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幼女の異世界転移録  作者:
強者激突編
29/64

幼女は仲間に匿われる②

「くそっ! 剣美は帰っちまったし、トトラは買い物に行ったばっかだ。こんなタイミングで敵が来るなんて!!」


 フィーネの表情に焦りが見える。それも当然の事だろう。今ナナは戦える状態ではないのだから。


「どうしよう……ナナお姉ちゃんに言った方がいいのかな……?」

「……いや、ナナはちょうど寝ちまったし、どの道戦えるのは私達だけだ。私達だけで迎え撃とう! リリ、相手の情報をわかる範囲で教えてくれ」


 リリアラは強く頷き、気配を精密に探るように集中する。


「相手は現在、ここから南西の森の中をうろついているの。真っすぐにここへ向かっている訳じゃないけど、あっちこっち動きながら少しずつ近付いて来る感じ。何匹か魔物と遭遇してるけど、いずれも出会い頭に瞬殺しているの」

「……ここの魔物を瞬殺か……結構やべぇな」


 フィーネは考えた。この状況をどうすべきかを。


「取りあえずトトラが戻るまでの時間を稼ぐ意味でギリギリまで引き付けよう。活動範囲いっぱいまで様子を見る」


 活動範囲。それはナナが定めた子供達が外へ出る時の範囲である。

 ナナが建てた、いくつもの小屋はちょうど荒野と森の境目に作られている。そこからおよそ30メートルほど先に、この建屋を囲むように木の杭を打ち込んで、そこから外へは出ないようにと定めている。

 ナナが魔物の気配を読み、ここへ近付いて来るのを感知できるのが約50メートル先。そこから余裕を持って30メートルなのだ。

 これはフィーネ達がここに住む事になった時からの決まり事である。


「あ、ダメなの!! 子供達の何人かが活動範囲の外へ出てるの!! 多分、相手の存在に気が付いて、こっそり確かめようとしているの!!」

「えええぇ~~~!?」


 子供とはやんちゃである。しかもここで生活する子供達は、魔物と戦うための力を養うために、フィーネ達と同じように日々修行に勤しんでいる。

 そして子供とは、覚えた事を使いたがる生き物である。気配を消す事が出来るようになれば、多少無茶をしてでも試したくなるのは必然だった。


「多分、すごく視力のいい子が何人かいるから、目視で相手を確認して、気配を消して観察するつもりなの」

「ったく、仕方ねぇ! 子供達の安全が最優先だ。行くぞリリ!」

「了解なの!」


 こうしてフィーネとリリアラは小屋を飛び出していく。

 木々の間を駆け抜け、活動範囲を示す杭を飛び越え、リリアラが感じている相手の元へ一直線に向かった。


「あ、フィーねぇ。リリちゃん!」


 相手の方向から子供達三人が走ってきた。三人共フィーネよりも背が低く、リリアラよりは背が高い。


「お前達、活動範囲を超えんぞ!?」

「ごめんなさーい。人影が見えたから気配を消して尾行しようとしたら見つかっちゃった~」

「当たり前だろ!? お前達みたいな素人じゃ、この辺を一人で歩き回る玄人に勝てる訳ねぇ。あとでお説教だからな!」

「わ~ん! フィー姉が怒った~」


 子供達はワーワーと騒ぎながら逃げていく。

 あとに残されたのはフィーネとリリアラ、そして子供達が逃げてきた方角から歩み寄る一人の男性だった。


「ふむ、子供達に見張られていると思えば、あとから出て来たのも子供でござるか……」


 妙な口調の男性は、この辺では珍しい着物を着て、その着物をグルリと巻いている帯に刀を差していた。三十代くらいだろうか、ボサボサの髪の毛と無精髭のせいで子汚い印象を受ける。


「おっさん、何者だ?」


 うっそうと生い茂る森の中、10メートルくらい距離を空けてフィーネが訊ねた。


「それはこちらのセリフでござるよ。先ほどの子供達の身のこなし、レベル50といったところか……お主達はもっと強いでござるな。先ほどの子供と歳はさほど変わらないのに、たたずまいが段違いでござる。ここは大人が入り込むと子供の姿になる夢の国でござるか?」

