幼女は四獣と対決する①
「ミオ、み~つけ――」
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
――キーン……
とてつもない悲鳴にナナの鼓膜が破れそうになった。というかビックリして心臓が止まりそうになっていた。
修行のためにかくれんぼをしており、ナナが鬼となって二階の一室。その戸棚を開けた瞬間にこの悲鳴である。
そこへドタバタとリリアラとフィーネが走ってきた。
「ミオお姉ちゃん、もう見つかっちゃったの!?」
「くっそ~! リリの索敵でも捕まらねぇのかよ!」
ルールは初日に話した内容とほぼ同じだ。リリアラとフィーネはナナの気配を探り見つけ出す。ナナは二人を掻い潜り、隠れているミオを見つけ出す。そういう修行だ。
そこに遅れてユリスが駆けつた。
「なんの騒ぎですか? あ! ナナちゃんてば~……ミオちゃんをイジメちゃダメじゃないですか~!」
「イジメてないわよ!! むしろ私の方がビックリしたわ!!」
ナナはミオの悲鳴に驚いたあまり、部屋の隅っこに背中をくっつけて涙目になっていた。
「も、申し訳ありません! 私がいけないんです! 修行中だってわかっているのに、ナナ様が私を探しているって考えただけで震えが止まらなくなって……この部屋に入ってきた時も、息を殺して隠れる私を血眼になって探すナナ様がとても恐ろしかったんです!」
「殺人鬼か私は!?」
どうやらミオにはそう見えるらしい……
「わ、私って本当にて失礼ですよね! ナナ様に救っていただいたのに怖がるだけで……これでも本気で感謝してるんです! 鬼のような形相で私を探すナナ様は怖いけど、ちゃんと恩返ししたいって思ってるんです! 般若に追われているようで怖いですけど!!」
「何度も怖いって言う方が失礼だと思うんだけど!?」
どうやらミオの目にはそう映っているらしい……
相変わらず変な子だなぁと、一同が思っている時だった。リリアラが窓から顔を出して、遠くをジッと見つめ始めた。
「どうしたの? リリ」
ナナがそう聞くと、リリアラは真剣な表情のまま、ポツリと呟くように言った。
「……誰か近付いて来るの……」
リリアラの気配を読む能力は群を抜いている。魔物など、気配を消して不意を突こうとする相手を察知するにはまだまだ未熟だが、このように気配を消そうとしない相手に至っては100メートル以上先でも敏感に感じ取る事ができるのだった。
本人曰く、相手が感情をむき出しにしていると自分の所まで飛んでくるのだと言う。
「魔物? 人間?」
「ん~……人間、だと思うの。この場所を狙ってまっすぐ来るの」
「何人かわかる?」
「四人なの。みんな怖いこと考えてる……」
「……そう。ユリス。みんなをお願いね。外に出ちゃダメよ」
そう言って、ナナは一人で窓から飛び出そうとした。
「私も行く! そのために今まで修行してきたんだ!」
フィーネもついて行こうとしていた。彼女にとっては拠点を守る事や、みんなを守る事はナナから授かった大切な責務。自分の存在理由だと言っても過言ではなかった。だが、
「ダメよ。例え四人組だったとしても、ここの魔物を恐れずに真っすぐ向かって来ると言う事はそれだけレベルが高いという事。多分、レベル400前後はある。今のあなた達ではまだ全然太刀打ちできない」
「くっ……」
フィーネが悔しそうに歯を食いしばっていた。
「安心してフィーネ。たとえ四人掛かりだとしても負けるつもりはないわ」
そう言って、ナナは窓の外へと飛び出していった。
あとに残された四人は、ナナの背中を見守るのであった……
(あまり小屋から離れすぎると、魔物が襲ってきた時に困るわね)
結局小屋の近くで戦う事を決めた。戦いの最中に小屋が壊れたら嫌だなぁと考えながら、ナナは小屋から10メートルほど離れた場所に待機した。すると南の荒野から四人の人影が現れる。
その者達は三人の男性と、ナナより少しだけ背の高い同年代くらいの少女だった。
「お? こんな所に子供がいんぞ?」
髪の毛がツンツン尖った青年が言った。
「いや待て! 全く隙のないたたずまいに、情報通りの外見。こやつが歪持ちだ」
