幼女は剣美と戯れる①
「ユリス、ここから一人で拠点に帰って。近くに魔物はいないし、私達の感情を察してリリが迎えに来ると思うから」
「ふえ!?」
ユリスの答えを待たずにナナは飛び出していった。
現在、ナナ達はドルンの街から北の大地。荒れ果てた荒野を渡り、拠点へ帰ろうとしていた。
ドルンの街で奇妙な現象が発生した事をユリスに説明して、胸騒ぎを覚えて急いで拠点へ帰ろうとした時の事だった。ナナ達の現在地から東の方角に人の気配を感じたのだ。ナナはこの人物を調べずにはいられなかった。
ドルンの街から北の荒野。ここの魔物は平均レベルが200にもなる危険な場所だ。魔物のレベルが高すぎて、開拓が全く進んでいない場所である。ギルドから魔物の討伐依頼も出ていない。そんな所を一人で彷徨う人物なんてかなり限られてくる。
――歪持ちだと危険視されているナナの討伐。
この可能性が一番高い。だからナナはユリスを置いて一人でその人物の元へ行く事にしたのだ。
ナナは一応、相手を油断させるために普通の幼女の振りを演じる事にした。
警戒や敵意といった感情を抑え、あえて隙を作り、足取りをわざと遅らせて、ここに迷い込んだ子供を演じる。50メートルほど先からそんなビクビクと震える演技を交えながら、ナナは少しずつその人物に近付いていった。
20メートルくらいまで近付いた頃だろうか。相手がナナに気付き、急速に接近をしてきた。お互いの声が届くほどの距離まで近寄ってきたその相手は、なんと女性であった。
プラチナブロンドの髪を首の辺りで一括りにして大きめのリボンで縛っている。
服装はお嬢様とも冒険者とも取れる格好で、清楚なドレスの上に軽装を纏い、腰にはなんとも神秘的な雰囲気を醸し出す剣を携えていた。
女性は成人しているかどうかと言った年齢で、かなりの美形でスタイルが良い。そんな彼女はナナを認識した瞬間に驚きの表情を浮かべていた。
「こんな所に子供が!? あなた、どうしてこんな所にいますの?」
この時ナナは思考を張り巡らせていた。姿を見ても誰だか認識されない。つまり自分を討伐に来た訳ではないのだろうか? と……
それでも念のため演技を続ける事にした。
「あ、あのね、お姉ちゃんとはぐれて迷子になっちゃったの……ぐすん……」
欠伸をする要領で目に涙を浮かべ、怯える様子を過剰に演じる。
この時、女性は酷く衝撃を受けていた事をナナは知らない。
(な、なな、なんなんですのこの子、可愛すぎですわーー!!)
ナナの怯えた様子が。涙目が。容姿が。幼さが。
その全てがハートを射抜き、虜にさせていた。
「迷子ですの!? それは大変。ですがわたくしが来たからにはもう大丈夫ですわよ。これもでわたくし、冒険者ですの!」
女性は必死に冷静を装って安心させようとしてくれていた。
そんな彼女を、ナナは一瞬で見抜いていた。
――この人は強い。と……
正確な強さまではわからない。けれど、その無駄のない一挙一動から、元四獣であるトトラ以上の強さはあると察していた。
「お姉さん強いの? 助けてくれるの?」
幼く、たどたどしい口調でナナはそう聞いてみる。
「もちろんですわ! 自分で言うのもなんですけれど、これでも『剣美』なんて異名を付けられるくらいには強いんですのよ?」
ナナに衝撃が走る。
剣美。それはこの世界で最強の冒険者だと聞かされた名前であった。けれどそんな戸惑いを表には出さずに、あくまでも普通の幼女として演技を貫く。
「すごーい! 私ね、このまま魔物に食べられちゃうんじゃないかってすごく怖かったの。だからね、お姉さんに会えてすごく嬉しい! ありがとうー」
ナナはにぱっと笑ってから、剣美の手を握る。
この時、剣美はまたしても心を射抜かれていた。
(ああああ、胸の高鳴りが止まりませんわ!! ちっちゃなお手て、愛らしい笑顔、どれを取っても可愛すぎじゃなくて!?)
