幼女はバトルに参加する
「むにゃ……おまんじゅう……マシュマロ……肉まん……」
――フニフニ。
窓から朝日が差し込む光に照らされて、ナナは目を覚ました。
――フニフニフニ。
何やら胸がくすぐったい。そう感じて目を移すと、少女の乏しい胸は後ろから伸びた手に鷲掴みにされていた。
――フニフニフニフニ。
「!?!?!??!!?」
そう言えば見知らぬ少女と一緒のベッドで寝ていた事を思い出す。
「ちょ……くすぐったい。やめなさいよ……」
ナナは逃げようとするが、抱きしめるように密着されている上に、足も絡められているためになかなか振りほどけない。
――フニフニフニフニフニ。
「ひぃ!」
後ろからは寝言が聞こえてくるあたり夢でもみているのだろうと推測するも、次第に怒りが込み上げてきた。
「いい加減に……しなさい!」
――ゴスッ!!
「ふぎゃあ!? な、なに!?」
後ろに肘鉄をかますと、見事ユリスの顎にクリーンヒットした。その衝撃で拘束が緩み、その隙にナナは一気にベッドから逃げ出す事に成功した。
「あれ? 今のは夢? それにしては顎が痛いです……」
「壁にでもぶつかったんじゃないかしら。二人で寝るには狭かったし……」
ナナが警戒したままそう答えた。
するとユリスが眠気眼のままナナを見つめる。二人はしばらくの間、黙ってお互いを観察していた。
「あ……あーーーー!? 目が覚めたんですね!? どうです? どこか痛いところとかないですか?」
現状を認識したユリスがナナに詰め寄っていた。
肩をガッチリと掴まれたナナは若干怯えながら答える。
「だ、大丈夫よ。あなたが怪我を治してくれたのかしら?」
「はい! 元気になってくれてよかったです。あ、私はユリスって言います」
「ナナよ。治してくれてありがと。助かったわ」
ナナが名乗ると、ユリスは目を輝かせていた。
「ナナちゃんですか! 可愛いです! 顔も名前も声も金色の髪も全てがお人形さんみたいです!!」
「声が人形ってどういう意味!?」
興奮しすぎて若干意味不明なユリスの言動を指摘するも、当の本人は気にする様子も無く、ナナに頬ずりをするのであった。
だがナナからすれば割と鬱陶しい。
「離れて! あなたには聞きた事が色々あるのよ!」
「あ、そうですね。お腹減ってますよね。朝ごはんはパンと卵焼きですよ!」
「違う! 聞きたい事ってそこじゃない!! あと早く服を着て! あなた裸よ!」
すでにパタパタと食事の準備を始めるユリスを見て、マイペースな子だとナナは感じるのであった。
しかし、布の服を被ってからカマドに火を入れ始めたユリスは同時に口も動かす。
「突然の事でビックリしましたよね? 信じられないかもしれませんけど、落ち着いて聞いて下さい。ちゃんと説明しますから。実はですね~、ナナちゃんは――」
「あなたに召喚されてここに来たんでしょ?」
ユリスが説明する前にナナがそう答えた。当のユリスはさぞ驚いたようで、その手も止まっていた。
「夜に一度目が覚めたから、少しだけ部屋の中を物色したわ。あなたは召喚術で私を呼びだした。けれどその私は瀕死の重傷だった。だからあなたはこの部屋で私に回復魔法をかけ続けていたんでしょ?」
「は、はい……その通りです」
「私が聞きたい事はこの世界の事よ。ここはどこ? 地球っていう世界?」
ユリスは再び手を動かしながら答える。
「いえ、ここは『グランガルド』って世界です。ナナちゃんはチキュウって所から来たんですか?」
「違うわ。私は『魔界』っていう所に住んでいたの。ここの世界があまりにも地球っていう所に似ていたからそう思っただけよ。まぁ、話に聞いただけで行った事は無いけどね……」
「へぇ~。ここはチキュウって所に似てるんですか。じゃあナナちゃんの居たマカイってどんな所なんですか?」
「魔界はこの世界みたいに、青い空と黒い空が入れ替わったりしない所よ。常に真っ赤な雲に覆われて、稲妻が轟く場所。実力主義で、強くないと生きてはいけない場所……」
そう言ったナナは少し俯いていた。その表情はユリスから見ると、とても暗く、悲しそうな表情だったと言える。
そんな雰囲気を変えるために、ユリスは料理をテーブルに運んで食事にすることにした。二人で手を合わせてから頂くことにした。
食事をしている間、ナナは考え事をしているような素振りでなにもしゃべらない。だから今度はユリスから切り出してみる事にした。
「ナナちゃんは、その……元の世界に帰りたいですか?」
すると意外にも、ナナは力強く首を振った。
「全っ然! 逆に、もう二度と帰りたくないわ。けど、私が消えたと知ったら身内は必死に探すでしょうね。けど魔界はこの世界の存在を知らない。聞いたことも無い。だから多分だけど、連れ戻す事は出来ないはずだわ」
ユリスは思った。
――ちょっと機嫌の悪いナナちゃんも可愛い!
