幼女はレベルを計りに行く
「いだ、いだだだだ、ナナちゃん手が痛いです!」
そっと握ったつもりだが、それでも痛かったようだ……
「ご、ごめん!」
パッと手を離す。
ユリスは自分で手をさすっていた。
「だ、大丈夫?」
「はい。大したことはないですよ」
にっこりと微笑む笑顔が逆に心を痛くした。
「ホント、ごめんなさい……」
ションボリと俯くナナに、ユリスは衝撃を受けた!
「も、申し訳なさそうにへこむナナちゃん、可愛すぎです! 超ラブリーです!」
ギュー!
ユリスはナナを抱きしめていた。
「……ユリスって誰かに抱き付かないと生きていけないの?」
「いえいえ、こんなのナナちゃんだけですよ。だってナナちゃんがあまりにも可愛いんですもの」
「ふ、ふ~ん。そうなの。ま、別にどうでもいいけど……」
ちょっと顔を赤くして、まんざらでもない様子のナナだった。
「お? おお? ウザがられない!? ちょっとは認めてくれましたか? 懐いちゃいましたか?」
「その言い方はウザい。いいからもっとユリスの事を教えて」
「いいですよ~。なんでも聞いて下さい。むしろ、全部知って下さい!」
そんな事を言うユリスに、ナナは深くツッコんでみようかと考えた。
「ん? 今なんでも言った? なんでも聞いていいの?」
「いいですよ~。ドンと来いです!」
「絶っ対だからね。本当になんでも教えてよ?」
「はい! 任せて下さい」
「……普通、ここまでプレッシャーを与えたら答えにくくならないかしら?」
自信満々のユリスに、イジりがいが無いなぁ思うナナであった。
「んじゃ~、ユリスのレベルっていくつ?」
「え!? それはぁ~……そのぉ~……」
「これで!? あれだけドヤ顔しておいて、こんな質問が答えにくいの!?」
ユリスは目に見えてオロオロとしていた。そして、
「レベルは~……10くらいです」
「……嘘ね。忘れたの? 私に嘘は通じないわよ」
「…………」
ユリスが黙る。そしてそんな様子をナナがジト目で見つめる。
「そう。レベルは9なのね。それじゃ次の質問――」
「ちょ、ちょっと待って下さい! コールドリーディングってそんな事までわかるんですか!?」
「わかるわ。最初、『10くらい』ってサバ読んだでしょ? そしてそれが嘘だとバレたら黙るしかなかった。それってつまり、もうそれ以上誤魔化しきれないって事よね? つまりレベルは9って事」
「……流石ナナちゃんです。私の負けですね」
いつから勝負になったのかはわからないが、取りあえず次の質問に移る事にした。
「それじゃ、ユリスの両親ってどうしているの? 家にはいなかったわよね?」
「っ!?」
ユリスが表情が一気に曇る。もちろん、その反応に気が付かないナナではなかった。
「言いたくないのであれば、無理には聞かないわ」
「……ナナちゃんが当ててみて下さい。表情で大体わかるんですよね」
「ん……じゃあ、両親はすでに亡くなっている……とか?」
ブワッ!
一気にその瞳に涙が溢れた。今にも泣き出しそうなのを必死に堪えているのがわかる。
「うわ~ごめん! やっぱり聞くべきじゃなかったわ!」
「いえ、いいんです。コールドリーディングって便利ですね。言葉を発しなくても察してくれるんですから」
「いや、今のはコールドリーディングを使えなくても誰でも察するわ……」
目に浮かんだ涙を拭いながら、ユリスはポツポツと語り出した。
「そう、私の両親は去年の今頃に亡くなったんです。だから私は回復魔法や補助系の魔法を覚えようと思ったんです。私はもう、目の前で誰も苦しんでほしくないんです。……けど、そういった補助系魔法はあまりレベルに反映されないらしいんです。私のレベルは未だ一桁のまま。それをからかわれて、つい勢いで、『私が弱いなら、私を守る召喚獣と契約してやる』って言っちゃったんです。けど私は後悔してません。この流れのおかげでナナちゃんと出会えたんですから!」
――瀕死の重体で、一歩間違っていれば死んでいたかもしれない状況でも後悔しないと言えるのは、結果論なのではないだろうか……?
ナナはそう思ったが、ユリスがなんだかいい話っぽくまとめていくので黙っている事にした。
「じゃあ次は私が質問する番ですよ。ナナちゃんのさっき使った能力みたいなのは何なんですか?」
どうやら太っちょの兄と戦った時の、ハンマーを受け止めたアレが気になっているらしい。ギルドでレベルを計ってもらうとして、その場所を目指している途中な訳だが、まだ到着するには遠いようで、ナナはしっかりと説明をしてあげる事にした。
「その質問に答える前に聞きたい。私は一体どんな風に見える?」
ナナの質問に、ユリスは首を傾げた。
「超絶美少女に見えます!」
「いや、そういう事ではなくて、種族的にどう見えるかって意味よ。……でもありがと……」
――ちょっと照れながらお礼を言うナナちゃんも可愛い!