そうスキンヘッドのいかつい顔をした大男が言った。
それを聞いただけでナナは理解した。やはり自分に用があるのだと。
「召喚獣を探しているなら私の事よ」
「ふっ。あとキミを召喚した者もいるはずだ。どこにいる?」
ロングヘアーの男性がそう言った。
「後ろの小屋にいるわ。会いたいなら私を倒す事ね」
「ふっ。無駄な抵抗は止めておとなしく従ってくれないかな? こちらの指示に従わない場合は殺しても構わないと言われているんだよね」
「従った場合、どうなるかによるわね」
「僕たちの王様はキミの事をかなり懸念している。目に見える所で厳重に監禁したいらしい。大人しくしていれば殺しはしないと思うよ」
「そう。なら大人しく従うつもりはないんで、殺すつもりでかかって来なさい! 私のいた魔界じゃ、実力が全てだったわ!」
そう言ってナナは構える。全く怯まず、怯えず、堂々としているナナに男性の三人は逆に戸惑っていた。
ある一人を除いて。
「私がやる。お前達は手を出すな」
虎の耳のようなフードを被っている少女が前に出た。そしてその事に対しても男性陣は動揺していた。
「お、おい白虎、話が違ぇぞ! 全員で同時に攻撃するんじゃねぇのかよ!?」
「私は一人で戦う! そうして確かめたい。こいつの力、そして私自身の力!」
ツンツン頭と白虎と呼ばれた少女が揉めていた。
「白虎、我がままを言うな! これは王に託された仕事だぞ!」
「私には関係ない。お前達が一緒に攻撃をすると言うのなら、私は歪持ちと組んでまずお前達を倒す。その後で歪持ちと戦うまでだ」
いがみ合う三人だが、ロングヘアーの青年がツンツン頭とスキンヘッドの男性を止めに入った。
「やれやれ……青龍、玄武、ここはおとなしく白虎に任せるとしよう。ここで仲間割れをしていては、どうにも話が進まないからね。その代わり、白虎が戦っている間に僕たちは小屋へ向かって召喚者を捕まえてくることにしよう。人質にも使えるしね」
「朱雀はえげつねぇな。ま、両方捕えてこいって命令だからそれもアリか」
朱雀と呼ばれたロングヘアーと、青龍と呼ばれたツンツン頭がそう話した時だった。恐ろしい殺気が暴風のように吹き荒れて、その場の全員を包んでいた。
その殺気を放っているのは、ユリスを人質にするという言葉を聞いたナナである。
「アンタ達が汚い手段でユリスに手を出したら、私はためらいなく全員を皆殺しにするわ」
その殺気を浴びて、四獣の全員が金縛りにあったかのように動けなくなっていた。正に、蛇に睨まれた蛙である。
(あっ!? やり過ぎた!)
全員の引きつった表情を見てナナは冷静さを取り戻す。元々殺す気なんて無いし、ユリスの『自分達の誤解を解く』という目標を邪魔するつもりもない。とは言え、小屋にいる仲間達に手を出されたら許せる訳も無く、ジレンマを感じていた。
「こ、これが歪持ちと言われる負の感情……思ってた以上にやべぇぞ」
青龍が冷や汗を流しながらそう言った。
「いらん虎の尾を踏むな。お前達は大人しくしていろ」
白虎の言葉に、男達三人は黙って従うしかなかった。それだけ危機感を感じたのだ。
そうして、ようやくナナと白虎は向かい合い、お互いに構えを取った。
「やっと勝負できる。歪持ち、アンタ名前は?」
「ナナよ。白虎って言ったかしら? 一つだけ聞きたいんだけど、あなたは何レベルなのかしら?」
「……602だ」
二人は少しの間睨み合う。呼吸を整えてから、白虎はナナに向かって飛び込んで来た。一気に距離を縮めて接近戦へと持ち込み、体術で攻撃を仕掛ける。
ナナは白虎の攻撃を防ぎ、ステップを踏み華麗に避けていた。
(特別格闘術が怖いって訳じゃないわね。防御はどうかしら?)
白虎の攻撃を弾いてから、瞬時に攻撃に切り替えて蹴りを放つ。
「くっ!?」
ギリギリの際どい位置でなんとか攻撃を避け、白虎は大きく後ろへ飛び跳ねた。
(あらら、距離を開けて仕切り直すのかしら? 遠距離攻撃で追い打ちしてもいいけど……でもジェイドからここぞと言う時まで技は使うなって言われてるし)
ナナがほんの僅かな時間考え込んでいる間に、後ろに跳んだ白虎は地面へと着地をした。すると、
――フッ!