ナナの行動に骨抜きにされる剣美であった。
「どうしたのお姉さん。顔が赤いよ?」
「ななな、なんでもありませんわ!!」
だがナナは剣美の気持ちなど微塵も理解していなかった。なぜならば、それはナナが鈍感であるからだ。
ナナは相手と会話する事で、その声色、トーン。視線の動きから相手の心理を読み取るコールドリーディングという一種の話術を会得している。しかしこれらで分かるのは僅かな心理状況と、嘘を言っているかどうかくらいなもので、自分に対してどう思っているかなどは理解できていなかった。
というのも、ナナはこれまで友達を作った事が無い。よって、仲の良い相手というデータが圧倒的に欠落しており、結果、相手が自分の事をどう思っているのか理解するだけの情報を持ち合わせていなかった。
故に今、剣美がナナに対して抱いている感情を全く理解できずにいた!
「ふーん? じゃあお姉さんは何をしにここに来たの?」
手を繋ぎながら、ナナが探りを入れ始めた。
「わたくしは、歪持ちと呼ばれる相手を退治しに来ましたのよ!」
ズガーン! と、ナナは再度衝撃を受けた。だがそれは自分を狙った事に対してではない。狙った相手の容姿を全く把握していない剣美に衝撃を受けていた。
(顔もわからない相手を探しているのかしら? 世界最強とか言われている割に結構抜けてるわね)
そんな事を思いながら剣美と歩き出した。
「あなた、この辺で恐ろしい魔物を見ませんでしたこと? 歪持ちだと言われている召喚獣。きっと凶悪な相手に違いありませんわ!」
「……知らない」
魔物扱いされた事に、少しだけムッとしてそっけなく言い放つ。だが、剣美の反応は予想外のものであった。
「本当に? わたくし、あなたと歪持ちは何か繋がりがあると思っているのだけれど?」
ドキン! と、心臓が跳ね上がる。
そんな自分を落ち着かせ、当初の予定通り子供を演じる。
「どうしてそう思うの?」
「だってこんな所で迷子だなんて明らかに不自然ですわ。あなた、どこから来てどこに行く途中でしたの?」
「そ、それは……」
言葉が出ない。
うまい言い訳が思いつかない。
心臓が跳ね上がって治まってくれない。
「わたくしが聞いた情報では、この辺に歪持ちのアジトがあるらしいんですの。……あなた、もしかして――」
(バレた!? 戦闘態勢に移らなきゃ!!)
ナナが限界だと思い、態度を変えようとしたその時。
「――もしかして歪持ちが解放した奴隷じゃくて?」
「……へ?」
剣美の見当違いな考えに、間抜けな声を出していた。
「聞いた話では一週間ほど前にドルンの街全域で奴隷が何者かに連れ去られたらしいですわ。噂では、その計画を企てたのが歪持ちだという話でしてよ?」
(ダメじゃん!! 謎の首謀者大作戦バレバレじゃん!!)
参謀役ユリスの立案で実行した謎の首謀者大作戦。これ以上ナナのイメージを悪くさせないための作戦であったが、全くもって意味がなかったと言えた。
しかし実のところ、ナナはこの作戦を完璧だとは思っていなかった。どう考えても自分がドルンの街へ現れた時期や奴隷を買った時期、そこから奴隷解放作戦が決行された時期は結びついてしまう。むしろ自分が疑われない方がおかしいとさえ思っていた。
とはいえ、他に良い作戦が浮かばなかったために妥協したのも事実であり、ナナは別にユリスを責めるつもりなんて毛頭ない。
「どうですの? あなた、その時に連れ出された奴隷なのではなくて?」
剣美が全てを見抜いたと言わんばかりのドヤ顔で詰め寄っていく。
それに対してナナは……
「実はそうなの! 黙っててごめんなさい! 歪持ちと関わってるって知られたらきっと怒られると思って言い出せなかったの。私のこと見捨てないで……」
瞳を潤ませて、少し上目目線のまま甘えるような声でそう言った。
例え演技であったとしても、ぶりっ子のふりをするのは寒気と鳥肌が立つ思いであったが、それでもナナはこの状況を穏便に解決しようと必死であった。
そして、そんなナナのぶりっ子を目の当たりにしている剣美は……
(はうううう!? そんな雨の日に捨てられた仔犬のような目で見るのは反則ですわ!!)