そんな事を考えて興奮するユリスは全くブレない。
「えっと、種族って人間じゃないんですか?」
「違う。私の種族は『ヴァンピール』。正確に言うならヴァンピールと人間のハーフなのだけれど、純粋な人間ではないの」
ズガーン! と、ユリスに衝撃が走る。
「ヴァンピールって、血を吸ったりするんですか?」
「そうね。まぁ人間の遺伝子も半分あるから、血を吸わなくても生きていけるけどね」
「で、では血を吸いたくなったら私の血をあげます! ああ……ナナちゃんに首筋を舐め回されて噛みつかれるなんて……そして苦痛で身をよじる私をガッチリ押さえつけて力ずくで血を吸う強引なナナちゃん。興奮します!!」
一人でエキサイトするユリスを見て、ナナがドン引きしていた……
「そ、それで私は、ヴァンピールとして血を吸った種族の遺伝子を体内に取り込み、一時的にその種族が使える能力を引き出す事が出来るのよ。さっき使ったのは『ヘカトンケイル』という巨人族ね。能力は単純に、とてつもない怪力を得る能力よ」
「へぇ~凄いんですね! それじゃあ他にはどんな種族の能力を引き出せるんですか!?」
ユリスが興味津々といった具合で聞いて来る。
ナナは自分の指を折り、数えながら答えた。
「色々と持っているけど、そうねぇ……『サキュバス』、『ライカンスロープ』、『ドラゴニア』、『ヴァルキリー』、『スライム』じゃないかしら? この他に『人間』と『ヘカトンケイル』を混ぜた七つの種族を『七盟友』と呼んでいて、ヴァンピールと特に仲がいい種族なのよ」
ふむふむ、と楽しそうに聞くユリスとは逆に、ナナの表情は曇っていた。
「と言っても、仲がいいのは大人達だけ。私には友達なんて一人もいなかった……」
「え!? 仲が良かったんですよね? 一緒に遊んだりとかしなかったんですか?」
「そんな暇なんて無かったわ。だって……ずっと修行していたんだもの」
曇っていて表情が次第に強張っていく。その瞳には怒りの色が見て取れた。
「ああ~、だからナナちゃんは強いんですね。一体いつから修行していたんですか?」
「物心つく前からよ。今が11歳だから……5年くらい続けていたのかしら」
「わぁ~。すごく教育熱心なご両親なんですね。でも、修行の合間に友達と遊んだりできるんじゃないですか?」
「修行中に合間なんてなかったわ!」
ついに声にまで怒気が混じり始めた。トーンも落ちて、明らかに機嫌が悪くなっていた。
「え? でも、休憩とかあるんじゃないですか?」
「ない! ただひたすら強くなるために組手をさせられていたわ」
「……でも、流石に食事の時間や寝る時間とか――」
「ない! 全部修行の一部に組み込まれていて、うまくできないと一週間眠らずに修行させられたこともあった!」
「あ、あぅ……」
「結局私は種族の道具として扱われてきた! 名誉のため。秩序のため。威厳のため! だって私がどんなに休憩させてってお願いしても決して許してくれなかった!! 強くなる事が最重要で、そこに私の意思なんてない! ただひたすら強くなるために毎日毎日ボロボロになるまで戦って、回復魔法なんて瀕死の重傷にならないと使ってくれなかった! ユリスに召喚された時だって死ぬ一歩手前まで追い込まれて……はっ!?」
そこまで言ってナナは気が付いた。つい熱くなって感情をぶちまけてしまった事に。そしてそのせいで、ユリスを怯えさせてしまったのではないかと心配になった。
チラッとユリスの顔を覗き込むと、ユリスはポロポロと涙を流して泣いていた。
「ええ~~!? なんでユリスが泣いてるの!?」
「だって、ナナちゃんがそんな辛い思いをしてきただなんて……うわ~んナナちゃん可哀そうです~……」
ユリスは泣き喚きながらナナに抱き付いてきた。今度は頬ずりまで妙に感情移入している様子だ。
「でももう大丈夫です。ナナちゃんには私がいますからね。もう友達ですから」
「友……達……?」
「はい! 私達は友達です。これからはいつも一緒ですよ。寝る時も、お風呂に入る時も。うぇへへへ……」
「おかしい! それは絶対おかしい!」
妙な妄想でにやけるユリスにツッコミながら、ナナはちゃんと確認をしようと考えた。
「じゃあ、ユリスは私の味方でいてくれる?」
「もちろん! どんな時でも、私はナナちゃんの味方ですよ」
「そう。私、今まで自分の味方をしてくれる人がいなかったから、嬉しい……」
ナナが頬を染めて俯いた。嬉しくも恥ずかしい気持ちで顔が緩んでしまったのを見られたくなかったのだ。
ユリスよりも頭一つ分背の低いナナが俯くと、ユリスからはその表情は見えない。顔を覗き込もうとすると、ナナはスッと顔を背けていた。