いや、家族と喧嘩でもしていたのだろうかと。そしてその事を聞いてもいいか迷っていた。その時――
「おーい!! ユリス! 約束通り見に来たぜー!」
外から男の子の声が聞こえてきて、ユリスはビクリと立ち上がった。そしてムッとした表情のまま外へ出て行ってしまった。
ちょうど食事を終えたナナも興味本位であとをついて行く。
外には二人の少年と、二人の青年が立っていた。
「よぉユリス。お前、召喚術で強い召喚獣と契約するって言ってたよな。約束通り見せてもらおうか」
「い、一応、兄ちゃんにも来てもらったぞ」
どうやらユリスの召喚術の成果を、兄と一緒に見に来たようだ。
だが、当のユリスは――
「召喚術はやるって言いましたけど、別に強い子と契約するとは言ってません!」
「自分の身を守ってくれる召喚獣を呼び出すって言ったろ? それって強い奴を呼び出すって事じゃん。言い訳すんなよ。で、その召喚獣はどこにいるんだよ。早く見せろって」
少年二人組と言い争っていた。
このままではラチがあかないので、ナナは真実を告げる事を決めた。
「私がその召喚で呼ばれた者よ」
「え……!?」
少年二人がナナに注目する。その顔は次第に緩んでいき、ついには息を吹き出して大笑いを始めた。
「ぎゃははは、お前、幼女を召喚するってどんなオチだよ。まぁユリスの『レベル』で召喚すればそうなるとは思てたけどさ、自分よりも幼い子を召喚ってマジウケるぅ!」
「なっ!? こんなに可愛いナナちゃんを召喚して笑われるなんて絶対おかしいです! 当たりですよ! この召喚は大成功です! もはや私の人生の運気を全て使ったと言っても過言ではないほどのラッキーですよ!」
今の話でナナには分からない事があった。だが、それを聞こうにもユリスと少年達は再び言い争いをしており、そこへ入るのは困難だと判断して、その疑問を兄の方へ向けてみる事にした。
少年の兄は、体が細く、腰に剣を携える剣士風の青年と、丸々と太った体格で肩にハンマーを担ぐパワー系の二人組だ。
ナナは細身の兄の方に声を掛けた。
「今言っていた、『ユリスのレベルじゃ』ってどういう意味? 実力を指しているのかしら?」
すると細身の兄は丁寧に答えてくれた。
「そのまんまの意味だよ。キミは召喚獣だから知らないのも無理はないけど、この世界にはレベルという概念が存在するんだ。レベルはその個人の実力を指していて、『冒険者の館、ギルド』で測る事が出来る。この世界には魔物がいるからね。討伐する目安にしたりするのさ」
すると今度は、太っちょの兄がたどたどしい口調で説明をしてくれた。
「しょ、召喚術を使うには、い、いくつかルールがあるんだな。そ、その中の一つに、『自分のレベルと同等の相手しか召喚出来ない』っていうルールがあるんだな……」
ナナはなるほど、と理解した。この世界にはレベルという強さの値があり、話を聞く限りユリスはレベルが低いせいで強い召喚獣を呼び出す事なんて出来ないと笑われているのだ。
「ちなみに、あなた達のレベルはいくつなのかしら?」
「俺は40だよ」
「ぼ、ボクは55なんだな……」
細身の兄は40。太っちょは55らしい。
ナナが兄と会話している間、ユリスと少年達はまだ争っていた。
「あーあ、念のために兄ちゃんに来てもらったけど無駄だったな~。こんな幼女の召喚獣ならなんの害もないしな~」
そんなやり取りを聞いていたナナは、その気持ちの真意に気が付いた。だから――
「そう。あなた、ユリスの事が心配だったのね」
そう答えた。
少年の一人は固まって、ユリスは意味がわからないという表情だった。
「どんな召喚獣が呼ばれるか、心配だったんでしょ? ユリスが危険な目に合わないか、今日はそれを見に来たんでしょ?」
「は……はあああぁぁぁ? な、何言ってんだよ!? そんな訳ないだろ!! 兄ちゃんに来てもらったのは、狂暴な召喚獣だったら俺達が危険だから来てもらっただけだし……」
「嘘ね。自分よりもユリスの方を気にかけていたもの」
「い、意味分かんねぇし! なんでそんな事がわかるんだよ! デタラメ言うなよな!!」