「残念だけど、そんなおとぎ話は存在しねぇよ。私達は自力で強くなったんだ。けど夢の国ってのは間違いじゃない。修行さえまじめにやれば、大人から虐げられることなく楽しく暮らせる夢の国。おっさんはそんな私達の国に何をしに来た?」


 軽く冗談を踏まえた口調でフィーネが返す。

 それに対して着物の男は、やれやれとボサボサの頭を掻きむしった。


「そのおっさんってのは勘弁してほしいでござる。拙者、『紅月こうげつ』という名で、ここへは修行も兼ねて歪持ちを探しに来た次第でござる。お主達は歪持ちの仲間でござるか?」

「……そうだとしても、アンタには会わせられねぇ。大人しく帰ってくれ」

「そういう訳にはいかないでござる。歪持ちには一部の国から懸賞金が賭けられているでござるよ。修行も出来て倒せば金貨も貰える。一石二鳥というものでござろう」


 紅月は引き下がらない。目的に金貨も含まれている分、半端な説得では効果が無いとフィーネは判断した。


「コウゲツのおっさんは、レベルいくつだ?」

「ふむ。700を少し超えたくらいでござるよ」


 トトラよりも高いレベルに、フィーネは心の中で舌打ちをする。


「だったら悪い事は言わない。止めておいた方がいいよ。ウチのリーダーはレベル5000前後だ。まさに桁が違う」

「左様でござるか!? う~む、しかしレベルの低い者が絶対に勝てないなんて道理はないでござるよ。結局は自分の磨き上げた技が通じるか否か。それだけでござる。さ、そこを通すでござるよ。その先に歪持ちがいるのでござろう?」

「……行かせねぇよ。どうしてもって言うなら、まずは私達を倒してからにするんだな」


 そう言って、フィーネは拳を構えた。


「……やめておいた方が身のためでござるよ。お主では拙者に勝てない。それが分からないほど未熟ではなかろう?」


 紅月にそう言われて、少しの間沈黙が続いた。


「なぁリリ、お前さ、レベルいくつになった?」

「ん……多分220くらいなの。フィーネお姉ちゃんは?」

「私は350くらいかな。二人掛かりであのおっさんに勝てると思うか?」


 リリアラは静かに首を振った。


「……多分無理なの……」

「だよな。私もそう思う。……けど――」


 ギラリと、フィーネの目つきが鋭くなる。その構えから気迫が滲み出ていた。


「それでも引く訳にはいかねぇ! 絶対ここで食い止めるぞ!!」

「了解なの!!」


 そんな二人を見て、紅月は自分の顎を指でなぞり、考える。


「そこまで会わせたくないと言う事は、恐らく歪持ちは戦える状態ではないのでござるな。歪持ちを狙う敵は拙者以外にもいるはず。怪我でもして今は休養中でござるか……」

「だったらどうする? 大人しく日を改めてくれるのか?」

「いや、戦えないのは残念でござるが、金貨が欲しいのも事実でござる。動けないのであれば捕まえて国王の元に差し出すでござるよ」


 そう言って、紅月も拳を握り構えを取る。


「おっさん、その腰にぶら下げている武器は飾りかい? 使ってもいいんだぜ」

「はは、別にお主達を殺したい訳ではないでござる。この得物はつかわんさ」


 どうにも舐められているらしい。それがフィーネにとっては癪だった。


「はっ! 実力の差はこの揺るぎない想いで埋める! いくぞリリ!!」


 フィーネが紅月に向かって走り出す。周囲を旋回するように、一気に距離を縮めたりはしない。紅月はそんなフィーネを視線だけで追っていた。

 最初に仕掛けたのはリリアラだ。その右手から鞭が真上に伸びる。煌々と真っ赤に輝く炎の鞭を、紅月に向かって振り下ろした。

 だが紅月は軽くステップを踏み、素早く横に移動するだけで鞭を回避する。真っ赤な鞭が地面を叩きつけると、火の粉が舞い草が焦げた。

 リリアラは手首を効かせて鞭を再度振るう。この鞭は魔法で作られた物だ。力を入れる必要はない。魔力を操作すれば自在に操れるのだ。

 リリアラが軽く振るうと、鞭はまるで蛇のようにしなりながら紅月に襲い掛かる。リーチを活かして中距離から攻めるが、紅月は無駄のない動きで全てを躱していた。

 ついにフィーネが突撃をかける。鞭の動きに気を取られている紅月に滑り込むように近付き、攻撃を仕掛けようとした。しかし……


 ――ドスン!


