ここから出て行くッス。一人で修行を積んで、師匠に迷惑をかけないだけの強さを身に付けたその時に戻ってくるッスよ……」
否。トトラは戻ってくるつもりなど無かった。このまま姿を消して、この大陸に入る事さえ禁ずるつもりであった。それだけ今回の失態を悔やんでいた。だが……
――ポフン!
そんなトトラの頭に、ナナは手を乗せた。そしてそのままナデナデと優しく撫で始めた。
「ごめんトトラ。そもそもな話、あなたがそんな風に私の役に立とうとしていただなんて知らなかった。ほら、トトラってレベルに対してすごい執着があるじゃない? とりあえず私のレベルを計る事だけが目的だと思ってたのよ」
ポツリとそう告げる。ナナは決して人の心を読めるわけではない。むしろこれまで親しい友達がいなかった分、相手の気持ちに鈍感であった。故に、トトラが自分に対してどう思っているのかなどはまるっきりわかってはいなかったし、だからこそトトラを絶対的に信用しているかと問われれば、そんな事はなかった。
今回の闘いをトトラに任せたのも、彼女の様子を見る意味合いも含まれていたりする。
「だから今回のことはおあいこって事にしよ? だって私がトトラの事を理解していなかったところも悪かったし。だから顔をあげて」
そこまで言って、ようやくトトラは顔を上げた。未だ伏し目がちなのは、涙目になっているからだろう。
「うぅ……けど、こんな失態をやらかしておいて、どんな顔して過ごせばいいのかわからないッス……」
ふむ、とナナは考える。
どうやらナナが思っている以上にトトラは周りの目を気にしているらしい。
「どうもこうもないわ。トトラ、確かに失敗してその場から逃げ出したくなる気持ちはわかるわ。けどね、そんな時だからこそ名誉を挽回する必要があるんじゃない? 本当に私の前から消えてしまったら、それこそただ自分の罪の意識から逃げただけの負け犬になってしまうのよ? トトラ、本当に私の役に立ちたいと思っているなら、勝手にここを出て行くだなんて二度と言わないで! 私の役に立つ事で、罪の意識を克服してみせなさい! どんな顔をしていいかだなんて悩むヒマさえないほど私が仕事を与えてあげるから。 ……私はあなたにそれだけ期待しているんだから」
ナナはそう告げる。
するとトトラは今まで以上に瞳を潤ませた。今回の事でどうしていいのかわからなくなった自分の手を引き、導いてくれたのが嬉しかったのだ。
「う……うわ~~~~ん師匠~~……」
トトラがナナに抱き付いた。
ナナはよしよしと、そんなトトラの頭を撫でながら受け止めていた。
けれどナナが今言った事はただの口実だ。トトラを立ち直らせるための口実であり、自分の役に立ってほしいとはあまり思っていなかった。それどころかむしろ逆である。
ナナはトトラからこんなにも好意を向けられているだなんて思っていなかった。師匠と呼ばれるのも、はっきりと言ってしまえば担がれているのではないかと思っていたほどだ。だからトトラのこんな気持ちを知ってしまったが故に感じた事があった。
それが、友達になりたいという気持ちである。
そう、ナナの新たなる目標として、この世界で友達百人作るという大いなる願望が生まれつつあったのだ。
「で、でもねトトラ。本当の事を言うと、私、あなたとは……その……友達に……」
「わ~~ん!! 嬉しいッスよ! 師匠の期待に絶対応えて見せるッス! なんでもいいつけて欲しいッス!!」
「えっと、その師匠っていうのを止めて、上下関係のない友達に……」
「一生ついて行くッス!! 師匠は私の最高の師匠ッス~!!」
「……」
ナナにしがみ付いて感涙するトトラ。今回の襲撃によって想いは伝わり、絆も深まる事となった。
しかし、どこか思い通りにいかないと言葉を失うナナであった。