「デタラメじゃないわ。あなたの声、トーン、表情。いろんな要素から考えればすぐに分かる事よ。『コールドリーディング』って言うらしいけど、基本的に私には嘘が通じない。嘘を言ってるって分かっちゃうもの」
ナナの淡々とした言葉に、少年はうろたえるばかりだ。
「え……もしかしてガッ君ってユリスの事好きなの……?」
「す、好きじゃねーし! こんな奴の言う事信じんなよな!!」
今度は少年二人組が揉め始めた。けれど、分かりやすいほどに顔が真っ赤になった少年はもはや言い逃れができない状況であると言える。
「ふう。子供のくだらない喧嘩なら何も言うつもりはなかったけど、その愛に免じて私からも一つだけ忠告しておいてあげるわ」
「あ、愛してねーよバカ!!」
ナナの言葉必死に否定する少年だが、当のナナは兄の方へ向き直り、兄に向けてこんな事を言うのであった。
「あなた達は恰好から見るに冒険者ね。なら悪い事は言わない。もっとちゃんと修行してから魔物と戦った方がいいわ。そうじゃないと、魔物に殺されて弟さんを泣かせる事になる」
シンと静まり返る。
その空間が凍り付いたかのように、誰も言葉を発する事ができなかった。
「この世界の魔物がどれほどの強さかは分からない。けどこれは嘘でも、煽りでも、バカにしているわけでもなく、事実としてあなた達は弱い。だからもっと強くなってから冒険者を始めた方がいいわ。これが私にできる最低限の忠告よ」
ナナの言葉に、ようやく我に返った細身の兄が反論に出る。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺達が弱い? なんでキミにそんな事がわかるんだ!?」
「わかるわ。さっきのコールドリーディングって訳ではないけれど、見れば大体相手の強さがわかるもの。初対面の相手に対する警戒、構え、視線の動き。それら全てがまだまだ未熟。って言うか、私との実力差が分かっていない時点ですでに論外」
再び重い沈黙が場を包む。それを壊したのは、顔を真っ赤にしていた弟の方だった。
「なんだよそれ……それじゃあまるで兄ちゃんがお前よりも弱いみたいじゃないか!!」
「残念だけどそういう事よ。もう一度言うけど、別に強がりでも惑わす訳でもない。単純に忠告しているのよ」
「ふざけんな! 兄ちゃんは強いんだぞ!」
少年は一歩も引き下がらない。ナナは兄の方を見ると、そちらも未だに信じられないという表情をしていた。
「はぁ……仕方ないわね」
そう言って、ナナは少し前かがみとなり、いかにも飛び出してきそうな格好を取る。そして、いつもの眠たそうな目を吊り上げ、兄を睨みつけて呟いた。
「……殺す……」
そう言った瞬間に空気が変わった。ビリビリと肌に突き刺さるような殺気に、二人組の兄はビクンと体を震わせると戦闘態勢を取り、武器に手を当て構えていた。体はガタガタと震え、瞳孔は開き、額からは汗が流れ落ちる。太っちょの兄の方に至っては、ダラダラと雨に打たれたかのような汗でビッショリになっていた。
「流石にこれくらいの殺気を出せば反応するのね。どう? 今、『ヤバい』とか『殺される』とか思わなかった? それがあなた達と私の明確な実力差よ」
ナナの目は再び眠そうでやる気が感じられない脱力系に戻っていた。
「嘘だろ……兄ちゃんの方が強いに決まってる! だってユリスと同じレベルのはずなんだ! だったら――」
「この世界に召喚された時、私は瀕死の重傷を負っていたわ。多分その状態でユリスと同等な扱いになったんだと思う」
「……レアパターンか!」
細身の兄がそう言った。そして、腰に携えていた剣を外し、地面へゆっくりと置く。
「キミの実力に興味が湧いた。手合わせをしてくれないか?」
細身の兄の言葉に、ナナはちょっと待ってと保留にする。そしてユリスの隣まで寄っていった。
「ユリス。向こうがああ言ってるけど、私は戦っていいのかしら?」
「えっと……ナナちゃんが戦って怪我をするのは、ちょっと嫌です……」