 紅月の間合いに入った瞬間に、フィーネの腹に紅月の鋭い拳が突き刺さっていた。


「かはっ!?」


 そのままグンと力を込めて、リリアラの方向へ投げ飛ばされる。リリアラはフィーネを受け止めようとして、二人はぶつかり地面へと転がった。

 フィーネは腹への強い衝撃で呼吸ができなくなっていた。だから息を止め、小さく、小刻みな呼吸を繰り返し、回復を待った。


「大丈夫!? フィーネお姉ちゃん」

「ゲホッ……あ、あぁ……けど、やっぱ強ぇな……」


 額から汗を滲ませながら、フィーネはやっとの思いで声を出した。


「攻撃速度が半端ねぇ速さだ。まるで反応出来なかった。こりゃ間合いに入るのは相当難しいぞ」

「当然でござる。拙者の得物、『刀』は何よりも攻撃速度がモノを言う。速ければ速いほど切れ味が増す。武器の重さに負けて振り遅れていては話しにならぬ。さぁ、これで実力の違いはわかったでござろう。大人しく道を譲るでござる」


 紅月はゆっくりと歩き出す。構えもしない。けれどフィーネの頭には、その拳が届く間合いに入ればまた速く鋭い拳が襲ってくるイメージがこびり付いていた。


「仕方ねぇ。こっちの方が先に手の内を見せるのは癪だが、本気で行くぞ。リリ!」


 フィーネはリリアラに耳打ちで作戦を伝える。そんな様子を見て、紅月は足を止めた。まだフィーネ達が全然諦めていないのを理解したのだ。

 そしてフィーネは足を縦に開き、体をユラユラと動かし始めた。頭のてっぺんで円を描くように体を回す。


「む!? 面妖な……何かの体術でござるか……!?」


 流石に紅月も警戒して拳を構えた。

 それと同時にリリアラが動く。フィーネよりも前に出て、その鞭を横薙ぎに払った。地面ギリギリの位置で、足首を狙うように水平に振るう。

 紅月はその鞭をピョンと、軽くジャンプして回避した。そこを――


――「神速、ライカンスロープ!!」


 ギュン!!

 空中に跳び上がった紅月の背後に、一瞬にしてフィーネが回り込んでいた。


「なっ!?」


 驚きの声を上げる紅月の背中を狙い、フィーネが拳を振るった!


 ――ドガッ!


 鈍い音が鳴り、両者が吹き飛ばされていた。

 フィーネが紅月の背中を殴り飛ばしたのと同時に、紅月もまた、フィーネの顔面に肘鉄を喰らわせていたのだ。

 地面に倒れるフィーネにリリアラが駆け寄っていった。


「フィーネお姉ちゃん!?」

「くっそ……これでも相打ちかよ……」


 ぐいっと口元の血を拭い取り、立ち上がる。

 紅月もユラリと立ち上がると、その腰に携えてあった刀に手を当てた。


「なるほど。どうやら拙者は、お主達を子供だと見くびっていたようでござるな。あいわかった。ここからは本気で相手をするでござる」


 ブワリと、周囲に殺気が広がっていく。ついに紅月が刀を抜く事を決意したのだ。

 フィーネの体が小刻みに震える。格上の相手、しかも相当実力に差がある相手を前に、本能が死を告げていた。

 それでもフィーネは引かない。引けるわけがない。自分が守らずして、誰がナナを守ると言うのか……


「道を開けるなら今のうちでござるよ……」

「へっ! 私らのシマじゃ実力が全てだ。通りたいなら本気で来な!!」


 ナナの真似をして己を奮い立たせる。

 そうしてフィーネは、再び体を回し始めた。


「リリ、もう一度さっきの行くぞ」

「う、うん……フィーネお姉ちゃん、気を付けてね」


 気を付けてと言われても、もはや命を賭けて無茶をしても届くかわからない相手だ。苦笑しか出てこなかった。


「やれ! リリ!」


 フィーネの怒号でリリアラが動く。さっきと同じように紅月の足首を狙い、地面と水平に鞭を払う。紅月がジャンプするタイミングを計り、フィーネも地を蹴り背後に回った。


 ――斬っ!!


