幼女は隠れて隠れさせる①
「取りあえず、名前だけでも教えてくれませんか? 私はユリス。こっちの魔物を串刺しにしているのがナナちゃんで、その背中から離れないのがリリアラちゃん。茶色い髪の子がフィーネちゃんです」
「……ミオ、と言います」
どうやら少女はミオと言うらしい。
岩陰から目だけを覗かせているミオに、ユリスはできるだけ優しく接した。
「ミオちゃんですか。可愛い名前ですね。じゃあ隣に座ってもいいですか」
ゆっくりと近付こうとするユリスだが、それでもミオは怖がっていた。
「ごめんなさい! 私、あんなふうに庇ってもらった事なくて、凄く嬉しくて、本当に感謝してるんです。ありがとうございます! でも近寄らないで下さい!!」
「どっちだよ!!」
全力でフィーネがツッコんだ。
そのツッコミに小さく悲鳴を上げてミオは隠れる。
「なんだか変わった子なの。モキュモキュ」
魔物の肉を頬張りながらリリアラが言った。
「熱っつ!? リリ、肉汁垂れてるから! っていうか、食事の時くらい背中から降りてくれない!?」
「むぅ~……嫌なのぉ~……」
もはやナナと一体化するのではないかと思うほど、腕と足でガッチリ固定させていた。
「……お前も十分変わってるって……」
フィーネはここでツッコミ役が適任らしい。
そんな話をしているうちに、ユリスが戻ってきた。どうやらミオとの対話は失敗に終わったらしい。
「ユリスでも近寄らせてもらえないの?」 とナナが聞いた。
「はい。あの子、思っている以上に人に対して恐怖心を抱いていて、一種の拒絶反応を起こしているみたいなんです」
「「「拒絶反応?」」」
その場の三人が見事にハモった。
「ミオちゃんと初めて会った時、酷い怪我をしていたじゃないですか。多分、奴隷として売られた時からこれまでの間、ずっと暴力を受けて来たんだと思います。そのせいで、頭では『私達は味方だ』と認識できても、体が強い拒絶反応を起こして近づく事さえ出来ない状態になっているんだと思います」
「マジか……どうやったら治るんだ?」
フィーネが心配そうにそう聞いた。
「わかりません。とにかく時間をかけてゆっくりとケアしていかないとダメだと思います」
一同がミオを見る。
ユリスが置いてきた肉を、こっちの様子を伺いながらサッと取って岩陰に隠れて食べていた。
「それにしても、ただ焼いただけの肉って、なんの味もしないの……」
すでに何回もおかわりをもらっているリリアラがそう言うと、ナナは信じられないという勢いで言った。
「これが本来の食べ方よ!? 私が修行してた時はいつもこんな感じだったわ!」
「どんだけサバイバルしてたんだよ!? 野生児か!?」
そんなこんなで食事が終わり、再び一同は歩き出す。目指すは最も魔物が強いと言われる北の大地。少し後ろからは、ミオがコソコソとついてくるのだった。
そんな少し離れているミオが魔物に襲われないか、常に気配を確認しながらナナは思った。
(このミオって子、かなり危ないかもしれないわね。変な事を考えなきゃいいけど……)
そうして一行は北を目指す。月と星が空に映し出され、夜は更けていった……
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「到~着!!」
ついにナナ達一行は目的の地へ辿り着いた。……着いたのだが。
ユリスとフィーネはゼェゼェと息を切らしながら、その場へへたり込んでいた。
それも当然だろう。ドルンの街から南にあるフィーネの村まで歩いていき、そこから再びドルンの街へ戻り、若干の買い物を済ませてからすぐに北を目指したのだ。一行は相当な距離を歩いていた。
「みんな情けないの! この程度でへばってちゃ、この先やっていけないの!!」
リリアラがみんなに檄を飛ばした。
……ナナの背中から。
「ずっと人の背中にしがみ付いてた奴に言われたくねーよ!」
フィーネが最後の力を振り絞って叫んでいた。
「えぇ!? 私、みんなと一緒に歩いてたの!」
「それ夢だよ! お前ここに着くまでずっとナナの背中で寝てたからな!!」
そんな時だった。一同の近くを巨大な魔物がのっしのっしと通り過ぎた。
「すごい! 見て見てユリス! あんな大きな魔物がいるわ! なんて種族なのかしら。あ! あっちには火を使って捕まえた獲物を焼肉にして食べているオオカミがいるわ! 珍しいわね~!!」
ナナが瞳を輝かせながらキャアキャアとはしゃいでいた。
「えぇ、珍しいですよ。こんな恐ろしい場所で楽しそうにしているナナちゃんがね……」