「そこは大丈夫よ。眠っている所を襲われたとしても、怪我なんてしないくらいの実力差があるわ。それにユリス。あなたはどうして私をこの世界に召喚したの? 話しから察するに、あなたのレベルが低い事を笑われて悔しかったんじゃない? 自分には強い護衛がいるって見せつけたいんじゃないの?」
「そ、それは……そうですけど……」
「私、扱いが『召喚獣』っていうのは気に入らないけど、あなたには怪我を治してもらった恩がある。一度くらいなら命令を聞いてあげてもいいわよ」
ユリスは悩む。悩んだ末に、思い切って決断した。
「分かりました。戦闘を許可します。もう私のレベルが低いってバカにできないくらいの力を見せつけてあげて下さい! ただし、ナナちゃんの安全が最優先です!」
「了~解。ご主人様♪」
そう言ってナナは、少年達の兄の前に立つ。そして人差し指を立てて提案をした。
「戦闘の許可が下りたから戦ってあげるわ。だけど、私とあなた達では実力に差があるので、ハンデをつけようと思うの」
「ナナちゃんの安全を優先したのにハンデ!?」
後ろでユリスがツッコミを入れてくるのを無視してナナは続けた。
「一つ。剣を拾いなさい。あなた達は武器を使って私を攻撃するのに対して、私は素手で戦うわ。二つ。私はこの場所から動かない。もしも私をこの場所から動かす事ができたらあなた達の勝ちでいい。三つ。あなた達は二人がかりで同時に攻撃を仕掛けてきてもいいわ。もちろん前後から挟んで同時に攻めてきてもいい。四つ。私は目を瞑った状態で戦ってあげる」
「目を瞑る……? ふざけるな!!」
物静かだった細身の兄が怒鳴り声を上げた。
「例え実力が違えど、本気で戦わないのは相手に失礼だ! 全力で戦え!」
だが、ナナは眠そうな目をさらに細めて呆れたように言った。
「私が全力を出したら、戦いは一秒で終わってしまうわ。私を失礼だと決めつける前に、自分の実力のなさをなんとかする事ね。それに目を瞑るといっても、私くらいになると目で見るよりも気配で判断した方が正確だったりするのよ。一瞬で背後に回ってくるような速い相手だと、目視で確認するのは大変でしょ?」
くっ! と、悔しそうに剣を拾い上げる細身の兄。それを見てから目を瞑るナナ。
「さぁ始めましょう。私が眠くなる前に攻めてきてね」
静かにそう言ったナナは、テレビが始まるのを待っているかのように落ち着いている。
細身の兄は鞘から剣を抜くと、剣先をナナに向けた。剣を地面と水平にして、剣を両手で持ち、自分の顔の横で構える。
「怪我をしても知らないからな」
「あなたがわざと自分を弱く見せるために演技をしていない限り、私が怪我をする確率はほぼゼロね」
目を瞑って尚もそう言うナナに、歯を噛みしめて細身の兄は駆け出した!
全力で走り、ナナに剣が届く間合いに入ると、顔の横に構えた剣で鋭い突きを放った!
「喰らえ! 『一閃突き!!』」
ペロリと、ナナが自分の指を軽く舐めて、自分の額めがけて放たれた突きを……
――シュウゥゥ……
舐めた人差し指と親指で、剣を掴み動きを止めていた。
「滑り止めのために指を舐めたせいで、あなたの剣に唾液をつけてしまったわ。後でちゃんと洗ってあげてね」
余裕でそう言うナナに、細身の兄は目を見開いて驚愕していた。剣を動かそうとしても、ナナに掴まれた剣先は全く動かない。
一気に押し込んでやろうと力を入れた瞬間に、ナナは剣先を引っ張った。そのせいで細身の兄は前方につんのめってしまい、そこへ、
――ドスン!
ナナの鋭い手刀が首筋に直撃した。
「がっ……はっ!!」
ナナの右斜め後方へ転がる細身の兄は、そのまま地に突っ伏した。立とうとしても、与えられた衝撃で上下の感覚がわからなくなり、立てずにもがいている。
「くっ……ゴードン! やれ! お前ならやれる!」
掠れた声で細身の兄がそう叫んだ。
その声を聞いて、太っちょの兄が意を決したかのように走り出した。
「うおおおおおお! ボクは動きは遅いけど、攻撃力なら誰にも負けないんだな! その場から動かないと言うのなら、確実に仕留める事が出来るんだな!」
ドスンドスンと走り、ナナの目の前で大きく跳躍した。その巨体が宙を舞い、落ちてくる。
――ヒュン!