 一瞬で鞭が切断され消滅する。

 紅月は足首を狙う鞭をすくい上げるように切り裂き、そのまま背後に回るフィーネに刀を振り下ろしていた。


(え……?)


 足と背中を狙った同時攻撃でさえ、紅月の刀を抜く速さには追い付けなかった。正に神速の太刀がフィーネの目前まで迫った時、フィーネは死を覚悟した……


 ――ズガアアアアァァン!!


 突然轟音が鳴り響き、周囲は土煙で視界が奪われた。

 そんな中、フィーネはヨロヨロと後ずさりをする。数歩下がって、自分の顔を両手で触ってみるが、特に痛い所も、血を流している所も無かった。

 完全に斬られたと思っていたフィーネだが、この土煙といい、何が起こったのか理解できないでいた。しかし煙が晴れると、その疑問は解決する事になる。

 なんと、さっきまで紅月が立っていた場所に一本の石で出来た槍が突き刺さっていた。紅月はこの飛んできた槍を回避するために、フィーネに振り下ろした一撃をキャンセルして飛び退いだのだ。


「おやおや、なんだか風が騒がしいと思いましたら、このような争いが起こっていたのですね」


 幼い声がその場の全員の耳に届く。それは赤い髪をした少女であった。

 フィーネやリリアラにとっては姿を見なくても、それが誰なのか間違えるはずはなかった。


「ミオ!!」

「むぅ……また子供でござるか……」


 それはフィーネやリリアラと同じ日に、ナナに助け出された奴隷の少女、ミオであった。


「フィーネ様とリリアラ様は、寝床は違えど同じ仲間。彼女達の敵であるなら私の敵でもあります」


 そう言ってミオは、紅月の後ろで足を止める。こうして紅月は、ミオとフィーネに挟まれている状態となった。


「ミオ! 力を貸してくれ! 今ナナは動けない。こいつをここで止めないとナナが殺されちまう!」

「いや拙者、殺すとは一言も……」


 フィーネの言葉を聞いて、ミオがピクリと反応した。


「へぇ~……そうですか。私のご主人様を殺す? あらあらまぁまぁ」


 ブワリとミオの体から殺気が溢れ出す。


「なら、ボコった後でフレイムウルフのエサにするとしましょう♪」


 穏やかな口調とキュートな笑顔を見せるミオだが、背筋も凍るような殺気が周囲に広がっていた。

 そんな中――


「フィーネお姉ちゃ~ん!!」


 仲間の参戦で少し余裕が出たのか、リリアラがフィーネに抱き付いてきた。


「斬られて殺されたかと思ったのぉ!! だから無茶しちゃダメなのぉ!!」


 グシグシとフィーネの背中に顔を押し付けて涙を拭っていた。


「ご、ごめん……あはは、私も死んだかと思った……ミオも助けてくれてありがとな」

「いえいえ、喜びを分かち合うのはこの男をフルボッコにしてからにいたしましょう♪」


 相変わらずいい笑顔のまま怖い事を言うミオであった。


「ふむ……足と背中、側面からの投げ槍と、三ヵ所同時攻撃は流石に対応できなかったでござる。拙者もまだまだ未熟……」


 自分をたしなめる紅月を警戒しながら、フィーネは次の作戦をリリアラに耳打ちした。


「ミオ、私の攻撃に合わせてくれ。このおっさん攻撃速度がメチャクチャ速いから先走んなよ」

「了解でございます。フィーネ様」


 そう言って、ミオは近くの木の後ろに姿を隠した。すると、ミオの気配は完全に消えてしまった。これには紅月も面食らったようで……


「なんと!? 木の後ろにいるのは確かなのに、完全に気配が消えたせいでいつ襲ってくるのかがわからないでござる!?」


 しきりにミオが隠れた場所が気になるようだった。

 もしかするとすでにミオはそこにはいないのかもしれない。木の後ろに隠れた直後、その木を登り、頭上を移動すればすでにそこにミオはいない。ミオならばそれくらい音も無くこなしてしまうのだ。