「こんなにはしゃいでるナナ、初めて見た……動物園に来た子供か……」
ユリスもフィーネも、魔物の平均レベル200と言われるこの大地でなぜそんなに喜べるのか、理解に苦しむのだった。
「あぁ、ここから始まるのね。私達の新たな生活! その一歩が!」
――ビュ~ルル~~……
その新たな生活が始まる大地は、風が吹き抜ける荒野だった。ちなみに北には山脈が見え、西には森が広がっている。
「で? その新たな生活の第一歩が野宿なのか……?」
フィーネがジト目で見つめていた。
「そんな訳ないでしょ? パパっと家を建てちゃうわ。う~ん……出来るだけ水が汲める所の近くがいいわね。リリ、この辺で、『水うめぇ!』って感情をむき出しにしている魔物とかいないかしら?」
「……んなバカな」
呆れかえるフィーネ。しかしリリアラは周りをキョロキョロと見渡し始めた。
「あっち! あの森の中から、『ここの川の水は最高だぜ! 病みつきになっちまう!』って考えてる魔物がいるの」
「いんのかよ!?」
驚くフィーネとは逆に、喜びに満ちたナナは走り出した。
「さぁみんな行くわよ! ちゃんとついて来て!」
そして、森に入って少し進んだところに川は流れていた。どうやら北の山脈から流れているようだ。
ナナは辺りをグルグルと歩き回り、地形を確認していた。
「で? そんなに簡単に家って建てられるもんなのか?」
「そうね。まぁ多少時間がかかる事は確かだから、みんなはその辺でくつろいでていいわよ」
フィーネの問いにそう答えると、ナナは行動を開始した。
――「インストール! ドワーフ!!」
能力を取り入れたナナが木々を見て計算を始めた。
――ドワーフ。魔界で唯一の職人肌。加工から細工、建設など物づくりに長けており、その技術は遺伝子レベルで引き継がれているようで、何も教わらない子供でさえ高い製造技術を持つ種族である。
そんな能力を引き出して、ナナは完成図を頭の中に焼き付けていく。
「よし! 覚えた! 能力解除! 再インストール! ヴァルキリー!」
一度に二つ以上の能力を同時に使う事が出来ないため、いちいち能力を組み変える。
そうしてナナは、長く伸びる大木を手刀で切りつけた!
ザン!
大木がズルズルと、斜めに切りつけられた切り口に沿って滑り落ちていく。そうやって一本の大木が切り倒された。切り口はまるで、鋭利な刃物で切られたかのように綺麗に切断されている。
さらにナナはその大木を細かく加工していく。道具は何もない。全て素手で行っていた。
「……なぁユリス」
フィーネがナナの様子を眺めながら話しかけた。
「なんですか?」
「私にはナナが素手で木を切断しているように見えるんだけど……」
「ナナちゃんは吸血鬼? と、人間のハーフで、血を吸った種族の能力を一時的に引き出せるそうなんです。あ、まだ言ってませんでしたっけ? そもそもナナちゃんは私が召喚術で呼び出した子で、魔界っていう世界からきたんですよ~」
ナナが家を建てている間に、ユリスはみんなに一通りの説明をすることにした。
興味を引かれたのか、リリアラでさえナナの背中から降りて話を聞き、ミオも一歩離れた場所から聞き耳を立てていた。
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「それでぇ~、この大陸の魔物に怯える私にナナちゃんはこう言ってくれたんです。『ユリスには指一本触れさせない!』って。もう~可愛い上に頼もしくって~キャッ!」
いつの間にかのろけ話になっていた……
フィーネはこっくりこっくりとうたた寝を始め、リリアラは珍しい昆虫の観察を始め、ミオに至っては爪が欠けた部分を滑らかにできないか試行錯誤していた。
すると、
「できたわ!」
僅か二時間ほどで、簡単な小屋が出来上がっていた。
ちょうど荒野と森の境目で、森の奥に少し入れば川が流れているという位置である。
「今日はもう遅いし、これで我慢してちょうだい。明日はもっとちゃんとしたのを建てるから!」
そう言って、仲間達を小屋の中へ招き入れる。
そこは正に山小屋の中と言った具合で、空白なスペースしかない。とはいえ、五人で転がって寝るのには十分すぎる広さだった。
「ドルンの街に立ち寄った時に買っておいたんです。ちょっと大きめの布! 最近は温かいですけど、夜は冷えるかもしれません。みんなで被って寝ましょう!」
そう言って布を広げてみんなは中へ潜り込んだ。
そしてなぜかナナは、ユリスとリリアラに抱き枕のようにしがみ付かれている。今はまだ、キャンプのような新鮮味があった。