「照れちゃってるナナちゃん可愛いです!」
首に手を回し、再びナナに抱き付いていくユリス。
ナナはそんなユリスの顔面を両手で引き離そうとしていた。
「いちいちくっつかないで。暑苦しいわ。いいから早くギルドに行きましょ」
ポカポカと心が温かい。そんな気持ちを悟らせないように、平然を装ってナナはユリスの前を歩くのだった。
しばらく歩くと、『冒険者の館 ギルド』と書かれた看板が目に入った。どうやらここでレベルを計ってもらえるらしい。
ナナは中を覗き込むようにゆっくりと扉を開けた。
中は木と、鉄の匂いがする。木工と鉄工の装備の匂いだとナナは思った。
それと若干の男臭さに眉をひそめる。こればっかりは慣れるしかないだろう。
中へ入ると、少女二人組という珍しい顔ぶれだからだろう。周りから注目を浴びる事になった。
そんな中、ナナの強さを知っているユリスは堂々とカウンターへと向かう。
「すみません。レベルを計りたいんですけど」
受付の女性にユリスは慣れた様子で説明を始めていた。
「いえ、私じゃなくてこっちの子です。分類は召喚獣。……そうです、私が召喚しました」
受付とのやり取りはユリスに任せて、ナナは周りを観察しながら待つことにした。
「分かりました。ではナナさん、こちらへどうぞ」
どうやら手続きが終わった様で、ナナは受付の女性について行く。周りからはレベルを計るという事で、冒険者から興味津々の眼差しで見られていた。
「こちらの装置の中へとお入りください」
そこは大人が入れるくらいの箱型の装置だった。大男なら身を屈まなくてはいけないだろう。ナナが中へ入ると、そこは周りがレンズで構築されており、言わば万華鏡のようだった。
「魔界で言うクリスタルの中みたい。結構キレイね」
「全身をレンズで見通してレベルを推定する装置です。しばらくお待ちください」
受付の指示に従ってジッとしていると、装置がゴウンゴウンと動き出した。しかししばらくすると、
――ビィーー! ビィーー!
周りに響くような警告音が鳴り始めた。
「この音なに?」
ナナが装置から顔を出して周りを見ると、受付の女性は慌てた様子だった。
周囲にいる冒険者達も騒めいている。
「ええっと……申し訳ありません。なんの危険もございませんので、少々お待ちください」
そう言って、女性は警報を止めてからバタバタと走り出す。
ユリスに目を向けると、彼女もまた神妙な面持ちをしていた。ナナと目が合うと、無理やり作ったような笑顔を見せていた。それを見てナナは思う。何か予期せぬ事が起こったのだと。そしてその事態をユリスは少なからず察していると……
考え込んでいると、受付の女性はすぐに戻ってきた。そしてこう告げる。
「申し訳ございません。ギルド長がお呼びです。少しの間時間を貰えませんでしょうか」
こんな事態を無視する訳にもいかないためナナは頷き、受付の女性に案内されて奥の部屋へと入っていく。
そこには三十代になったくらいの女性が、大きなデスクを前にして佇んでいた。そしてその左右には武装した戦士が付き添っている。
ギルド長の女性はナナをしっかりと見つめ、静かに語りかけた。
「私はこのギルトの長、ベルクリートと言います。あなたがレベル測定で警告を出した召喚獣ですね?」
『召喚獣』という呼ばれ方に若干の抵抗を感じるナナだが、ここは話を進めるために頷いておくことにした。
「あなたには色々と聞きたい事があります。正直に答えて下さい」
「……別にいいけど、なら私からも質問させてほしいわ。結局私のレベルっていくつだったの?」
ナナが先にそう聞いた。するとベルクリートは仕方ないという雰囲気で答えた。
「レベルは分かりません。あなたには歪みが生じていてうまく測定できませんでした」
「歪み?」
「そう。歪みです。具体的に言うならば、怒りや恨みといった負の感情です。これらを持つ者はうまく戦闘能力を計る事は出来ません。なぜならば負の感情を持つ者は、狂人のように痛みを忘れて捨て身の攻撃を繰り出したり、怒りにより攻撃力が変化したり、我を忘れて理性や防御が低くなったりと、個人の能力が安定しないのです。よって、うまくレベルを測定する事が出来ません。ナナさん、今回の測定であなたにはその反応が出ました。正直に答えて下さい。あなたは今までに、誰かを強く恨んだリ、殺したいと思った事はありませんでしたか?」
空気が張り詰める。
両脇で見守る戦士も、ユリスでさえも息を呑んでナナの答えを待っていた。
「ある、と言ったらどうするの?」
ナナの答えに戦士が、ユリスが息を呑むのであった……