簡単に胸をキュンキュンさせていた。
「大丈夫ですわ。あなたは何も悪くない。ちゃんと家まで送るから安心して構いませんことよ」
剣美と繋いだ手はとても優しく、暖かい。決して悪い人ではないとナナは感じていた。だからこそ、どうすれば納得してもらえるのかを考える。
「えっと、わたくしはあなたを歪持ちのアジトまで送ればいいのかしら?」
「うん。けどね、歪持ちの人はお姉さんが思っているような悪い人じゃないよ? だから争わないでほしいな?」
可愛くお願いをしてみた。
「そうはいきませんわ! 実際に会ってこの目で確かめる。決めるのはそれからでしてよ!」
だが剣美も簡単には引き下がらない。
というか、このままでは最終的に自分が歪持ちだと言う事がバレてしまう。ナナは焦りながらも何か手はないかと考える。
「ところであなた、お名前は?」
「へ? な、名前!?」
さらに焦る質問を投げかけられた。
流石にバカ正直に名前を言ったら、今度こそ正体がバレるのではないかとナナは思案する。
「どうしたんですの? 自分のお名前ですわよ? さぁ、わたくしに教えて下さいな」
グイグイと来る剣美にナナは困惑する。
名前なんて適当に言えばいいはずなのに、そんな時に限ってなんて名前を使えばいいのかわからなくなっていた。
そんな時。
「あ~!? こんな所にいました。探したんですよ!?」
なんとユリスがパタパタと走って近付いてきた。
(げっ、ユリス!? 先に拠点に帰っててって言ったのに!!)
ユリスの登場でナナの頭はさらに混乱していく。
「あら? そちらの方は誰ですか? もしかして知り合いですかナナちゃ――」
「――うわ~~~ん!! 会いたかったよお姉ちゃ~~ん!!」
ユリスが名前を呼ぼうとした瞬間に大声を出して、その声をかき消した。
「私迷子になって寂しかったんだから~!! もう離れちゃヤダよ!! ずっとそばにいてくれなくちゃヤダヤダ~!!」
ユリスにこんなぶりっ子な演技を見られるのは死ぬほど恥ずかしいと感じるナナだが、背に腹は代えられない。ユリスの腰に抱き付いて、なんとかこれまでの流れを察してもらおうと努力する。
「えへ、えへへへへ……わかりました、もう離れませんよ。一生そばにいますからねぇ~」
ナナに抱き付かれた事でユリスは鼻の下を伸ばしていた。妙な笑みを浮かべて幸せそうである。それだけにナナの真意が伝わったかは微妙であった。
「どうやら知り合いに会えたようですわね」
剣美は少し残念そうな表情を浮かべながらも、安心したような笑みを浮かべていた。
そんな剣美に背を向けたまま、ナナはユリスの顔を見上げて必死にウィンクを送る。
――パチパチパチパチパチパチパチパチ!!
(わ・た・し・に・合・わ・せ・て)
ナナのアイコンタクトだ。
それを見てユリスは我に返り、ナナの意図を汲み取ろうとナナの顔を凝視する。すると次第にユリスの表情が険しくなり、ついにハッとしたように目を見開いた!
どうやらナナの言いたい事が伝わったようである。
「大丈夫ですかナナちゃん!? もしかして目にゴミでも入ったんですか!?」
「ええええええぇぇぇ!?」
否。全く伝わっていなかったようである……
おまけに普通に名前を呼ばれた事に、ナナは驚きを通り越して愕然としていた。
「ナナ? あなた、ナナっていう名前ですの!?」
剣美が動いた! ナナの名前を聞いた瞬間に、その表情が一変していた。
ナナに緊張が走る。流石にもう隠し切れないと判断して、戦闘態勢を取ろうかと勢いよく振り返った!