しかしそんな中、壁にピッタリと身を寄せて出来る限り距離を取ろうとしているのは赤髪の少女、ミオ。
「ミオ。あなたは布に包まって寝ないの?」
ナナがそう声を掛けた。
「ご、ごめんなさい! 私、どうしても皆さんに近付けなくて……」
「みんなもう寝るわ。眠っている相手なら、さほど怖くはないでしょ?」
「……」
ミオは答えない。未だ警戒されたままだった。
次第に周りからは寝息が聞こえ始める。今日はずっと歩き詰めだったのだ。疲れていないわけがない。ナナも次第に眠気に駆られていく。それでも、決してミオは近付こうとはしなかったのだった。
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「眠い! もう無理! 寝るから!!」
そう言ってナナは床に大の字になった。
「お嬢様。まだ修行は終わってませんよ? 立って下さい」
「嫌。ホント無理。っていうかわかってんの? もう三日は寝ずに修行してるのよ? 殺す気!?」
しかしジェイドは不思議そうに首を傾げていた。
「三日くらいなら寝なくても大丈夫でございましょう?」
「はぁ!? 何言ってんの!? って言うかなんでジェイドは平気なの!? 私と一緒で休みも食事もないのに、なんでそんなに元気なの!?」
「なんでって……だって僕はゾンビですから」
ナナはその新事実に驚愕して勢いよく体を起こした。
「ゾンビ!? ジェイドってゾンビなの!?」
「えぇまぁ。気付いてなかったんですか?」
ナナはマジマジと改めてジェイドを眺める。
血色のいい肌。生気を帯びた瞳。ついでに張りのある声。……どこら辺がゾンビなのか分からなかった。
「臭くない……」
「あはは。僕はリビングデッド。魔界じゃ特に珍しい種族ではありませんが、長く暮らしている間にモードを切り替える技を身に付けました。今は『アライブモード』。心臓は止まっていても、体中の細胞を強制的に動かして普通に生きている時と同じ状態にすることが出来るのでございます。三大欲求はカットしているために眠気や食欲は湧きませんが、痛覚など体の感覚はちゃんとありますよ。そして、このモードの凄いところは成長するところでございます。体を鍛えればその分だけ強くなれますし、勉強をすれば頭もよくなるのでございます」
ナナは驚きを通り越して、何度も何度も納得のいく答えを頭の中で追い求めていた。
魔界では種族の強さをランクで分けている。下位、中位、上位、最上位の四つに分かれているが、正直に言ってジェイドの強さは最上位に食い込んでいると感じていた。
元々リビングデッドは中位種族。それが最上位クラスにまで成長できるものなのだろうか……? とは言っても、ヴァンピールも元々は下位種族。ありえない話ではない。
「もう一つのモードが『デッドモード』。これは普通のゾンビである状態でございますね。痛覚がなくなり鍛えた体を150%で使う事が出来る上に、恐怖といった感情が無くなります。そのために敵を殲滅する事に特化した戦闘モードでございますね」
「……そう。なら勉強のために教えてあげる。『生き物』はね、食事をしないと力が出ないし、睡眠をとらないと集中力が欠けるのよ。と、いう訳で私は寝る!」
ナナが再び大の字になって寝ころんだ。ジェイドの謎が一つ解明された訳だが、だからと言って現状は何も変わらない。今はとにかく眠りたかった。
そんなナナに困った表情を見せるジェイドだが、何かを閃いたようにポンと手を鳴らした。
「ならばお嬢様。僕とかくれんぼをしませんか?」
「……かくれんぼ?」
「はい。ルールは簡単でございます。鬼は僕がやりますから、お嬢様は全力で隠れて下さい。お嬢様が隠れている時間をそのまま休憩時間とさせていただきます」
ピクリとナナが反応を示した。だが、
「やんない。隠れる範囲はどうせこの敷地内でしょ? だったらすぐに見つかっちゃうもん」
「いえいえ。隠れる範囲は魔界全土。制限なんてものはありません」
ピクピクとナナが反応する。しばらく考えた結果……
「やんない。どうせ10秒数えたら探し出すんでしょ? そんなんだったら遠くに隠れる事も出来ないもん」
「いえいえ。僕は10分数えてから探す事にします。これでどうですか?」
ピクピクピクピク! ナナがこれまでにない反応を示した。ガバッとその身を起こして、生き生きとした表情で答えた。
「ならやる!」
「決まりでございますね。なら早速始めるとしましょう! い~ち――」
バウン!!