「へへ。そろそろ決着つけようぜ。コウゲツのおっさんよぉ」

「ふっ。よかろう。お主達の全力、拙者にぶつけて見るがいい」


 二人は睨み合う。

 フィーネは再び足を開き、体を回し始めた。


「もうその技は通用しないでござるよ」

「ま、そう言うなって。最後まで付き合えよ」


 不敵な笑みを浮かべ、フィーネが思いきり地を蹴った!


――「神速、ライカンスロープ!!」


 凄まじい速さで紅月に突撃していく。そして紅月の間合いに入るその直前で、フィーネはギュンと方向を変えた。

 刀を抜こうと待ち構えていた紅月はタイミングをずらされた訳だが、冷静にフィーネの動きを見極めようとしていた。

 そんなフィーネは、近くの岩山の後ろへ隠れてしまった。紅月は不思議に思うが、次の瞬間……


――「気功術、ヴァルキリー!!」


 岩山に亀裂が入ったかと思うと、破裂して大、小、様々な岩の破片が紅月に降り注いだ。

 気功術。それは生物の体を流れる生命エネルギーを自在に操る技術である。フィーネはナナが使うヴァルキリーの能力を真似したくて必死に練習した結果、なんとうまく操れるようになっていた。

 今、フィーネは自分の気を拳に集め、その攻撃力で岩を打ち砕いたのだ。

 

「ぬぅ!? 石つぶてでござるか!?」


 紅月の刀が鞘から少しだけ抜かれ、その刃がキラリと光る。だがこの時、紅月は迷っていた。

 それは、飛んでくる岩の破片を刀で切るか否か、という事であった。どう考えてもこの攻撃は紅月に刀を抜かせるためのものだ。飛んでくる岩を切り裂いた瞬間に、別の角度から攻撃してくる事は明白である。だとするならば、この飛んでくる破片は刀を使わずに避けるのが最適。そう紅月は考えた。

 ――しかし、それは本当に自分のためになるのか……

 それもまた紅月の頭を悩ませていた。

 紅月は修行のためにこの大陸へ渡ってきた。安全に対処する事が、果たして自分を成長させる事に繋がるのだろうか……?

 紅月は目を見開いた! 飛んでくる物は全て斬る。そう決断した。

 岩も、魔法も、人も、自分の間合いに入る物は全て斬る。それが自分の唯一の取り得である攻撃速度を成長させる、ただ一つの修行方法なのだ。

 紅月は目の前に飛んできた大きな岩の破片を見据え、刀を抜いた。凄まじい速さで抜かれた刀に切り裂かれ、岩は真っ二つとなり紅月の体を避けるように左右へ分離していく。

 刀を振り抜いた後だからと言って、その腕を止めはしない。次々と降り注ぐ破片を片っ端から両断していく。その刀を振るう速度は尋常ではなかった。

 そしてついに、フッと側面からフィーネが現れた。大きな破片にその身を隠し、紅月に近付いた瞬間に飛び出して来たのだ。思い切って踏み込み、紅月に殴りかかる。

 だが、刀が届く範囲全てを切り裂こうと決めた紅月の速さはもはや人間離れしていた。感情が高ぶっているせいもあり、突然現れたフィーネにもためらいなくその刀を振り下ろしていた。

 フィーネが殴りかかるよりも速く、紅月の刀がフィーネを両断しようとしていた。


 ――ブオン!!