「なんて可愛らしい名前ですの!? とってもお似合いですわ!!」
「えええええぇぇぇ……」
ナナの言語能力が麻痺をして、それしか言えなくなっていた。
剣美はナナの容姿だけではなく名前すら把握していなかったようで、ナナの名前に感動をしている。
(なんかもう、私ばっかりあたふたしてバカみたいなんだけど……)
段々とあほくさく感じてきたナナとは裏腹に、剣美とユリスは自己紹介を得て仲良くなっていた。
「それでですね、ナナちゃんたら可愛いんですよ」
「わかりますわ! ナナさんの可愛さといったら犯罪級ですもの」
なぜか意気投合してナナについて熱く語っていた。しかし当の本人は一歩後ろで頭を抱えている。
「ところでユリスさん。こんな所をうろつくなんて、あなたも相当レベルが高いのではなくて?」
話題が落ち着いてきた頃に、剣美はそんな質問を投げかけた。
「いや~、実を言うと私、レベルはかなり低いんですよね~……」
「あら、そうなんですの?」
ユリスの答えに不思議そうな顔をして、剣美は黙ってしまった。何やら顎に手を当てて考え事をしていると思いきや、急にナナに向かって人差し指をビシリと向ける。
「ナナさん、実はあなたが歪持ちですわね!!」
「えええええぇぇぇ!?」
あまりにも唐突であった。唐突すぎてナナの口からは、やはりそんな言葉しか出てこない。
「えっと……なんでそう思うんですか?」
と、ユリスも冷や汗を流しながら訊ねた。
「簡単な事ですわ。もしもわたくしが拠点を作るとしたら、拠点を守る役目と買い物に行く役目、強い者を二手に分けるでしょう。拠点を守る役目を裏切った四獣の白虎に任せていると考えれば、今、ここで外出している人物こそが歪持ちの可能性が高い! けれどユリスさんは今自分でレベルが低いと宣言しましたわ。つまり、消去法でいうと歪持ちはナナさんという事になりますのよ!!」
胸を張って高らかに推理を披露する剣美だが、その考えはあながち間違いではなかった。剣美の推理通り、今現在の拠点はトトラに任せている。
(顔も名前もわからないまま飛び出して来たかと思えば、こんなちょっとした発言で見抜いてくるの!? ポンコツなのか優秀なのかわからないわね……)
さてどうしたものかと考えるナナだが、ユリスが慌てて否定し始めた。
「ち、違います! ナナちゃんは歪持ちなんかじゃありません! 奴隷解放作戦の時みたいに、もう何人か外を出歩けるくらいのレベルになっている子もいるんです! ナナちゃんはその一人なんですよ!」
そう言ってナナの右腕を引っ張る。
「嘘おっしゃい! どう考えてもおかしいですわ! どうなんですのナナさん!!」
そう言ってナナの左腕を引っ張る。
両方から二人に引っ張られ、ナナは右へ左へユラユラと揺れ動いていた。
(何この状況……私は何をする係なの……?)
ギュウギュウと引っ張られる状況が続く。
「離して下さい剣美さん! ナナちゃんが痛がってます!!」
ギュウギュウギュウギュウ!
「離すのユリスさんの方ですわ! わたくしはナナさんに聞いてますのよ!!」
ギュウギュウギュウギュウギュウギュウギュウギュウ!!
「だああああ~~!! メンドくさっ!! 何この茶番! メンドくさ!!」
ついにナナがキレた。
両方から引っ張る二人を振り払い、両手を振り上げてプンスカと怒っていた。
「ええそうよ! 剣美、あなたの推理通り、私が歪持ちの召喚獣よ」
媚びる事も、可愛い子ぶる事も止め、堂々とした態度でそう告げるのだった。