ジェイドがカウントを始めた瞬間に、ナナは勢いよく飛び出した! 剛腕で強肩のヘカトンケイルが小石を全力投球したようなスピードで、一直線に修練場を飛び出していく。そのまま駆け抜けて森へ入るナナだが、その反射神経と動体視力で木々の間をすり抜けていった。
森を抜けると目の前に大きな湖が広がっていた。
ダン! と、思い切り跳躍すると、50メートルはあるであろう湖をいとも簡単に飛び越えていく。そして着地してはまた走り出す。そうしながら距離を稼ぎ、同時にどこへ隠れるかを考えていた。
(10分走れば30キロ以上は離れる事が出来る。けど隠れる事も考えなくちゃいけないから、8分間だけ走って残りの2分は隠れる場所を探そう! 洞窟? 崖下? 木の上? どこがいいかな……って言うか今、何分走った?)
思考を張り巡らせながら全力で走る。そうしてナナは一つの洞穴を見つけて中へ入った。小さな洞穴だったが、すぐに休みたかったためにここで身を隠す事を決め、一番奥に土壁に背中を付けて息を整える。
(このゲーム、私が有利に思えるけどジェイドはそんなに優しくない。私の気配を辿って確実に距離を縮めて来るから、多分1時間も隠れていられない。50分休めればいい方で、早ければ30分で見つかるわね……)
段々と呼吸が落ち着いてきて、疲れ切った体が気だるくなっていく。視界がぼやけて、一気に眠気が襲ってきた。
(けど、30分眠れれば十分だわ。頭も大分スッキリするし……体も……また動くようになる……)
どんどん意識が遠のいでいく。ウトウトとその眠気に身を委ねていると、
「お嬢様、見~つけた♪」
すぐ目の前から声が聞こえた。目を開けてみると、ニコニコと微笑むジェイドがしゃがみ込んでいた。
「……なんだ、夢か。ぐぅ……」
再び目を瞑り意識を手放そうとする。
「お嬢様!? 起きて下さーい! 夢じゃありませんよ~!?」
ゆっさゆっさと体を揺らしてくる。
「やだ! 寝る! だってジェイドずるしたもん!」
「ずるなんてしていませんよぉ」
「嘘! だって10分数えるって言ったのに、すぐに追いついたもん! こんなに速く見つかる訳ないわ!」
疑いの眼差しを向けられて、ジェイとは困ったように後頭部をポリポリとかいた。
「う~ん……では今回は最初なので助言をしましょう。まずお嬢様が走って行った方向とスピードを覚えておけば、およそどの辺まで走って行ったか見当をつける事ができます。後は足跡などの痕跡で細かい位置を特定して、近くにいれば気配でわかるという訳でございます。うまく気配を消す事はもちろんの事、足跡を消す、もしくはフェイクを残すなど工夫しないとすぐに見つけてしまいますよ」
「そ、そうだとしても、ここまで来るのが早すぎるわ! ちゃんと10分数えたの!?」
「もちろんでございます。はっきり言って、この程度の距離ならば僕が本気を出せばアッと言う間でございますよ?」
そう言ってナナをヒョイとお姫様抱っこで持ち上げた。
「それじゃ~帰って修行の続きを始めますよ。しっかりと掴まっていてください」
そして洞穴を飛び出すと、修練場に向かって一気走り出す。
「いぃぃ~~やああぁぁ~~……」
その偽りのないスピードに、幼女の甲高い悲鳴が響き渡っていた……