 だがその刀は空を切る。

 突然フィーネが後退したのだ。そんなフィーネの体には鞭が巻き付いていた。

 実はフィーネの作戦により、リリアラがあらかじめフィーネの体に鞭を巻き付けておいたのだ。リリアラは人の感情を精密に読むことが出来る。それにより、紅月がフィーネを目で捉え、斬ろうとする感情を感知した瞬間に、思い切り鞭を引っ張りフィーネを後退させたのだ。

 感情から相手の行動を先読みする。リリアラが最も得意とする戦法だった。

 そして、そのせいで斬れると確信していた紅月はバランスを崩していた。一歩前につんのめったその体を支えるために足に力を入れる。その瞬間、気配を消していたミオが紅月の背後に音も無く近付いていた。

 ハッと気が付いた時には、ミオは全力で紅月の顔面に蹴りを放っていた。

 ドガッ! と、ついに紅月にまともな一撃がヒットして、地面を転がる。

 急いで立ち上がろうとする紅月だが、今の一撃で頭が揺れ、片膝を付いた状態から中々立てずにいた。

 そこへフィーネが、ここがチャンスと走り込んで来た!


「来るか!? 刀の錆にしてくれる!!」

「片膝ついた状態で出来るかよ!! 『神速、ライカンスロープ!!』」


 体を回す事はない。走り出した体は十分に勢いが乗っている。その状態でフィーネは全力で地面を蹴った!

 ギュンと光のような速さで真っすぐに加速する。背後を取る事もフェイントを入れる事もしない。最大最速の勢いで紅月を正面から殴りにいった!


「かぁ!!」


 光速で突撃するフィーネに、紅月が刀を振り抜く!

 するとズバッ! と、空中に鮮血が飛び散った。フィーネの頬が薄く斬られたのだ。

 ついにフィーネが、薄皮一枚で紅月の刀を掻い潜り、自分の拳が届く位置まで迫る事に成功した!


「ナナは絶対私が守る!! 『剛腕ヘカトンケイル!!』」


 全身全霊をかけた渾身の右フックを紅月の頬に叩きこむ!

 とんでもない速さに加え、フィーネ渾身の力が合わさる事で、紅月はミサイルのように吹き飛ばされていた。何度も空中で体が回り、そびえ立つ木をへし折って、数十メートルふっ飛ばされたのち、ようやく紅月はボロボロになりながら止まる事が出来たのだった。

「うん、まぁその、回復してあげてユリス」

「わかりました」


 縄でグルグルに縛られている上に、ボロボロになっている紅月を見てナナがそう言った。

 未だに体が痛いのでベッドの上で横たわっている状態である。


「いいのですかナナ様!? この虫けらはナナ様が動けないと知ってて襲おうとしたんですよ!? 殺してしまうべきです!!」


 ミオはそう言って紅月を見下ろす。その目は確かに虫を見るような目つきだった。


「けどねミオ、やっぱり私は人を殺したくないわ。それに殺して悪評が広がるよりも、生かして私のいい噂を流してくれた方が効果的だと思わない?」

「なるほど! 流石ナナ様です! という訳でフィーネ様、リリアラ様、この男を殺す事は許しませんよ!」

「……お前、自分の意見ひっくり返すの早すぎだろ!!」


 フィーネにツッコまれたミオは、テヘッと舌を出して誤魔化そうとしていた。


「フィーネもリリも、もちろんミオも今回は助かったわ。ありがと」

「べ、別にナナのためにやった訳じゃねぇよ。私は自分の居場所を守っただけだって……」


 ナナにお礼を言われた事に、頬が緩むのをこらえながらフィーネが心にもない事を言っていた。


「『ナナは絶対私が守る!!』 とか言っていましたが?」

「違っげーよ!? それは……違っげーよバカ!!」


 ミオの全てバラしていくスタイルに、フィーネが真っ赤になって慌てていた。

 微笑ましいと笑っていたナナだったが、一つ気が付いた事があった。


「フィーネ、頬っぺたに傷が残ってるわよ。ちゃんとユリスに回復してもらわないと」

「あ~……これか」


 それは、紅月との最後の攻防で出来た傷だった。


「これは回復しなくていいや。なんかこの方がカッコいいし!」

「も~、またそんな男の子みたいなこと言って……フィーネは結構可愛いんだから、ちゃんとしたらいいのに」

「いいんだよ。これは守りたいもん守った勲章みたいなものなんだからさ」


 そう言ってフィーネは照れたように笑っていた。それはナナに可愛いと言ってもらえた喜びか、今回の闘いを制した喜びか、はたまたその両方か……

 なんにせよ、フィーネのその頬の傷はしばらくの間残っているのであった。

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