ナナの頭で警鐘が鳴り響く。一瞬の間で白虎はナナの目の前に現れ、その拳を振るっていた。
「うくぅ……」
ナナの軽い体が空中へ跳ね飛ばされた。寸での所でガードが間に合い、大きなダメージは負っていない。空中でクルリと身を翻し、しっかりと足から着地を決めた。
(なに今の動き……目の前に瞬間移動してきたみたいだった)
ナナは目で見るよりも気配で相手の動きを感じ取る方が得意としている。特に接近戦に至っては、相手の動きによる空気の変動を体全体で感じ取る事で、脳に直接情報が送られてくるようなイメージだった。視覚はあくまでも補助的に使う程度である。そしてその気配を優先的に感じ取った結果が今の瞬間移動であった。白虎の気配は、遠くから一瞬でナナの目の前までワープしたかのような動きだったのだ。
白虎が考える暇も与えずに攻撃を仕掛けてきた。最初と同じ、距離を詰めた接近戦である。ここでナナは白虎の攻撃を捌きながら作戦を考えていた。
(わざと隙を作ろう。そして今の技の正体を暴く!)
ナナは防御が間に合わない演技をして、白虎の回し蹴りを受けた。喰らう直前に地を蹴って勢いを殺しながら、地面をゴロゴロと大げさに転げまわる。そして身を起こした時に、一瞬相手の姿を見失ったふりをした。その時、
――ギュン!!
これを勝機と判断した白虎が、一瞬でナナの側面に移動してきた。トドメを刺そうと、その拳を振るう! が、ナナは冷静に、しっかりとその拳を受け止めることに成功していた。
「なっ!?」
驚愕する白虎。急いで後ろへ跳び退けて距離を開けた。
「なるほどね。初めて見たけど、あなた、『縮地』が使えるのね」
「っ!?」
白虎の表情を見て、間違いないとナナは確信した。
「私もそういう技があるって聞いた事しかないから原理まではよくわからないけど、多分、空間を収縮させて強制的に相手との距離を縮めている感じね。だから気配で感じ取ろうとしても、遠くから突然目の前に現れたように感じるんだわ。あなたと戦うにはむしろ、気配ではなくしっかりと目で見る事ね。気配で感じるよりも明確に近付いて来るのがわかるもの」
解き明かす。白虎の技を正確に解明していく。
その時だった。遠くから見ているツンツン頭の青龍が喚き出した。
「うおおおおお! たった二回見ただけでバレちまったぞ!! どうすんだよ!? しかも白虎の縮地は人と人の中間しか収縮できねぇ! バレちまったら逃げる事なんかできねぇじゃねぇか!!」
「うおぉいバカ青龍! なに勝手にバラしてんだ! 黙ってろよぉ!」
いらない事までしゃべり出したせいで、白虎がプンスカと怒っていた。
「そう。人との距離を縮める事にしか使えないのね。なら……」
ナナが白虎に向かって走り出した。また接近戦にもつれ込もうとしていた。
それに対して白虎が逃げようとしても、ナナは執拗に白虎から離れない。
「一気に距離を縮めて不意を打つ事にしか使えないのなら、もう離れなければいい」
「くっ、このぉ!」
完全に張り付いて攻撃を仕掛けるナナに、白虎は押されていく。
「あなた、縮地が使えるのに格闘術はまだ未熟ね」
「う、うるせ~!!」
挑発に乗った白虎が大きく拳を振るった。しかしそんな攻撃がナナに届くはずも無く、軽く捌いた瞬間に反撃に出た。攻撃直後の反撃に体が着いていかない白虎に、ナナの攻撃がヒットした……と思われた。
――ギュン!!
白虎の姿が一気に遠のいで、ナナの攻撃は空を切った。
(そっか、仲間と自分の距離を縮めて、それを回避に使ったのね。けど……)
青龍達の近くに移動した白虎がナナの方向へ向き直る。だが、
――ズサァ!!
正に一瞬だ。すでにナナは白虎の懐まで移動していた。
「……え?」
反応しきれない白虎に、ナナはアッパーカットでその体を宙に飛ばした。
「悪いけど、スピードなら私も自信あるのよね」
そう言って、ナナは地を蹴り白虎を追う。綺麗な放物線を描く白虎の真上まで跳び上がったナナは、思い切り白虎の腹を殴りつけて地面へと叩き落とした!
ズドオオオオオオオオン!!
地面へ激突した瞬間に凄まじい音が鳴り響き、砂埃が舞い上がる。まるで隕石が落下したかのような勢いだった。
しばらくして煙が晴れると、窪んだ地面の中心で白虎が気を失っていた。
だがそれだけではない。ナナの目の前にはスキンヘッドの大男、玄武が立ち塞がり、ナナを見下ろしているのであった。