細身の兄が倒れた状態から剣を投げた!
ナナは体を動かさず、飛んでくる剣を再び指だけで止めた。もちろん、目は瞑った状態である。
「右手は封じた! 今だ、ゴードン!!」
跳躍した太っちょの兄が、天高く掲げたハンマーを勢いよく振り下ろす!
「潰れろぉ!! 『アースブレイカーーー!!』」
その丸々と太った巨体で、身の丈ほどのハンマーを全身全霊で振り下ろす!
自分の体重を乗せた上の落下速度も加えた、正に攻撃力重視の一撃がナナに迫る!
ナナはその一撃に左手をかざし、呟いた。
――『インストール、ヘカトンケイル!!』
そしてそのハンマーを左手で受け止めた!
とてつもない衝撃はナナの腕から足まで突き抜ける。足から地面に加わった衝撃で、足元の地面が窪み、沈み、クレーターが出来上がる。
メキメキベコベコ、と不気味な音が鳴り響き、地盤が沈んだ勢いで砂埃が一気に空気中に舞い上がった。
そんな恐ろしい光景を、ユリスは固唾を呑んで見守っていた。その表情は泣きそうである。
次第に砂埃が晴れ視界が戻ると、そこには平然な顔のままハンマーを受け止めているナナと、その小規模なクレーターから這い上がろうとしている太っちょの兄がいた。
「な、なんでだよ……なんでそんな小さな体でボクの一撃を受け止めることが出来るんだよぉ!!」
泣き叫ぶような声で喚く太っちょの兄に、ナナはようやく目を開いて答えた。
「その答えはあなた達に対する宿題にしておくわ。これで見た目が弱そうでも油断してはダメだと言う事がわかったでしょ? それに、相手はどんな奥の手を持っているかわからないと言う事も忘れてはだめよ。この経験をちゃんと今後に活かす事!」
そう言って、左手で止めていたハンマーをポイっと投げ捨てると、ナナはユリスの元へと戻っていった。
「はいお終い。ね、怪我なんてしなかったでしょ?」
しかしユリスは唖然とした表情のまま固まっており動かない。
この時にナナは思った。
――ああ。やり過ぎて怖がらせてしまった。と……
当然だろう。自分よりも体格の小さい子を召喚して、人形みたいだと可愛がろうとしていたら、実際は化け物のような力を発揮したのだ。ショックを受けないわけがない。
ナナは少し残念に思えた。あんなに抱き付いて来て鬱陶しいと思っていたはずなのに、こうも怖がられると心が痛んだ。
けれどそれはしょうがない。元々召喚獣だという理由で言いなりになるつもりはなかった。だからユリスの元を離れるのが今か、少し先かの違いだけで、別に気にする必要はない。そう自分に言い聞かせ、ユリスから離れようとした時だった。
「すっご~~~い!! ナナちゃん凄すぎです!! 何なんですか今の力は!?」
止まっていた時間が動き出したかのように、ユリスが目を輝かせて詰め寄って来た。
「可愛い上にこんなに強いだなんて……私、本当に一生分の運を使ったんじゃないでしょうか!? 超絶ラッキーです!!」
「近い近い近い……」
顔が密着しそうな勢いで迫るユリスに恐怖さえ感じるナナであった。
「ナナちゃんのレベルって一体いくつなんですか!?」
「わ、私がわかるわけ無いじゃない。けど、彼が55って言ってたから、軽く100は超えてると思うわ。まぁ、レベル1つ上がるだけでどれだけ変化するのかが分からないと何ともいえないけど……」
「あ、それじゃあ今からギルドに行って調べてもらいましょう! こっちですよ」
そう言って、ユリスはナナの手を握って引っ張った。
「あ……」
その行為に、ナナは戸惑いを隠せなかった。
――あの攻撃力重視のハンマーを受け止める所を見ていたはず。なのに今、どうしてこうやって手を握る事が出来るのだろう?
実は先ほどナナが使った能力は単純に、筋力とは関係なく自分の力を増幅させる技であった。そしてそれは、その光景を見ていた者なら容易に想像できてもおかしくない能力ではないだろうか。
にも拘らず、ユリスはこうして平気でナナの手を握っている。力の強くなったナナが、繋いだ手を握りつぶしてしまうとか、そういう発想が全く無いのである。
――信用しているのだろうか? それともただのバカなのだろうか?
その答えは、まだ知り合ったばかりのナナには出せそうにない。けれど、手をギュッと握って引っ張るユリスの手を離したくはなくて、ナナはそっと優しく、慎重に握り返していた。